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紙の本
しぶとい奴ら
2006/05/21 23:29
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
南北朝戦乱期に南朝方に付いて、信州桔梗ヶ原の合戦で敗走した武将熊谷義直、高名な知恵者である叔父の後見があるとはいえ弱冠20歳。伊那谷に落ちのびた一党は、生きるために強引に武力に訴え、残虐とも言える方法で道を切り開く。郷主と子供は首を刎ね、女は奪う。蓄積されていく無数の死者の怨念は、義直を追い詰めていく。飼っていた白犬は野犬の群のボスとなり、村には赤い雨が降り、桜の木に綿のような雲がかかる。腹心の部下は狂い死に、乱世を求めて全国から腕に覚えの荒くれ者が集って来る。
これは破滅の物語なのかもしれないが、戦乱の世に破滅でない生というものが果たしてあるのか。走り抜ける青春でもあり、試練をくぐり抜けて成長する青年像でもあり、走り切った先にあるものは見えない。それは「天下」だろうか。京に上り、足利尊氏の前に立つのだろうか。
地に根付き、百姓とともに生きることを学ぶ。しかしそれでは済まないだろう。理解はしても血は静まらない。時代が血を欲していた。
血に染まる者どもは大きな力を掴んでも、西村作品の多くでもいつか力尽きる。しかし戦乱の時代、そのサイクルに嵌まり込んだ以上は、他に選択肢は無い。半ばで倒れるも、最後まで走り切るも、一つの完全な人生には違いない。トーナメント戦には必ず1人の勝者が生まれる、その勝者は他の者より優れているのか、つまり勝ち残ったということ以外に評価が必要なのか。
勝者と敗者、天下と山間地、狂気と功利的な戦略、時代が容赦なく作り出す両側の世界を交互に行き来する主人公は、否応無しにすべての壁をぶち抜きながら疾走し続けなくてはならないが、たとえその道のどこで倒れるのだとしても、人間の生のたくましさの輝きだけは失われないのだろう。
時代小説という枠組みと、南北朝という時代を利用して、情念と理性の混交する寿行世界がやはり構築されている。押し潰されそうでいて、しぶとくしなやかに潰れない人達に、見ごたえを感じる。
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