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紙の本
生成論批評のエッセンス
2005/04/06 10:34
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:わたなべ - この投稿者のレビュー一覧を見る
気鋭の生成論研究者によるフローベール『ボヴァリー夫人』の分析。講演記録をもとにしたとは思えないほどしっかりした内容で、副題にもなっている「恋愛」「金銭」「デモクラシー」の三つの主題から『ボヴァリー夫人』という作品を読解していく手つきは、これまであまり読んだことのない草稿から作品が生成される過程を検討していくという方法とも相俟ってかなり刺激的、かつ勉強になった。もっとも、いわゆる「研究」とは違って、やや読解に著者の主観が多く入り込んでいて、論証としてはいまひとつ説得力がない、というか、最初に著者が出した結論に沿ってテクストを読んでいるような印象も強かった。もちろん、作品を判断するのまず最初は主観的な「勘」のようなものではあるのだが、論証の過程で、自分が何を捨象しているのか、を明確に意識しておかなければならないはずだ。その意味ではこの本はフローベールを読む人には参考になるし面白い本だといえるが、もう少し広く一般的な領域で「文学」について考える批評としては、いささか物足りない部分が残った。名古屋大学出版局から発行されている『生成論の探究』を読んでみようかと思う。
もっとも作品論としては、イロニーという要素に注目して、テマティズムで言うところの「主題」とは違う、もっと素朴な意味での「主題」を作品に読み込むことで、フローベールの「現代性」の神話によって思考されなくなってしまった領域を再検討しようとする目論見は、おおよそ成功しているんじゃないかと思う。ことに金貸しのルールー、薬屋のオメーなどの人物の分析はとても説得力があって面白い。もっとも、私はもう少し違う読みができるのじゃないかと思うのだが。「デモクラシー」については私もそういう視点から読んでいたところなのでいろいろ参考になった。
それと、この本にはもう一つ不満があって、それはおそらく読者の「とっつきやすさ」の問題から、テクストの外形をかなり綿密に読解するようなところで、翻訳文が引かれていて原文がきちんと引用されていないのは、かなり読みにくい。翻訳文を前提とした分析ならまだいいのだがいちいちこちらで原文を参照しないと論旨がのみこめない種類の議論でもそうなのだから困る。おそらくはフランス語がずらずら並んでいると字面的に「読者を選ぶ」ことになるので編集部からストップが掛かったのではないか、と思えるのだが、これはかえって不親切だし、いまどき外国語に恐れをなすような人がフローベールを読みたいなんて思わないだろうと思うのだが。そういう点も含めていろいろと面白い内容の本であるにもかかわらずいかにも「惜しい」という印象が残った。
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