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『プロ倫』をようやくの思いで読み上げて、ウェーバーについてもっと知りたくなった。
この本は、「そもそもウェーバーって何ぞや?」という点で考えをまとめるのに役立つ一冊だと思います。
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宗教社会学、比較社会学の研究で有名なドイツの社会学者であるマックス・ウェーバーの入門書です。ウェーバーの研究のみにスポットをあてるという手法ではなく、ウェーバーが研究するに至った経緯を、その時代の思想や時代潮流の連関で紐解くという手法がとられています。何故このような手法がとられたのか読み始めた時には判然としなかったのですが、ウェーバーが研究の対象とした比較社会学の比較の視座を著者が反映したものと思われます。前半はウェーバーが大学に入る以前の時代潮流が当時の学者や時代潮流とともに論じられています。当時のドイツの歴史学派とよばれる人たちが取り組んでいた「歴史学が現在の政治に利用できるのか」という課題が論じられています。中盤では課題を引き継いだウェーバーが、比較社会学では類推(アナロジー)と呼ばれる手法を用い研究する様が考察されています。また当時議論の対象となっていた資本主義が成立するきっかけとなった要因を、大衆と宗教との関連で着想します。各文明から類似と相違を取り出し比較、類推することで何故現代の大衆が資本から資本を生み出すという方法をとっていったのかという要因を探り当てます。最後は未完となったウェーバーの研究を、同時代のウェーバーが影響を受けたと思われる研究者の資料とウェーバーが残した資料と合わせて考察し、著者が現代の課題として提起しています。社会学の本を読むのが始めてということもあり読了後も納得のいくまで何度も読むという経緯があり半年以上の時間がかかりました。作中に出てくる単語や人名の意味が分からず関連の書籍を探したり、wikiを読むことに追われました。長い時間がかかりましたが、社会学から更に興味を惹かれる学問に行き当たるという副次的な産物もあり大変意義がありました。
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ここにきて何故か古典!
プロ倫、去年読んだはずなのに全く頭に残っていない\(^o^)/!
ウェーバーについて、というより同時代の潮流の中での彼の位置づけを明らかにした本、なので、ウェーバーについてある程度理解がない人(←わたし)は読むの苦しいかも
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マックス・ウェーバーの入門書。著者は「あとがき」で、本書のタイトルが岩波新書から出ている山之内靖の本と同じであることについて、「山之内氏が左を向けば右をというかたちで違った方向を追求することになり、結果としては対照的な、ところによっては正反対のウェーバー像にいきつくことになった」と述べている。山之内氏の本は、ウェーバーの思想を同時代の精神史的潮流、とくにニーチェの哲学との関わりの中で論じていたのに対して、本書は当時の政治経済学のトピックとの関わりを中心にウェーバーの学問の意義を解明している。個人的には、今まで知らなかった当時の学問状況について多くを学ぶことのできた本書の方が有益だったが、両方読むことでいっそうウェーバーについての理解が深められると思う。
本書の前半は、ウェーバーの方法論がどのように形成されていったのかを解明することに当てられている。著者はまず、ランケ以降のドイツの歴史学の展開を、政策学から国民経済学への移行として見ることができるという。こうした展開を推進した歴史家たちは、学問的な歴史認識と実践としての政治との間に越えがたい溝があると考えたランケの立場を越えて、現実の政治へと積極的に参加していった。ウェーバーの論文『ロッシャーとクニース』は、こうした歴史学派の国民経済学の動向を受けて、その方法論的反省をおこなったものだ。そこでウェーバーは、経験科学は直接的に価値判断を導くことはできないが、一定の目的が設定されているときに、その目的に対して適合的な手段を教えることができると論じて、歴史的な科学としての政治経済学がどのような意味で政策科学としての有効性を主張しうるのかを明らかにした。
続いて、ウェーバーの主著『プロテスタンティズムと資本主義の精神』や宗教社会学の研究の意義が、ゾンバルトやビュッヒャー、マイヤーといった歴史学派の経済学者たちの思想との関わりの中で解説される。歴史学派の経済学者たちは、世界史を一直線に発展する過程とみなす考え方を批判し、民族に固有の興隆と衰退の過程の分析へと向かった。ウェーバーはこうした問題設定を引き受けながら、禁欲的プロテスタンティズムの宗教的・内的な動機とそれがもたらす帰結とを描き出し、「魔術からの解放」をヨーロッパ近代のもっとも顕著な特徴とみなす観点を打ち出すに至った。
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ウェーバーそのものの思想を叙述することよりも、ウェーバーの歴史的1と意義についてわかりやすく述べた本。ウェーバーを巡る評価や研究動向を知るには最適といえるのだろう。ウェーバー入門と名のつくのにウェーバーの著作からの引用が一つもないのも特徴、著者はテキストを正確に読み込むために長い引用文を使うことが多いらしいが、本書ではできるだけわかりやすくするため、噛み砕いて書いたという。
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幻想と音声という神の顕現の仕方の相違は、造形の神アポロと音楽の神ディオニュソスという対比を想起させます。152
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ヨーロッパの独特の君主制と身分制議会の発展が、ローマ教会の存在に大きく依拠していることは、他の文化圏のそれと比較すれば明らかだとヒンツェは述べています。169
ロシアやトルコにおいては世俗的権力と精神的・宗教的権力とが結びついていた。170
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ウェーバーについては様々な本が出ているが、ウェーバーが生きていた当時の状況に忠実に彼の主張をなぞっていて非常に貴重である。
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ドイツ歴史主義の思想的変遷や対立構造を概観しつつ、それらを踏まえてウェーバーの思想や方法論がどのように形成されていったのかという過程を明らかにしている。
よって単なるウェーバー入門ではなく、「社会科学」の成立過程が整理されているとも言えるわけで、大変読み応えのある作品になっている。ちょっと題名の付け方に問題がないとも言えないが、歴史学と社会科学との関係性に興味関心のある人にとってはとても有益な内容になっていると思う。