紙の本
『アトム世代』が書いた優れた現代小説。装幀も素晴らしい。
2004/09/26 01:21
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
50歳を越えた世代には、『ららら科学の子』という言葉を聞くと、テレビ放映された手塚治虫の漫画「鉄腕アトム」とその主題歌が憶い浮かんで来る。
もう半世紀も前の昭和30年代テレビ草創期に放送され、主題歌が『ららら科学の子』と歌われていた。この鉄腕アトムの放送は、全国の少年・少女の心を捉え、その主題歌も街のあちこちでよく歌われていた。
本書は、アトムが直接活躍するSF小説ではないのだが、タイトルとなっている『ららら科学の子』という歌詞が作中の何ヶ所かにレフレインのように使われていて、主人公の心象風景や置かれた状況を表わす象徴的な役割を担っている。
心憎いばかりの巧みなタイトルの付け方と言えよう。
ストーリーは、1968年の大学紛争の最中、警察官を負傷させた主人公が指名手配をされるはめになり、当時文化大革命の渦中にあった中国に渡り紆余曲折の結果30年も奥地の農村に抑留され、闇のルートで日本に帰国すると、その間祖国は大変貌を遂げていた…という一種の浦島譚と言うことができる。この小説の肝は、主人公が脱出する前の日本と30年を経て、目にした日本の変貌ぶりにある。随所に、主人公の戸惑いが時にシリアスにまたある時はユーモラスに描かれている。例えば、主人公が日本を脱出する時に、建築中であった建物が30年後に訪れてみると古びて廃屋同然になっていたシーンや、プロ野球の讀賣ジャイアンツの長嶋選手が、後年監督になってチームを優勝に導いたことに驚くシーンなどは読んでいて過去と現在が混在し、眩暈に似た感触に襲われる。本書は、このように東京という大都会の変貌を描く優れた都市小説として読める一面も有している。
他方、本書は、ハードボイルド小説の面も持ち合わせていることも言わなくてはならないであろう。冒頭、主人公が中国のマフィアの手引きで日本の伊豆半島沿岸に密航し、隙を見てアウトローたちから逃れる条りは、まるで映画を見ているような緊迫感とリアリティがあり見事である。その後、主人公は東京に出て来て、学生時代の親友に匿われるのだが、この親友も裏稼業に手を染めており、やがて主人公も暗黒世界に巻き込まれていくことになる。もともと、この作家はハードボイルド小説を得意にしていて、冒頭から練達の筆力を感じさせる。
ハードボイルド小説と言えば、孤独な影を引きずるヒーローに、翳のある女性が登場して翳りのある愛が描かれるものと相場は決まっているが、本書も屈折した恋愛を描いた小説としても読めることも付言しておこう。
ラストで、主人公は、以前に袂を分かった妻との再開を果たそうと決断するのだが、主人公の行く末は読者の想像に委ねられており、深い余韻を残すようになっている。最近の小説は、何もかも描写され尽くされていて、読者が想像を入り込ませる余地が無くなっているものが多いが、本書はそのような無粋な小説とは一線を画している。
最後に本作の装幀について一言付け加えておきたい。この小説は、カバーの基本色は紫、帯の色は銀色となっている。人目を引く色の組み合わせだが、時制が行き戻りして進み非日常的な世界を描いている小説に相応しい装幀と言える。ユニークなのは、カバーの上から4センチほどのところに、窓のような穴が穿たれていて、そこから鉄腕アトムが飛び立つ漫画の一こまが見えるようになっている。さらに、カバーをめくると、ハードカバーは暗い桃色になっていて、その一面一杯にアトムの漫画が描かれている。よく見ると、漫画の吹き出しが中国語で書かれていて、何とも凝った装幀である。小説のマスターキーとなっているアトムの漫画を上手く用いた優れた装幀に脱帽。
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あらすじを簡単に。大学紛争の際に殺人未遂で指名手配になった若者が、中国へ渡り山里でひっそりと暮らす。30年たって彼は蛇頭の船で日本へ帰ってきた。生まれ育った街は30年の間に大きく変貌していた。彼は妹を探し出そうとする・・・
一種の浦島太郎的な物語。浦島太郎はどうだったか覚えていませんが、少なくとも彼には自分が大切にしなければならない人がいた。それが、最終的には彼を奮い立たせる行動力の源になっています。帰国時の頼りなさげな感じは、再び中国へ渡るときには全くなくなってしまいました。
読みながら、「最後は成長した妹と会ってハッピーエンド」というのを予想していました。電話での会話だけでなく、そんなシーンも見たかったです。予定調和的かもしれないけれど。
なんだかうまくまとまりません。もっと年配の、彼と同世代の方が読んだらまた違ったとらえ方ができることでしょう。
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30年ぶりに日本に帰ってきた男が今の日本に驚く時、かつてのことに思いを馳せるそのかつて、のほうに今を生きている私は目新しいものを感じる、という相互関係。そこがおもしろい、と思います。両方の時代を知る人(50〜60歳ぐらいの人?)には2倍面白いんじゃないかな。浦島太郎になった気分だ、と男は言ってました。
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30年前密出国した男が帰ってきた。うーん設定は面白そうなのに、楽しめなかったのは、やはりターゲットの年代より若いためかな。
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学生運動で殺人未遂の罪(階段から警官に金庫を落とした)で指名手配された彼が、30年ぶりの日本に不法入国で帰国。昔の仲間(現在地上げ屋)がかくまってもらう。自分の実家(駒場あたり著者の出身校付近)はすべてが変わっていた。女子高生、友人(志垣、一緒に中国に逃げるはずが直前でとりやめ)のボデーィガード)。年のはなれた妹はエッセイで有名になり、TV出演をしていた。父と母はすでに他界。土地売却で得た4億円をピンハネされ7000万円しか手元に残らなかった。一戸建てを購入してそこで死んだ。地上げの抵抗と左翼の自分に対する公安のいやがらせで近所からういていた。中国では文化大革命を経験。妹の講演を聴きにいくが満員ではいれず。携帯に電話して話すが途中でバッテリー切れ。偽装パスポートを入手し中国人の妻に会いに行くところで話は終わる。
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初矢作俊彦。うーんうーん。期待値が高すぎたか?この人、絶対最初に面白いアイデア立ててる人だと思うんだけど、小説にするとこんなもんなのか?どう読んだら、膝を打つとか、そういうはまる感じで面白いのかがわかんなかった。読む前の勝手の想像として、デビュー当時の作品はチャンドラーの影響丸受けで、それを日本に置き換えただけでしょという勝手に思ってて、しかしそっからアイデア踏まえて自分で構築しだして面白くなった作家なんだろうという思い込みがあったんだけど、たぶんレイモンド・チャンドラーのところから離れてませんよ。これきっと。あと、文章がつまらん上に読みづらい。会話文で同じ話者なのに改行するのに慣れない。英語みたいにブリッジさせて改行しなければ分かりやすいのに。しかし、中国帰りの浦島太郎という設定で、学生運動とかやってた時代を書くみたいな発想自体は結構面白いと思うんだけどなあ。・・・とにかく俺は読み方が分からん。あと、アトムともっと戦ってよ、なんとか着地点探してくれよ。
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アトムがモノクロのブラウン管の中を飛んでいた時、学生運動に傾倒していた主人公は、共産主義に夢を発し海を越えた。夢は理想であり現実は30数年の苦悶を産んだ。そして裏の世界から帰国した。アトムはカラーになっていた。モノクロの思想を共に生きた同友の助けで、数十年ぶりの日本で、主人公は自分の軌跡を思いはせ、カラーになった科学の子の軌跡をなぞる旅立ちへと繋がるのだ。(わけからん文章だな・・・こりゃ)
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「好きか」と聞かれたら「嫌いではない」と答える。トレンチコートを着てバーから路地に出てきたところで答えたい。問いかける声はできれば背後から、そして振り返っても誰もいないのが望ましい。
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たしか2003年の文学を振り返るみたいな企画で阿部和重の「シンセミア」と並んで評価されていたような気がする,文庫待ちだった作品.この著者を読むのは初めて.村上龍はどう評価したのでしょう.私のような団塊ジュニアには一種のお父さん小説,なのかも知れません.親世代を通してある程度時代的知識があったせいか背景に違和感なく読めた.未来がすでに終わっていた,最初の世代のレクイエム小説.
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手塚治虫が死んだ年は昭和天皇が死んだ年で、ベルリンの壁が壊れ、天安門事件が起きた。国際的な共産主義運動は終息した。60年代の鉄腕アトムと21世紀の鉄腕アトムは、30年の時を経て大きく変わってしまった。うめられない喪失感とともに。アメリカの台頭、資本主義の勝利は、空気のように当たり前な世界をつくりあげた。30年の時を経て、対立軸を失ったオヤジとその世界のどうしてもうめられない距離感。初めて読んだ、矢作俊彦。
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私が50代なら、もしくはそれに準じた何らかの知識をもう少し有していたならば、有効なエピソードは多かったんだろうか。どちらかというと名も知らぬ少女に心情が近すぎた。でも妹とのエピソードなど、すっきりよくて、ラストはそれでも清清しかった。
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60年代の学生紛争さなかに、殺人罪に問われた主人公は中国に密航します。当時文明のかけらもない中国の田舎に30年間過ごした彼は、やっと日本に密入して帰ってきます。30年ぶりの日本は変貌を遂げていました。
現在と、中国での生活の様子を織り交ぜ、どんどん読まされていきます。大きな山場があるわけでもないのですが、飽きず最後まで読んでしまいました。結構ページ数の多い本なんですよ。
感想も書きにくいんですが、おもしろいかおもしろくないか・・と聞かれたら、この本は面白いといってもいいでしょう。
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正直、驚いた!これぞ男のハードボイルド!大絶賛したい。
主人公といっしょに時空を超えて渋谷を中心に、駒場、六本木、三軒茶屋、太子堂、白金、汐留と頭の中でさまよう。(何度か言及されるものの、なぜか新宿は出てこない。)
すでに文化会館もない。五島プラネタリウムに最後に行ったのはいつだったろう。大学生のときのデートだったろうか。。。
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3分の1がぐらいで読了。ちょいと時代背景がつかめない感じがして、テンポも今の自分にはゆっくり過ぎた。
また器械があるなら読もう。
図書館で借りた。タイトルだけで選んでしまった。
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2010.04.昔、学生運動で偶然から警官に怪我をさせて殺人未遂で指名手配をされた.そこで、紅衛兵運動に加わるために中国に渡る.しかし、情勢は変わり莫賓へと送られ貧しい農業生活を30年続ける.そして、妻が上海に出て行ったあと、日本に密航する.日本では、一緒に学生運動をした志垣の世話になる.長くて、その割にはあまりって感じ.