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映画「ホテル・ルワンダ」のモデルとなったポール・ルセサバギナの本(「ホテル・ルワンダの男」)以来のルワンダ大虐殺関連本。
あちらはまさに当事者から見た虐殺の真実。こちらはできるだけ客観視することで、虐殺の真実をあぶり出そうと試みたノンフィクション。
なんと言っても国際社会の傍観者ぶりに驚愕せざるを得ない。
ただ残念なのは、翻訳が非常に読みにくいこと。レビューを見るに、皆さん同じ感想をお持ちのようで…。渾身のルポなのにもったいない。
下巻読むのにも手こずりそうだ。
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丘の上に建つ教会へ逃げ込んだツチ族を、丘を越えて追ってきたフツ族が殺す。
ツチ族がいなくなれば、この国が少しは『まし』になると信じてのことだったのだろうか。
協会、市役所、病院、学校、ホテル…およそ安全と思われる場所に逃げ込んだツチ族を、牧師、市長、医師、教師、警官であるフツ族が先頭に立って殺す。今日の今日まで信徒だった、患者だった、生徒だった、同僚だった、友人だったツチ族を殺す。
あまりに殺されすぎて、ツチ族の人々は殺されることが当たり前に感じていた。殺される前に、心が死んでしまっていた。
――そして、川のほとり、ビクトリア湖の岸辺、丘という丘が、死体で埋め尽くされた。
1994年、アフリカの真ん中の国、ルワンダで100万人のツチ族がフツ族によって殺された。100万人…実にルワンダの人口の10分の1。死亡率はホロコースト中のユダヤ人の3倍。広島・長崎への原爆投下以降最悪の大量虐殺を、しかし、世界の人々は少しも気にしなかった。
そのとき、国際社会は何をしたのか? 生き残った人々の証言を交えて綴る、ルワンダ、そして国際社会の暗い真実。
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森羅万象、必ず表があり、裏がある。報じられ、信じられていることとは違う観点、違う論点で語られる、違う事実、違う意見、違う言葉がある。
1994年にルワンダで起きた、フツ族によるツチ族の大虐殺。その経緯を知らない人に言わせると、「元々仲の悪かった民族同士の小競り合いが何かのきっかけで大虐殺に繋がった」で終わってしまう話。でも、事実はそんなにシンプルではない。
著者はルワンダに足を運び、虐殺の加害者側、被害者側それぞれに話を聞いてこの本を作り上げている。原著の出版は1998年、大虐殺発生からわずか4年後。
上巻では、大虐殺が決して突発的に起きたものではなく、ヨーロッパ植民主義の時代からの連綿とした人種差別、統治者であったベルギーやフランスの利益を優先した政策や介入がその萌芽を育んでいたことが丁寧に触れられている。「ジェノサイドは秩序と独裁、数十年にも及ぶ現代的な政治の理論家と教化、そして歴史的にも稀なほど厳密な管理社会の産物だった」(117ページ)という事実は知っておかないといけない。
そして1994年の1月、ルワンダに展開した国連が情報提供者の安全確保を国連本部に依頼し、本部がそれを黙殺したあたりから、徐々に大虐殺に向けた流れが進んでいく。その後、4月に大統領の飛行機が墜落し、翌日から大虐殺が始まったことは史実の通り。その中で、国連や援助機関がいかに無力であり、無策であり、無抵抗であったかも本の中で述べられている。
国際人道支援機関にとってルワンダの経験は痛恨であり、こうしたことが二度と起きないようにするための取り組みや基準、原則はいくつも整備されてきている。ただ、その意図があったかなかったかは別として、結果的に国際人道支援機関が「見捨てた」形になったために殺されていった100万人近くの人がいたことは、義務として知らなければならないと思う。それは、国際人道支援に直接に関わっていなくても。
この書評を書くにあたってタイトル検索をしたところ、新装版が出ていることを知った。その帯には、書評家の豊崎由美氏の「知らないことは「恥」どころか「罪」になることもある」という言葉。
まさに。無知は時に罪になる。
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恥ずかしくて情けなくて、この史実を知らなかったなんて言いたくない。いわゆる思春期の頃に起こった事件みたいだけど、言い訳をするなら、その頃世間から遮断された環境にいたから、ってことで。実際には言い訳なんておこがましいほどの惨事で、”知らなかったから”では済まされない。ナチスを超えるような異常事態に、ただ唖然とするばかり。傍観者的立場からの見解とかも適宜挿入されていて、身につまされる思いもしきり。後半、どんな展開が待ち受けるんでしょ?