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バベルの塔をモチーフにした、カバー装画がいい。街ひとつをそっくり呑み込んだ建築物という絵柄が、この三部作に共通するであろう主題を象徴している。ファンタジーなのだが、ディストピア小説めいた趣きもあり、寓意を多用した思弁的小説の装いも凝らしている。とはいえ、その本質は様々な怪異に満ちたあやかしを次々と繰り出し、見る者の目を眩ませる大がかりな奇術。ちょうど、理想形態都市(ウェルビルトシティ)を支配するドラクトン・ビロウが主人公の目を楽しませる手品と同じように。
ヘルマン・へッセに『ガラス玉演戯』という小説がある。ガラス玉演戯というのは、「古代から現代に至るまでの芸術や科学のテーマをガラス玉の意匠として一つ一つ封じ込め、それらを一定のルールの下で並べていくことによって、ガラス玉に刻まれたテーマ同士の関係を再発見し、新たな発見・感動を生み出すという、架空の芸術的演戯」というものだ。
人格形成小説(ビルドゥングス・ロマン)だから、一人の人間が如何にして人格を作り上げていくのかを描いている。弟子として師足るべき相手を探し、一段一段認識を高めていく。その舞台が、一種の理想的学園都市で、音楽や数学をはじめあらゆる学問技芸のマイスターが集まるカスターリエンは、第二次世界大戦の惨禍に嫌気がさしたヘッセが想像した究極の理想郷である。
マスター・ビロウが作り上げた理想形態都市は、その裏返しである。師であるスカフィーナティに教わった記憶術、それは自分の心の中にある宮殿をつくり、記憶するべき考えを象徴する花瓶や絵画、薔薇窓といった物体に置き換え、宮殿内に配置するというものだった。知識欲の強いビロウは、宮殿ではおさまらず、それを都市の規模に変えた。そして、頭の中にある都市を現実に作り上げたのだ。
多くの人々の知恵や技芸が互いを高めあい、相補い合って生成してゆくカスターリエンとは逆に、ビロウ一人のために都市があり、人々はその構成物に過ぎない。理想形態都市の住民は魔物の角から精製した粉末で一時恍惚感を味わったり、辺境の村に住む珍奇な生き物や剣闘士の競技といった見世物を見たり、とパンとサーカスを与えられることで懐柔されている。しかも人口増加に業を煮やしたビロウは人員削減のために主人公に命じ、観相学的観点から見て劣位の市民を処分することまで始める。
主人公のクレイはビロウの覚えめでたい一級観相官である。高慢で自惚れが強く人を人とも思わぬ傲岸不遜な人物だが、ビロウには忠実だった。そのクレイがスパイアという鉱石の産地である属領行きを命じられる。教会に置かれていた白い果実が盗まれ、その犯人を観相術で探せというのだ。属領でクレイはアーラという娘と出会う。理想形態都市に憧れ、そこにある図書館で学ぶことを夢見るアーラは独学で観相学を学び、クレイに劣らぬ能力を持っていた。
アーラを助手にしたクレイは何故か自分の能力を一時的に失い、捜査をアーラに頼らざるを得なくなる。捜索に失敗すれば硫黄鉱山送りはまちがいないからだ。立場の逆転によって自尊心を傷つけられたクレイは詭計を案じ、アーラを犯人だと告発。捕らえられたアーラの顔にメスを入れることで、従順な相を生み出し反抗心を除去するという暴挙に出る。ところが、大事な手術の最中に麻薬の一種である美薬が切れ、手術は失敗。アーラの顔は二目と見られぬものとなる。なぜなら、その顔を見た者は恐怖のあまり死んでしまうからだ。
任務に失敗したクレイが送られるのがドラリス島という流刑地。かつて自分が罪人と決めつけた人々を送り込んだところだ。高熱と悪臭が充満する硫黄採掘場である。ダンテの『神曲』の地獄めぐりを思わせる、この世の地獄で、クレイは自分の犯してきた罪の深さを知り、アーラに赦しを請いたいと願うようになる。赦免され、理想形態都市に戻ったクレイはビロウの相談役の地位を得るが、面従腹背を貫く。都市の地下深くに作られたクリスタルの球体の中に閉じ込められたアーラたち属領の人々を救出する目的があるからだ。
「依頼と代行」、「探索」、「双子」、「権力の継承」といった物語の機能を都合よく配置し、それに獣人やら魔物、緑人といった『指輪物語』等でお馴染みの異形の者たち、ビロウの天才的な技術とアイデアが作り出す、人語を解し酒や料理を供する猿のサイレンシオや、旅の道連れでありクレイの守り人でもあるカルーという力持ちの大男といった魅力的な脇役を配し、物語は一挙に加速する。
独裁者が恐怖と幻覚剤で支配する都市国家とその周縁に位置する属領という対立に加え、人工的に作り上げられた享楽的都市生活に対し、自然に囲まれた平和な村落で構成される原始共産社会といった構図もある。理想形態都市が有する女性には決まった役割しか認めず、その資質は男に劣るという考えに対する、同じ能力を有する女性アーラによる異議申し立てがある。やがて対立は波乱を生み、暴発する。
ファンタジーの筋立ては決まりきったものだ。それを面白く読ませるために、物語を貫く思想、魅力的な人物や奇想溢れる異世界の建築その他の意匠をどう創造するか、物語作者はそれを問われる。『記憶の書』の評でも書いたことだが、この作家の特徴は人物その他の形象がビジュアルであることだ。人狼グレタ・サイクスの頭に埋め込まれた二列のボルトなどは、容易にフランケンシュタインの怪物を思い浮かべさせる。読者の想像力に負担をかけないところが、巧みといえば巧みだが、ある意味安易でもある。
上辺の分かりよさに比べると、寓意を鏤めた思弁的な装いはそう分かりやすくはない。あえていうなら、ドラクトン・ビロウは自己の能力を通じて世界を創造する神としてすべてを統括する欲望の支配下にある。理想形態都市も属領をその中に閉じ込めたクリスタルの球体も、ひとつの秩序の下にある完璧な世界を希求したものである。しかし、世界は常に生成変化する。完璧に作り上げた世界であっても、時間の経過によって、生成変化の過程で生じる余剰や夾雑物が生じ、秩序を一定に保つことはできない。コスモスはカオスを内包しているのだ。秩序と混沌との相克こそが三部作を貫いて流れるパッソ・オスティナートである。
ファンタジーのお約束として、探索を依頼された代行者は宝探しの旅に出る。様々な苦難の末、帰還するわけだが、ビロウに敵対する道を選んだクレイには、果たしてどのような結末が待っているのやら。その前に、まだまだ次のミ���ションがクレイを待ち受けているにちがいない。次は、どんな世界が舞台となり、どんな奇妙な生物がクレイに襲いかかるのだろう。これが連続活劇の持つ醍醐味である。第三部がいよいよ楽しみになってきた。
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魔術師のような独裁者ビロウの頭の中の世界がそっくり現実になった未来社会、辺境の楽園伝説と永遠の白い果実を求めての探索というストーリーに主人公クレイの永遠の女性アーラへの執着と想い、そしてそれゆえの変容。第2章の地獄変のような哲学問答も面白かった。何より描写される世界が本当に美しい。
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97年に世界幻想文学大賞を取った名作ファンタジー。
独特な言い回しの英文を二人の訳者が翻訳し、その訳文を山尾悠子がシニカルな文章に仕立てるという二重訳。
理想的な都市の終焉と傲慢な主人公の成長が対照的に描かれている。
恒川光太郎作品が好きな方にお勧めできる作品である。
都市の支配者であるマスターが恒川光太郎作品のスタープレイヤーのように思えてならない。恒川とジェフリーフォードの世界が繋がっていると勝手に妄想しながら本作を楽しむのも悪くないだろう。
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独裁者が支配する理想形態都市から、奇跡の白い果実盗難の犯人を捕まえるため観相官クレイが属領であるアナマソビアへ着いた時から物語がはじまる。
国のエリートであるクレイの鼻持ちならないこと甚だしい。
アナマソビアを田舎と見下し、住民たちについては人間扱いすらしない。
さて、観相官というのは、人相学と統計学とあとなんだかいろいろ複雑に合わさったもの。
これで事件を解決できたら、それは普通のミステリ小説なのだけど、独裁者は魔術を使うしクレイは薬物中毒だし、アマナソビアの土地柄なのか読者の常識を超えるような出来事がつぎつぎ起こる。
まず、アマナソビアは青い鉱石スパイアを産出しているのだが、長い間鉱夫として働いているとしまいにはスパイアになってしまうのである。
そして、クレイの前でスパイアになった老人・ビートンの孫娘が彼の運命を狂わせる。
しかし魔法と薬が見せる幻想と宗教と旅人のミイラとが織りなす世界は、何が真実で何が虚構なのかわからない。
流されるようにクレイは犯罪者として逮捕され、硫黄採掘場へと送られる。
そしてまた、ふいに罪は許され独裁者ビロウの腹心の部下として、謀反人たちのでっち上げを命令される。
ビロウは天才で、理想形態都市はすべてビロウがつくりあげたもの。
しかし、他人を信じることができず、自分以外はすべて取り換えのきく部品だと思っているビロウは、敵も味方も情け容赦なく、冷酷に殺戮を繰り返す。
ビロウ天才?
天才だったら、謀反を起こされないように善政を敷けばいいのに。
恐怖で人を支配すれば、人に背かれるのは当たり前だ。
盗まれたはずの白い果実を見つけたビロウは、それを食べた直後から体調不良に襲われる。
彼の不調は都市の破壊につながり…と、ストーリーを追うだけで大変なのでもう割愛。
この本は金原瑞人と谷垣睦美が訳してから、山尾悠子が彼女の文体に書き直したのだそうだ。
グロテスクな描写も多かったけれど、ファンタジーの皮を被ったディストピア小説。
これ、三部作らしいけど、続きはどうしようかなあ…。