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目次
・悪名
・男の縁
・旅の陽射し
・九月の瓜
・梅雨のなごり
・向椿山
・磯波
・柴の家
どの作品も、武士としての生き様を静かに突きつけてくる。
大きな事件に巻き込まれようと、平穏な一生であろうと、少禄の身であろうと。
どれもしみじみ好かったのですが、「旅の陽射し」がことに染みました。
医者の夫に30年以上連れ添った挙句、心臓を病んでから弱気になったり当たり散らす夫を見て、自分たちの結婚生活は一体何だったのかと考える妻。
しかし、共に未来を見るだけが夫婦ではあるまい。
細りゆく未来を感じながら、ともに過去を辿るのもまた、夫婦なのではないのかな。
「磯波」は女性が主人公だけれど、こころ映えは武士のような気がする。
武家の長女として育ちながら、共に心を通わせた男を妹の奸智で奪われ、一生を一人で生きるために実家から離れて女塾を開く。
ひとりで生きることの気楽さと寂しさ。
いつの間にか頑なになっている心に気づくとき。
なるようになるさという観念も、時には必要なのかもしれない。
「柴の家」もまた、女性の生き方の潔さが良い。
養子に入った家で居場所のないまま20年を過ごした男と、作陶のためにすべてをかける女。
男は武士としての勤めをこなすかたわら、女とともに作陶に励む。
互いを乞う気持ちはそこはかとなく感じられるけれど、作陶のために敢えて互いを拒み、馴れ合うことをしない。
土に塗れ煤をかぶりながらろくろを回し窯を焼く二人の姿は、美しいと思えた。