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「机上理論」を際限なく降りまわしても、理論は機能しない。あたらしい「評価システム」やマニュアルを配布すればその制度が機能をはじめると考える。
富士通では1993年に「いわゆる成果主義」導入。p.7
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若者はなぜ3年で辞めるのかを書いた城繁幸さんの著書。
富士通の見た目成果主義をバッサリと切り、日本型成果主義に関して解説(毒舌)していく。
■「仕事をやり遂げる」という目的意識が、単に目標を達成するというドライなものに変わっている。
■「年功制度」と「終身雇用」に守られてきた日本人は、競争社会を嫌っている
■やる気アップの2つの切り口→1.降格への恐怖2.昇格への期待
■韓非子・・・1.申告以下の成果しか上げられなかった場合は罰せよ2.申告以上の成果を挙げた場合も罰せよ
■成果主義とはあくまでオープンなシステムでなければならない
■上司の目標成果は一切公表されない=上から下への押し付けになっている
■内輪でいくらごまかせても、業績だけはオープンなのが市場の要求
■明文化されていない企業文化
■社内で他に作り込んでいる部署があるはずのツールまで、我々ハード屋たちでゼロから作り上げていた。
■事業管理部門→業務の本質は「いかに無駄無く迅速に各部門の現状を報告するか」なのに、「いかに高い利益を出すか」という会社の最大のテーマまで背負いこんでしまう。
■キープロダクトというのは、しっかり時間と資金をかけなければ生まれない。キープロダクトがなければゆっくり衰弱していく
■学生に期待しないから、学生の質が低下する
■富士通リストラマニュアル
■「労働組合」は味方ではなく、完全な敵だった。
■この問題は「アメリカ型の成果主義」がいいか、日本型の「年功制度」がいいかという、二項対立の問題ではない
■最初から「目標」など立てるべきではない。ただ「成果」で決めるべき
■目標というのは、大まかであればある程、フットワークが軽くなる
■成果主義を成功させたいなら成績の公開が必要
■アメリカは小さい頃から成果主義で育っている。日本のように「よくできました」という曖昧さはない
■顧客満足度を重視し、それを評価に反映させる
■人間は部品ではない。理論やマニュアル通りには動かない
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この本が発行されたときに、私の上司で仲が良い人は富士通の人だった。
人事部出身の人がここまで暴露していいのだろうか?コンプライアンスにひっかからないのだろうか。
らくらくホンやら防水携帯やら富士通の製品は非常に良いので好きだ。
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本当にこんな会社なの?って部分もあり、ありがちは話かなぁというところも。
誰しも自分の会社に言いたい事はあると思うけど、ここまでこきおろす必要があるのかなぁ。
痛烈さが気持ちよくもあるが、辞めてから書いてるところもなんか引っかかる。
日本での成果主義について考える材料にはないかも。
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公平な視点で物事を眺められると自負する人なら、
是非会社に入る前に一読を薦める一冊。
ただし、生半可な気持ちで読むと怪我をするので取扱注意。
1社を対象にして書かれた本だが、日本の会社には
多かれ少なかれ当てはまる部分があると思う。
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自分はあまり知らないですが、富士通が行った成果主義への移行とその後の会社の崩壊を当時の社員の目から見た様子が生々しく綴られています。
一歩間違えると富士通という大きな会社でも崩壊してしまうことに恐ろしさを感じます。
新しい会社のシステムについての記述もあり、そういった部分も楽しめます。
【内容】
(「成果主義」と矛盾する「社内等級制度」)
(海外有名大学の修士出のある新入社員の仕事は書類の和訳であった)
あくまでも1つずつゆっくりと20~30年かけて自分の職種の出世の階段を登らなければならない。
これでは、高度な専門知識を持った若手も、結果として生殺し状態。「荷物運び」や「打ち込み」といった作業で、貴重な20代を浪費することになる。その下積み生活で身に付くものはというと、「忍耐と根性」くらいだ。彼の専門知識がようやく生きる年代になった頃には、もはや賞味期限切れだろう。
(新たな提案:別のキャリアパスの設置)
管理職の削減と同時に、私がもう1つ提案したいのは、管理職という役割を従来の従業員との上下関係だけで捉えるのをやめることだ。上下関係より、むしろ横の関係に置き直すべきだと考えている。
つまり、管理職を部員やプロジェクト全体のマネジメントをする業務と位置づけ、従来のように出世コースと見なすのをやめるのだ。成績や学歴による管理職への選抜は一切廃止する。
(最後に)
当たり前のようだが、社員はロボットではない。
重要なのは、人の気持ちなのである。
富士通もそうだが、人の気持ちを無視した制度に、未来はない。
この点に気づかない会社には、今後も将来はない。
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自分の会社でも同様の傾向が起きており、とても他人事とは思えない内容であった。成果主義といいつつ、相対評価で、鉛筆なめなめ評価を決めていく過程などは自社で起きているそのままである。日本式の成果主義のあり方を考えるべき。なお、英単語がところどころまぶされているが、とても読みにくかった・・・。
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[ 内容 ]
無能なトップ、暗躍する人事部、社内に渦巻く不満と嫉妬…日本を代表するリーディングカンパニーは、「成果主義」導入10年で、無惨な「負け組」に転落した。
[ 目次 ]
1 急降下した業績
2 社員はこうして「やる気」を失った
3 社内総無責任体制
4 「成果主義」と企業文化
5 人事部の暗部
6 日本型「成果主義」の確立へ
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
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☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
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☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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成果主義が失敗する典型的な例を、内部の人間が記した書。
大学生の世間知らずの自分が、成果主義の駄目な所に、初めて気づいたのはこの本のおかげ。
ただ、社会人の方には、こんな話知ってるよ~で終わるかもしれない。
ちなみに、成果主義の駄目な点として、以下のこと実例付きであげている。
・評価する側は評価されない
・短期的な成果を求める
・仲間を救おうとしない
・評価する側が特権者として暴走した
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かなり古い本だが、立ち読みでチラッとしか読んだことがなかったので、図書館で見つけて読んでみた。
目標管理制度には日々疑問を感じているが、まさにその通りのことが書かれている。社員のモチベーションが上がることはなく、むしろ大きく低下する。会社への信頼感が失われ、チームワークは崩壊する。
成果を挙げた者がフェアに評価される仕組みは当然必要だが、バブル以前の日本企業にも少なからずあったものと思う。ハブルの原因は日本全体が浮かれた(浮かれさせられた?)ことによるもので、日本的な経営システムが原因ではない。むしろそれまでの繁栄の源泉であった現場主義やチームワークというものが、バブルの責任を負わされる形になって失われたことが、この20年の停滞を生み出しているのではないかと思う。
チームワークに徹した日本代表が好結果を出したように、日本のストロングポイントをもっともっと伸ばして行かなければならない。
それには目標管理制度が適さないのは明らかだ。表面的に他国のマネをするのではなく、自分たちなりの仕組みを自分の頭で考えて作って行かなくてはならない。
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成果主義の失敗例として、非常に興味深い。自分の会社に当てはまるところも少なくない。やや「言い過ぎでは?」という感情的な箇所もあるが、そのくらいヒドイ状況だったのだと思う。
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【読書メモ】
●「踏み台」にされている部署かどうかを見分けるポイントとしては、新人配属数がある。3年連続で新人が配属されていないような事業部なら要注意だ。
●富士通の「成果主義」は、その欠陥をあげれば枚挙に暇がないほどの失敗作だが、その最大の欠陥は、「降格制度」が存在しないことにあるだろう。実は、「降格制度」は当初はあるにはあった。ただしそれは、2年連続C評価以下を取り続けるという、実際には該当者が想像できないほどゆるい基準だ。
●「韓非子」が言うには、申告と成果が一致しない場合は2通りあり、そのどちらにも罰を与えよ、というのだ。1つめは、申告以下の成果しかあげられなかった場合である。これに罰を与えるのは当然としても、2つめの「申告以上の成果をあげた場合も罰を与えよ」という主張には、驚く人も多いと思う。「韓非子」によると、申告以上の成果をあげた者というのは、最初に「これ以上はやれない」と言っているのだから、ごまかそうという意図がある。だから、このごまかしを許すとしたら、それは多少大きな成果をあげたくらいではカバーできない。だから、罰を与えなければ、部下は職分をまっとうしなくなり、やがてはかばい合いが発生し、組織のまとまりは失われると説いているのだ。
●若手社員がいままでのように出世できないリスクを認める以上は、ベテラン社員の降格のリスクも認めてほしい。これは、特に経営者の方たちに言いたい。
●富士通が管理職の賃金に手をつけたときは、それが下方修正の土俵際だというシグナルと考えて間違いない。
●第1は、目標管理制度の廃止である。…では、何を基準に従業員の評価を決めたらいいのだろうか?ただ、「成果」で決めればいい。一言でいえば、彼らの働きぶりだ。期の頭ではなく終わりに、各自が評価者と面談し、期の成果を話し合う。必要なら各自で成果をまとめた「成果シート」のようなものをつくる。これなら、無理やり個人レベルに目標を落とし込むより、チームとしての強みも生かせるはずだ。
●次の課題は、「評価者間の基準のズレ」だ。これは、評価者が多すぎるということから起こる。…そこで必要なのが、できる限り公平な評価者を、いかに少ない人数でそろえるかということになる。つまり、社内に、「公正評価委員会」を設置し、それ専用の管理職を養成する。そして、この「公正評価委員会」を第三者がさらに評価し、いつでも不正評価を下したらクビにできるようにすべきだろう。
●管理職の削減と同時に、私がもう1つ提案したいのは、管理職という役割を従来の従業員との上下関係だけで捉えるのをやめることだ。上下関係より、むしろ横の関係に置き直すべきだと考えている。つまり、管理職を部員やプロジェクト全体のマネージメントをする業務と位置づけ、従来のように出世コースと見なすのをやめるのだ。
●「成果主義」を成功させるには成績公開が必要。…社内におけるあらゆる評価がオープンになれば、誰もいい加減に人を評価しなくなるからだ。
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著者は元富士通人事部の職員。
「虚妄の成果主義」が理論書であるのに対し、これはその現場で何が起こっているのかという報告。富士通独自のものなのか、成果主義に起因するものなのか、あやふやな部分もあるが、とにかく富士通ですさまじいことが起こっているのがわかる。
ただ、著者はこの現実を見ても「日本らしい成果主義」は存在するものとして、最後は提言を行なっている。そこには一切の合理性がない。自分がしてきたことを100%は否定できないというか、自分は間違っていなかったが、富士通はそれが理解できなかった、とでも思っているのだろうか。
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図書館で借りた。
富士通が成果主義を社員の評価に取り入れてから業績が非常に悪くなっていった時期のことを人事部の視点から書いている。
目標を定め、達成の度合いで賞与や昇進、昇給に差をつけるという単純な仕組みだけれど、内部では達成の度合いの分布が決められていて相対評価されていた。しかも分布の調整をするのは評価される社員の上長ではなく、さらに上の事業部長同士であったりして、調整結果を伝える上長も理由を説明できないという、被評価者には不満が溜まる運用をしていた。
なぜか本部の人事だけは全員評価がよいということもあったよう。
なぜそんな運用になったのかを人事部自体の問題として、会社の文化の問題として、書いていた。
まさか人事が社員の個人情報を漏らしていて、それがヘッドハンティングに使われているなんてことがあるとは信じられなかった。
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働いていればよくわかる話。でも面白い。
目標設定をしようと思うとモチベーションが下るんだよな。
良い面もあると思うが、悪い点が目立つのだろう。
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成果主義を導入したことで会社組織が崩壊していく様子が生々しく描かれている。日本の組織に徹底した成果主義を取り入れることの是非や、日本の文化的背景を尊重した成果主義の可能性について考えさせられた。