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紙の本
暗いと思うから暗いんだ。
2010/03/23 23:35
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:野棘かな - この投稿者のレビュー一覧を見る
「あれは偶然に起こった轢き逃げなんかじゃなくて
父は狙われてた。
そして殺されたんじゃないかと思うんです」
財閥会長の個人運転手を長年務めてきた梶田信夫が自転車に轢き逃げされて命を落とした。広報室で働く杉村三郎は義父である会長から遺された娘二人の相談相手に指名される。妹の梨子が父親の思い出を本にして、犯人を見つけるきっかけにしたいというのだ。しかし、姉の聡美は出版に反対している。聡美は三郎に、幼い頃の誘拐事件と、父の死に対する疑念を打ち明けるが、妹には内緒にしてほしいと訴えた。姉妹の相反する思いに突き動かされるように梶田の人生をたどり直す三郎だったが・・・。(帯の文章)
この本の主人公杉村三郎は、いまどき珍しいバランスのとれた真面目な普通の男性だ。
生まれ、育ちは別として、財閥の娘婿にふさわしい品格があると思う。
妻である菜穂子も、愛人の娘ではあるけれど、素直で素敵な普通の女性だ。
表裏なくまっすぐな二人が基準となると、他の登場人物の身勝手さや複雑な裏の顔に驚く。
「事件は小さいけれど、悩みは深い」というアピール文の通りだ。
長年真面目に務めてきた梶田の過去は酷いものだった。
運が悪いのか、でもそれだって彼自身が引き寄せたものだ。
一見、感じのよい美人姉妹だって、裏を返せば、あきれた男を取り合うどろどろしそうな三角関係状態。
たとえ梶田の暗い時代の申し子姉の聡美と人生を変えようとした明るい時代の申し子妹の梨子だとしても普通の父親なら、姉妹に愛情の差をつけたりはしないだろう。
思いこみが不幸をよぶ典型的なパターンになっている。
でも本当に人間ってどうしようもないおバカさんですね。
それを言っちゃあおしまいでしょ、と言いたくなるような失礼を平気でする。
逆切れするのは簡単だけど、その前に自分の内面を見なさいと言いたくなる。
最後、三郎がつかんだ真実は、最終的にはきちんとこの姉妹に伝えた方が本当はいいのだろう。
けれど話してわかる人間と誠実に話をしてもわからない人間がいることも事実だ。
最後の電話のやり取りを読むと、聡美も梨子も後者だ。
自分の曖昧な記憶に執着し続け、マイナス思考でマイナスをひきつける。
姉の大事なものをほしがり、当然と思う妹の歪んだ思い。
人の記憶なんて勝手なものだから、きちんと再確認は必要だという一般論にも耳をかさない。
暗いから暗いのよ!と叫ぶだけに違いない。
そんな状況でも、静かに今を見つめ、その感性でのりきっていく三郎に好感が持てる。
私の中では、まだ宮部みゆきさんの作品イメージが固まっていないので、この現代ミステリー「誰か」の「三郎」でシリーズ化するのもいいのではないかと思った。
品のいいまともな大人の三郎が、現実的な人間模様を静かに切り分け(仕訳)する
という三郎仕訳シリーズなんてね。
ドロドロ、どん底、最低、どうしようもない人間模様を三郎はどう感じて
どう対応するのか、宮部みゆきさんのお手並み拝見です。
紙の本
お金持ちであることは、少しも悪いものではない。むしろ、わたしはそれを羨むのではなく、嫉妬し貶めようとする周囲の方が、遙かに嫌いだ
2004/01/31 23:02
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
今、カバーイラストを描かせたら、この人。杉田比呂美。柔らかな雰囲気の、それでいて手ごたえのある装丁は鈴木正道。
冒頭を飾るのは、西条八十の詩集『砂金』からの引用で
「 誰か
暗い、暗い、と云ひながら
誰か窓下を通る。
室内には瓦斯が灯り、
戸外はまだ明るい筈だのに
暗い、暗い、と云ひながら
誰か窓下を通る。」
という一節。そうか、『誰か』はここにあったか、である。
小説の主人公は、35歳の杉村三郎、会社の広報室勤務に勤務する社員である。妻の菜穂子は29歳。化粧をすると31歳に見えるけれど、素顔だと20歳に見えることが多い。ま、愛する夫の言葉だから、割り引いて考えてもいい。でも、そのまま受け取っておこう。心臓肥大症のせいで、体は弱い。視力が両目とも裸眼で1.5、わざわざこう書いてあるから伏線かな、と思う必要はない。ただし、物流業を核とした今田コンツェルンの会長の娘という点は重要だ。子供は一人、4歳になる桃子である。財界の重鎮でもある義父は今田嘉親79歳、健康ではあるけれど老いは隠せない。
ほかに、よく出てくるのが、嘉親の第一秘書で“氷の女王”と、三郎の上司で入社28年目の広報室長の園田瑛子、アルバイト社員で現役女子大生の椎名嬢こと、シーナちゃん、身長がなんと百七十五センチという容姿不明の性格がいい娘である。
で、元出版社勤務の三郎が嘉親から命じられたのが、義父の私的な運転手で、8/15日、自転車に跳ねられて脳挫傷で死亡した梶田信夫の、二人の遺児たちに協力することだった。22歳のフリーターである梶田梨子は、10歳年の離れた、結婚を間近に控えた姉の聡美の反対を押し切って、本を書いて、轢き逃げ犯人の逮捕に役立てたいという。
単純に犯人探しか、というと、いかにも宮部らしく、菜穂子の出生や、彼女が嘉親50歳の時の子供であり、正妻の子ではないことや、銀座の画廊の経営者であった母は15歳の時に亡くなり、そのとき、父の下に引き取られたことが丁寧に描かれる。突然、美しい妹が現れ、普通であれば他の話に発展するだろう年の離れた腹違いの兄二人とのことも、読者を安心させるように設定されている。ともかく、無用な気遣いをせずに読んで、少しも心配は要らない。
で、やっぱり可愛いのは4歳の桃子だろう。ちょっと、4歳というのは違うかなと思いはするけれど、彼女の問いかけは、いかにも子供らしくて楽しい。それから、身長以外は殆ど容姿に触れられることのないシーナちゃんが、いい。私などは、彼女と桃子が話したら、どんなに楽しいかと思ってしまう。
で、だ。やはり、泣いてしまった。ラストの一頁、人によってはさらりと流すかもしれない、でも私の涙腺を刺激する。いい話である。それは、三郎、菜穂子、桃子の杉村家族が、裕福ではあるものの、それを誇示することもなく、いつもひっそりと、暮らしている、そんな設定にあるのかもしれない。三郎だって、義父の庇護の下である意味、何不自由なく暮らしながら、それにただ反発するのでも、或は、当然として甘受するのでもなく、ただ、優しい妻出会った事と愛らしい子供を授かったことを、なにより大切に思う、その素直さがいい。
個人的には、宮部みゆきの時代小説以外で、最近、ここまで納得してしまったものはない。途中で伏線の存在がわかってしまうことは、少しも欠点ではない。むしろ、残酷な犯罪、現代人の不気味な心理などを描くことが多くなってきた宮部だけれど、初期の頃の、小さな犯罪、あるいは日常生活の陰を描く穏やかな作品のほうが、読むものの心を安心させてくれる、そう思うのは、私だけではないらしい。今この本を読んでいる中三長女は「あれ、面白い!」と小さな目を輝かせていた。どうかね、明智くん?
紙の本
目の奥にコツン。もてなしの心、安定感。人を出す老舗の味。
2003/11/15 19:58
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:3307 - この投稿者のレビュー一覧を見る
■ 言われるまでもなく、心では知っていた。それでも、誰かの口から
■ そう言ってほしかったのだ。
■ わたしたちはみんなそうじゃないか? 自分で知っているだけでは
■ 足りない。だから、人は一人では生きていけない。どうしようも
■ ないほどに、自分以外の誰かが必要なのだ。
■(——P332)
杉村三郎。ただの35歳のサラリーマン。元、児童書の編集者。
本業は、読みとること。
本書は、100%「現代ミステリ」。だから、魔法もアイテムもなし。
でも、『児童書』を巧みに使って、軽々と飛躍するリズムは魔法。
そんな、読み聞かせで、すくすくと育つ、一人娘は4歳。
その上、才色兼備な妻は少し病弱。日々惚れ直す、あてられる読者。
年収をはたいてもソファ一つ買えない、豪奢な調度品に囲まれる、
マスオさんとしての「わたし」。奥さんは、財閥の一人娘。逆玉の輿。
そこには、初期の「何か欠けた家庭」の宮部さんはいない。
しかし、宮部さんの独壇場の「お達者」は、とびきりの品揃え。
日本自体が一つの大企業だった時期から30年、お達者は語る。
病院通いの人、癌で亡くなった人、自転車事故で亡くなった人、
楽隠居を楽しむ人、一線で半ば公人として戦う人。その風格に心酔。
本書の魅力は、この「まっとう」なキャラクター。お達者はもちろん、
誠実な刑事や一癖ある大お局様まで、どんな脇役も、それこそ
名前さえない人達でさえ、じっと耳を傾けたい厚みがある。
それぞれの役柄を、確かに重ねてきた手応えがある。
派手さはないし、驚天動地の事件もない。
けれど、行き着くところまで行き着いて、ふたたび中庸に立った
宮部さんの、底知れない安定感は格別。安心して、ただただ「人」を
読みとっていく物語は、ここでしか口にできない老舗の味。
そんなキャラクターの中に混じる、卑しい人が数名。宮部さんは、
物語の外で「卑しさ」を断罪する。読者の誰一人同情できない形で。
くどいほど甘々なホームドラマは、物語の地下水脈「嫉妬」の輝く影。
幸せを求めて、幸せに怯えた人達。ただの、
普通の暮らしが、こんなにも、悲しくてあったかい一冊。