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紙の本
正直、タイトルからして凡庸で、一体、あの蓮見はどこに行ってしまったの?というのが本音。お話の中身の方も、どこかで読んだような。あの清冽な蓮見節は何処・・・
2005/09/10 22:16
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
蓮見らしくない陳腐なタイトルに、ボーゼンというのが今の私の状態。おまけに、長篇だとばかり思っていたら、短篇集だったので、ダブル・ショックでした。ただし、カバーは、いかにも蓮見作品らしいし、本当に小さな文字で Barrier of mind、Song of Love と書いてあるのは、字体も含めて美しいです。ちなみに、私は写真だと勘違いした教会内部の様子、装画/民野宏之とあります。驚愕!です。装丁は高柳雅人(角川書店装丁室)。
あわてて調べました。蓮見の『ラジオ・エチオピア』『悪魔を憐れむ歌 Sympathy for the Devil』『そらいろのクレヨン』三作とも、民野が装画担当、出版社も文藝春秋、角川書店、講談社とバラエティに富んでいます。あんがい、蓮見のご指定かもしれませんが、それだけのことはあります。ちなみに、私は三作の書評で、やはり民野の仕事を絶賛していました。うう、記憶の欠落か・・・
さて、内容ですが六つの作品が収められています。発表誌を含めて書いておきますが、一人称の視点で描かれる、という以外は殆ど共通点がない話です。ま、どの話にも蓮見らしさはあるのですが、それは後で書きます。
映画仲間のようなもの、と周囲から思われていた僕と樋口由紀。初めて撮影所で彼女の父親に会ったときのことなどを思い出しながら過去を語り合う二人の「心の壁、愛の歌」(野生時代2005.4)、おじいちゃん子だった僕が、葬式から帰った祖父に聞かされた第二次大戦中の潜水艦の「夜光虫」(野生時代2005.3)、見知らぬ人からとつぜん舞い込んだ話は、ある被爆者のの話を書いて欲しいということだった「テレーゼ」(小説すばる2005.1)。
坂の途中にある高級マンションから聞こえてくるバイオリンの調べ。医者である堀田さんに招かれて聞かされたのは、脳腫瘍の患者のことだった「結構な人生」(野生時代2004.1)、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート、指揮者の服装が話題になって「アーノンクールのネクタイ」(書き下ろし)、ちょっとしたはずみで口論が嵩じて妻が家を出て行った。息子を前に若い女性パーソナリティとの出会いを語るおれの「ハッピー・クリスマス、ヨーコ」(野生時代2004.12)。
どうでしょう、とくに昭和19年の太平洋戦争中の潜水艦のと駆逐艦との攻防を描く「夜光虫」などは、予想外、としか言いようがありません。また、タイトルを読んだ時、その内容が予想できなかった「アーノンクールのネクタイ」、これは状況設定こそいかにも蓮見らしいものですが、彼の小説にニューイヤー・コンサートとか、カルロス・クライバーなんて名前が出てきますと、ほほう、と思ってしまうわけです。
意外性、という意味では「ハッピー・クリスマス、ヨーコ」、このコミカルなところはいいですね。で、その恋愛を軸にした描写は、やはり蓮見なんですね。この世界に、もっと深刻味を加えて透明度を増していけば『水曜日の朝、午前三時』になっていきます。でも、さらっと読むと、他の人みたいな。
いずれにしても、死と恋愛が話の核にあるわけで、それを湿り気のある文体で、しかもそれが、けっしてバタ臭くならないところが蓮見の身上ですね。ただ、「ハッピー・クリスマス、ヨーコ」なんかは、同じ軽妙さはあっても、村上春樹や70年代作家たちとは一線を画している、ここらで好き嫌いが分れるかもしれませんが、私は好きです。
ただし、短篇の限界というか、どんなに面白くても、蓮見独特の香りはあっても、内容だけでいえば似通った話は他にも沢山あるわけで、これで蓮見が世に認められるかといえば、あと一歩、そう思います。長篇だけが全てとはいいませんが、短篇であればもっと凝縮力が欲しかったというか。ま、これは好みの問題かもしれません。
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