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自分はミステリーやサスペンスを情緒的に読む(おそらく少数派)タイプなのでこの作家とは相性が良いと思う。巻頭の「読書の栞」に記されている通り、この作家の特質は哀しみを描くことという点で、ハウスマンの詩「傭兵軍の墓碑銘」の引用「神が放棄したものを守護し…」が本作出色の名場面になっている。記憶喪失の男が以前自分が関わっていた事件をたどって最後に命がけで対峙するストーリーは「消された時間」と重なるが、同作では原題the longest secondの通り、本人には最も長い瞬間にもかかわらず最後の一瞬過ぎて消化不良気味だった哀切感をここで深掘りしたのか。さらに消された時間では主人公が悪徳組織で不正を働いていたのに対し、本作は薄幸で素朴な出身なのに語学堪能だったために諜報機関にリクルートされた主人公が、勝算の低さに迷いながらも結局危険をかえりみず使命を全うするところがより深く心を打たれる。また外見の異様さにひるまず主人公を保護するヨハナの善良さも感動的。主人公を狙う人物たちに挟まれながら彼らが相打ちになって本人が助かるというできすぎ場面が2回も起きるのはご都合主義と言われても仕方ないと思うが、それなりにハラハラする場面が連続していてサスペンスを楽しめた。サンダースが結構いいキャラクターで、後に007のMになる役者が映画「第三の男」で演じていた西部劇の三文小説好きな気のいい軍曹と重なり、あの映画と同様終盤に命を落とすのが結構ショックだった。