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古書店で本書を見つけ,著者名で思わず買ってしまった本。この著者の著書は1冊持っているんです。私が東京都立大学に在籍している時,地理学資料室のおばちゃんが「成瀬君,これ買ってくれない?」といわれて引き取った『Virtual geography: living with global media events』という本の著者がマッケンジー・ワークだった。資料室では既にペーパーバック版を購入していたのだが,ハードカヴァー版が出ているということで買い直したということ。図書館的には保存の良いハードカヴァーの方が好まれるらしい。で,その余ったペーパーバックだが,こんな内容の本を地理学教室で買い取るのなんて私をおいて他にはいなかった。といいつつ,じゃあ図書館に入るこの本は誰が読むんだって気もしないでもないが,ともかく1994年に出版されたこの本は,私のところでも読まれずに今に至る。
そもそも,著者は地理学者ではない。1994年時点では,シドニーのマキューリー大学国際コミュニケーション修士課程の講師ということになっている。翻訳本での紹介は文化・メディア研究の教授だという。まあ,基本的にメディアコミュニケーションに関心があるのだが,そのグローバルな展開を視野に入れているようで,「geography」という語をよく使いたがる人らしい。まあ,ともかくそんな1冊の本でしか知らなかった人の本が日本で翻訳・紹介されるというので思わず買ってしまったのが『ハッカー宣言』と題された本書。
タイトルとしては当然,マルクスの『共産党宣言』が念頭におかれているし,389のテーゼ集という構成はドゥボールの『スペクタクルの社会』の影響が大きい。当然どちらも本文中に言及がある。ただし,本書を読んでいても,「ハッカー」という言葉の意味合いはわたしたちが通常理解しているそれとはずいぶん違う。具体的に何をする人たちのことかが述べられていないのは,明らかにわたしたちが理解している通常の意味合いを想起させるのを拒んでいるのだ。わたしたちの理解によれば,ハッカーとはコンピュータシステムネットワークの正常な秩序やセキュリティを破るような人たちのことだ。実際に機密情報を盗み出して利益を生み出すという人もいるかもしれないが,わたしたちが断片的に知る限りでは,都市における落書きのように,愉快犯的な,あるいは自分の存在やその技術を匿名ながらアピールするようなことが,その存在意義だといえようか。ともかく,一般的な社会的通念においては困った人たち,秩序を乱す反乱分子という位置づけになると思う。しかし,それを逆に捉えれば,かれらの存在は既存の秩序を転覆する新しい可能性を有する人たちなのかもしれない。そういう感覚から,ハッカーなるもの共産党員やシチュアシオニストといった新しい社会に導くオルタナティヴな存在として考えようというのが本書の意図するところだ。
もちろん,それを具体的に示すのではなく,非常に抽象的に論じていくことに本書の意義があるのだが,その読者のもやもやした感じを,「訳者あとがき」は見事に具体化して分かりやすく解説してしまっている。これはある意味蛇足だな。本書によれば,ハッカーたちは「ハッカー階級」なるものを築く。そして,その階級は資本家と労働者階級の関係と同じように,「ベクトル階級」���るものと闘争関係にある。この「ベクトル階級」というものについても,訳者あとがきで見事に分かりやすく解説されてしまっている。ベクトルとは数学の代数のなかで「行列」として学んだものだ。n次元空間のなかでの方向を示すもの。ベクトルは方向と大きさを持つ矢印のことだ。つまり,ベクトル階級とは人々の志向や思考,嗜好を強い力で方向付ける人たちのことだ。訳者あとがきには書かれていない例で示せば,メディア産業に従事する人たちも含まれよう。ハッカー階級とはつまり,そうした方向付けられた大衆の感覚を是正する役割を果たす。まあ,文化産業でいえば(音楽や映画など),メジャーに対するインディーズといったところか。まあ,この対立は合法的なものだが,ハッカーという表現をより活かすならば,著作権を無視するような表現主体のこと(あ,この辺は訳者あとがきにも書かれてたな)。
まあ,なにやら解説しようとすると,本書の内容を分かりやすく単純化してしまうが,けっこう古臭いオーソドックスなことも書かれています。『スペクタクルの社会』ほど難しくはなく,読みやすいかな。最後に,本書でも使われている「地理学」が登場する部分を引用しておきましょう。
「運動のベクトルは自然地理学から抽象化され,自然を第二の自然へと変容させる共同的な人間の労働が沿う軸線もたらす。・・・そして,遠隔透視のベクトルは第二の自然を,第二の自然から一層抽象化し,必然性から新しい自由が奪取される――そして新しい必然性が階級支配によって清算される――第三の自然を生み出すのである。だが,ベクトルが一層の抽象化を世界にもたらすとき,ベクトルはまた一層仮想的なものを,仮想的なものに向かって開くのだ。第三の自然地理学は仮想的地理学となるのである。」(p.172)
「この展開のそれぞれの段階において,この空間の抽象性は,コミュニケーションのベクトルについての抽象的地理学を具体的で特殊化された自然地理学と第二の自然地理学上へと負わせることの中から発達するのだ。」(pp.184-185)
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ハッカーって言うのは、マニアックなPC侵入者で、とんでもなく悪い奴だとばかり思って、てっきりこの本もそんな悪事のすすめ、みたいにして読んでいきましたが、そうじゃなくてハッカーとは知的な情報生産従事者だと規定されます。これをかつての労働者階級として、そして支配階級を情報を独占して所有しているベクトル階級と名づけ、今でも両者間で階級闘争は続いているとします。つまりこの本は、この21世紀の情報社会の中での『共産党宣言』を気取ろうというつもりらしいのです。ドウルーズを援用して解き明かそうとしますが、ベンヤミンやベイトソンやボードリヤールやバロウズなどの引用にちりばめられた文章、なにぶん抽象的で未消化なこと著しく、難解というより説明不足の感が否めませんが、構想というか描こうとするものは何か魅力的な感じがしないでもありません。
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ハッカー宣言
(和書)2011年06月15日 01:03
2005 河出書房新社 マッケンジー・ワーク, 金田 智之
柄谷行人さんの書評から読んでみました。
最初はなんだか読みづらいと感じていましたが、なれてくると非常に面白い。読みながら『例外では無い』について考えていました。そういう意味でアナーキスト的ではあるが、ハッカーなのだ。ハッカー宣言は非常に面白い。『例外では無い』といちいち宣言して歩くのだ。痛快だね。
兎に角、参考になった。