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『戦略的福利厚生』 西久保浩二
福利厚生が形成されるメカニズムは主に以下の3つの観点から構成される。
家族サービス機能に対する代替性(ウェルビーイング支援)
社会保障・公共政策に対する補完性
労働市場における競争上の要因
日本の福利厚生を取り巻く環境は大きく変化しているが、最も大きなトレンドは少子高齢化とグローバル化である。少子高齢化は、企業の法定福利費を押し上げ、人材へのコスト増と、よさんが決まっている場合には、法定外福利費の圧迫をもたらす。さらに、社会保障制度の財源にも大きな影響を与え、社会保障の補完性をメカニズムとする福利厚生への影響は大きい。社会保障が縮小した場合に、それらを補完することが、労働市場における競争性を生む出すことにもつながる。少子高齢化は、端的に労働力人口の減少をもたらすため、グローバル化とそれに紐づく労働市場の変質がもたらされる。これまで男性の日本人中心だった労働市場が、外国人、女性、高齢者、等の多くの属性を持つ人々が参加することになる。そうした場合、多様なライフスタイルや価値観を持つ人々に対して、一定の効果をもたらす福利厚生のラインナップへの変更も迫られる。会社に帰属することが一定の価値となっていたメンバーシップ型から、ジョブ型へ変更し、雇用の流動性が高まることも予測される。福利厚生は、採用と定着と言う観点でも再び重要視され始める。家族サービス機能に関する代替性という部分も、もはやこの言葉自体が古く感じられるほどに、共働き世帯の増加により、家族サービスの主体は変容し続けている。最後に、グローバル化と言う観点では、海外の投資家が日本企業の株式を購入し、企業ガバナンスや高い収益性を求める動きが加速する。今や企業の価値を生むのは人的資本となり、株式市場からは人的資本への投資と、その投資効率に関しても高いレベルでのフィードバックが求められる。
福利厚生の機能は、大きく言えば「財・サービスの市場からの代理購買による、むしょうもしくは廉価提供」というものであるが、よりその機能を詳細に見ていくと、以下の通りとなる。
時間・空間的な需給のミスマッチの解消機能(適時適所性):事業の円滑な遂行のために、従業員に必要なものと事業主が一定時間かつ一定規模で提供すること。(かつての鉱山労働者等での常識的な要素)
規模の経済性:企業と言う大口の購買力によって、仕入れを安くし、廉価で財やサービスを提供することで、従業員の貯蓄余力を増すことが可能となる。企業は規模のみにより、そのような効果を生み出すことができるため、低コストで従業員への便益を提供し、従業員の可処分所得を増加させることができる。保険で言えば、団体割引があり、その他で言えばベネフィット・ワン等の企業がこの効果を大きく活用している
誘導機能:企業としての価値判断や人的資源管理上の必要性認識に基づく一次選択がある。賃金には色がないが、企業にとって健康管理や女性活躍推進、さらにはターゲット層への採用効果を見込んで、投資領域を設定して福利厚生���備えることで、一定の誘導効果を見込む
リコグニッション効果:企業が福利厚生を提供することにより、会社は従業員を承認しているという感覚を与えることができ、エンゲージメントやローヤリティ向上に結び付ける
外部経済効果の創出機能:会社が一定領域に割引や助成金をもたらすことで、従業員の日常の行動や投資行動が変化し、企業外部のマーケットに影響を与えること。AUL生命保険会社ではジムを社内に設置し、入会金の半額を企業負担とすることで、多くの従業員の健康意識の改善や、ジム内でのコミュニケーションの活発化等の好ましい効果を得た。このような動きにより、組織的なコミットメントを高めることに成功した。
上記の他に、個人の組織適応を後押しするような機能/施策として、仕事と育児の両立支援や介護、治療と仕事の両立等の、施策がある。これらは個々のパーソナルな事情により組織への適応が難しいケースに対して、個別に対処していくことで、アファーマティブアクション的に組織への適応を促進するものである。
福利厚生の管理、運営を考えるうえでは以下の特性を捉える必要がある。
集合体性:多種多様な制度・施策の動態的集合体として存在している福利厚生を一定の法則性や意図によって管理する必要がある。その時の従業員層に応じた環境適応性や鮮度も重要な要素となる。あくまで静態的ではなく動態的な総体が福利厚生であり、従業員に応じて適切に、集合としての変化が求められる。
任意加入性(非強制性):制度における任意加入性は、制御困難性にもつながる。特定の従業員が過度の利用をすることや、本来利用してほしい従業員が利用しないことなども管理上の課題としては上がる
不認知性:どんなに良い福利厚生も知られていない場合には、何の意味もない。詳細を知らないことは従業員自身の不利益に繋がるケースもあり、期待する投資効果、経営効果も得られないというネガティブな要素を招きやすい
家族包含性:保険等の福利厚生は、実際の受益者が本人ではなく家族であるケースも多い。従業員そのものだけではなく、その従業員の家族を含めた環境が変化することを理解した上で福利厚生の運営は行わなければならない。
個人家族情報の非対称性:上記の家族包含性の重要性はある一方で、個人情報の観点やデータベースの不整備による実態把握の困難性もある
生活設計適合性:福利厚生は企業にとっては単年度決算の投資判断となるが、従業員にとっては老後を含めた一生涯の影響を持つ。そのような時間軸の違いも意識すべき点である
外部関与性:管理が困難であることから、外部サービスを利用することもあるが、外部調達を実施することのより、実態把握が困難になるケースもある
給付の多形態性:現金給付(現金、貯蓄、保険)、現物給付(もの、サービス)という給付スタイルの多様性がある。運営側からすると、このような出口の異なる福利厚生の統一的な管理が難しい
負担形態の多様性:全額企業負担、負担折半、全額従業員負担等のどの程度を負担し、または負担しないかという要素も管理を難しくしている
税制���の分離的な取り扱いの必要性
サービス提供主体の多様性:保険会社、労働組合、健保、共済会等、どこが給付するかと言う主体の多様性も一つの要素として上がる。
制度編成のポイント:福利厚生を編成する上では以下の3点に適合しているかも重要となる。
事業特性:事業に応じて、特別にベネフィットと感じられるものもある。例えば、ゲーム会社やITエンジニアの企業では、繁忙期に利用できる24時間対応のシャワー室や仮眠室等の有無は、事業ごとのベネフィットの特性を表すものであり、最初に検討すべき要素でもある。
人的資源特性:正規/非正規、男女比、年齢層、居住地域等の現在の従業員ポートフォリオに対して、効果が最大化される形式であるか
戦略特性:人材戦略が採用力の強化なのか、定着性の強化なのかという点等、福利厚生編成における上位の戦略との適合が必要となる。