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紙の本
やっぱりね、いかにも何かあります、ふうの解説ってのはね、話の構成よりは文章で読ませるタイプの小説には不要じゃないかって思うわけ。それより、ミネット・ウォルターズとサラの関係の方が謎だよね
2003/10/10 21:10
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
独房からは信じがたい静寂が漂ってきた。獄内の静けさを残らず集めたより深い静謐が。それを破ったのは溜息。わたしは思わず、中を覗いた。娘は目を閉じ 祈っている!指の間には、鮮やかな紫 うなだれた菫の花。
以上はカバーの案内文。自分の手抜きを弁護するわけではないが、文学的にうまい要約で、私は、この紹介に、個人の名前を与える以外にはすることがない。カルロ・クルヴェッリ「マグダラのマリア」像(アムステルダム王立美術館蔵)が、カバーを飾るが、これがまた怪しげなムードで思わず腰が引ける。
物語の舞台は、かつてロンドンに実在したミルバンク監獄。主人公は裕福な家庭の令嬢マーガレット29歳。彼女には、弟のスティーヴンと、その妻のヘレン、妹のプリシラと婚約者のバークリー、そして母という家族がいる。父は二年前に亡くなっている。彼女には、精神を病み、長い間療養していた過去がある。そんな彼女が、最近、生きがいを感じているのが、ミルバンクの監獄に女囚たちを慰問することだった。寄付をしたり、差し入れをする、というのではない。自分の気の向いたときに牢獄を訪問して、刑に服している女性たちの話を聞いてあげる、ただそれだけをする。
孤独な囚人が話に餓えているというのは分るが、裕福な世間知らずのお嬢様の訪問が、彼女たちにとって本当に慰めかどうかは大いに疑問で、私ならば首でも絞めたろかと思う。他にも、かなり自由に獄房で長時間を過ごすことも嘘っぽくて、眉唾状態になるのだけれど、訳者も書評氏も気にしないところを見ると、案外これは歴史や慰問という実態にあっているのかもしれない。
しかも、マーガレットは、妹が自分が訪問したかったイタリアを、妹が新婚旅先に選んだことや、義妹のヘレンとの確執、あるいは、家に残ったことで彼女を利用し尽くそうとする母親の高圧的な仕打ちに出会い、精神が決して安定してはいない。そんな彼女が牢獄で見たのが、気品のある不思議な美しい娘だった。なぜか彼女の手には一輪の菫が。娘の名はシライナ・ドーズ19歳。霊媒である。彼女は、霊媒宿の主人ヴィシー師のもとで、その能力を開花させるが、ある時、富豪のプリンク夫人のもとに引き取られることになる。そして交霊会の時、支配霊ピーター・クィックを呼び出したことで、恩人でもあるプリンク夫人を死なせてしまう。マーガレットと出逢った当時、入獄してすでに11ヶ月がたち、出獄は4年も先だという。話は1874年を中心にしたマーガレットの現在と、1982年に始まるシライナの過去がほぼ交互に移動しながら展開する。消えたロケット。現れた花束。そして深まる思い。
ま、読んでもらって判断してもらうしかないけれど、個人的には大山鳴動鼠一匹という感じだろうか。おなじサマセット・モーム賞を取った『ジョン・ランプリエールの辞書』も、前評判ばかり高かったものの、読み物としては歴史に劣等感をいだく人種が書いたものではないのか、と言いたくなるほどにお粗末な話だった。訳文は独特の粘りがあって、こういう話にはぴったりのもの。ただし、解説のいかにもどんでん返しがあります、ふうの断り書きは、この作品だけではないけれどやめたほうがいい。読む側が過剰な期待を抱いてしまう。それから、カバーの見返しにミネット・ウォルターズの作品リストが載っている。だれが考えても、サラと何らかの関係があると思うはずだ。無関係なら無関係なりにコメントするくらいの配慮があってしかるべきだろう。
ちなみにサラ・ウォルターズは1966年、ウェールズに生まれた若手の有望作家で、2作目のこの作品でアメリカ図書館協会賞、サンデー・タイムズの若手作家年間最優秀賞、サマセット・モーム賞を取っているという。既に三つの作品を書き、すべてヴィクトリア時代の英国が舞台だそうだ。案外、世界が狭いなあ、といった感じ。
紙の本
技巧と装飾にちりばめられたミステリーである。作者の緻密に企てた作為であることがわかっていながらその巧妙さに乗せられること自体がこの作品の魅力なのだ。
2003/12/16 13:58
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み終えてもう一度ページをめくり返してポイントになっていたと思われる箇所を読み返さざるを得ない。そんな気持ちになって結局、全ストーリーを読み直す誘惑にかられる。技巧と装飾にちりばめられたミステリーだからである。作者の緻密に企てた作為であることがわかっていながらその巧妙さに乗せられること自体がこの作品の魅力なのだ。
時代は19世紀末。舞台はロンドンのミルバンク監獄。女囚は男囚と完全に隔離され看守もすべて女性、女だけの密室。抑圧された欲望が陰湿に満ちてサディスティックな狂気が支配する空間である。主要登場人物は獄舎にとらえられている女霊媒師と監獄を慰問に訪れる婚期を逸した精神病質者である上流貴族階級の貴婦人。二人の交情が妖しく燃え上がる。その行き着くところはと読み手が惹きつけられるのが基本の謎であり、同性すら性の虜にする実に官能的な霊媒師である娘が罪を問われた事件の真相が明らかになるまでがもう一つの基本の謎として構成されるている。それだけではなく謎は重層的に用意される。、ストーリーは二人の日記で交互に語られる主観の叙述であって客観的描写は最後までない。事実であるのか幻想・幻覚のたぐいであるのか、はたまた虚偽であるのかは読者として妄想をたくましくするしか理解しようがない仕掛けであって、(特に降霊術シーンは肝心な説明がないまま濃密な女同士の性的行為を連想させそれはそれで楽しい)、しかも作者の優れた文章力が活きて、全編これ、霧の立ちこめた風景を見ているような、曇りガラスをとおして人影をのぞくような、ミステリアスな語りに魅了される。
ラストもあざやかである。悲劇的な結果に遭遇する貴婦人は一転、眼前の霧が晴れて現実を見た心境になるが、読者は二転させられて、さらに深い霧に包まれ、もう一度読み返さざるを得ない仕掛けが待っていたことに気づかされるのだ。
私はこの作品を読んでいてちょうどこの時代のイギリスの降霊術にまつわるあるエピソードを思い出した。当時イギリスでは降霊術ブームであちこちで降霊会が催されていた。その会では霊媒が死者の霊を招き寄せたり、病気を霊の力で治療するというこの小説と同じ超自然現象を現出するのである。なかにはインチキな霊能力者も多かったようだ。ミステリーの元祖であるシャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイルは作風からすれば極め付きの合理主義者であると思われるのだが、実は、晩年は英国心霊協会の幹部でこの降霊術の信奉者であった。あるとき、霊能者たちにその能力を競わせる大会があって、彼が審査委員となったときのことである。彼の鼻をあかそうとした手品師が出席し、マジックでもって超常現象を演出したところドイルはこれを高く評価してしまった。してやったりとマジシャン氏は後日友人を介してドイルにこれが手品だったことを告げたところ、ドイル「それは嘘だ。アレこそ本物の霊媒師だ」と。
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