紙の本
「宮部ワールド」の甘さはのこるが本格現代ミステリー復帰の予感を覚える
2006/09/17 18:19
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
犬を連れ、散歩途中の老人がコンビニで買ったウーロン茶を飲んで悶絶死した。首都圏で発生していた無差別連続毒殺事件の4人目の犠牲者か。今田コンツェルンの社内報を編集する杉田三郎はこの犠牲者の孫娘である女子高生と知り合うことから事件に巻き込まれる。いっぽう杉田の職場ではアルバイトをしていた26歳の娘をミスが多発するためにクビにしたことから、彼女の執拗、病的なクレームに編集局一同が振り回されている。彼女の異常な嫌がらせはやがて禍々しさが加わり杉田の家庭にまで入り込んでくる。
杉田三郎は女子高生のお祖父ちゃんを殺害した犯人を追う探偵役であり、悪意の塊である女クレーマーの生い立ちにある秘密をたどりつつその悪意に襲われる犠牲者でもある。
「著者3年ぶりの現代ミステリー、待望の刊行」とあった。3年前に刊行された現代ミステリーとは『誰か』のことである。『誰か』は期待はずれであった。それまでの宮部みゆきの持ち味がまるでなくなっていたからだ。著者の代表作は『火車』『理由』『模倣犯』。いずれも傑作の現代ミステリー、クライムノヴェルだった。犯罪の背景にある社会構造を斬新な視点で捉え、そこからこれまでなかった犯罪者像をクローズアップさせた。それは新鮮で刺激的だった。ところがいつのまにか宮部みゆきの作品は現実を回避した、時代小説へ移っていった。そして人々の生活から社会性を捨象した「やさしさ一杯の感動、宮部ワールド」を表現していたのが最近の作品であった。『誰か』ですらそれであった。
『誰か』の杉本さんが登場するからこれもその延長かと思った。ところがどうしてこれは本来の宮部みゆきへの回帰が予感される、まさに現代ミステリーだった。
怨恨か金か名誉か保身か、昔から残酷な殺人事件はあったが、その殺意には周囲が腑におちる理由があった。ところが最近発生している殺人事件には動機が普通の人では皆目見当がつかないのだから、どうしようにもすべがないという不安がつきまとい、それだからひどく不気味である。
しかも、その犯人が周囲の人から「あのおとなしい人が」「あんないい子が」まさかといわれるようないっけん普通に見える人の場合も多いのだからますます困惑してしまう。
現代という社会はなるほど普通の人でも生き難い環境にあるのかもしれない。そう宮部はとらえている。
「現代社会では、<普通>であることはすなわち生きにくく、他を生かしにくいということだ………」
元警察官の北見が語るこの一言に宮部の視線はフォーカスしたようである。
さらにこの複雑で面倒な世の中に直面して戸惑う人間に「自己実現せよ」と押しつけるから怒りが爆発する。これはひとつのとらえかたであり、なるほどとも思う、現実を踏まえた見方だと思った。宮部らしさもある。
シックハウス症候群、住宅地の土壌汚染問題、あいまいな瑕疵担保責任の構成、老人介護問題、そして勝ち組、負け組みの存在をやむをえないとする格差社会。閉塞状態にある人々のぶつけようのない怒りのエネルギー。まさに生きにくい現代を素材にしている。
とはいえ、新たな犯罪者像は曖昧模糊として理解不能なのだ。作家がその想像力にまかせて新概念で説明できるしろものではないようだ。宮部もそこは書き込んでいない。わからないままに放りっぱなしにすることがこの小説のリアル感を担保している。
ただし、読んでいてこれだけシリアスなテーマにもかかわらず全体のトーンに緊張感が欠如している。このギャップに最後までもどかしさをぬぐいきれなかった。それは大金持ちの娘と結婚して贅沢で円満な家庭生活に安住している杉田三郎を狂言回しとしているからなのだが、この設定の意図が私には理解できない。
それと「今田コンツェルン」、杉田さんの義父が会長をつとめる財閥企業の名称なのだが、いまどき○○コンツェルンなどと恥ずかしい名前をつけるオーナーはいません。
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久々の宮部の現代ものの新刊。私、ファンタジーよりこちらが嬉しいです(彼女の時代ものは好きですが)。「誰か」に続く杉村氏の二作目。たまたま逆玉の輿に乗ってしまっただけの平凡な彼の、とてもまともな感性には好感を抱きます。そしてこの平明な文章で、人の胸を抉る著者に脱帽。いつも思うけど、この人は人間の「悪意」を描くのがとても上手い。途中、息が詰まりました………それでも、少しだけ、この本の中の登場人物たちの強さはまともさが救いになるような気がします。本当に、今の時代の「普通」って、なんだろうね。
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すんごい上手なお話なんだけど、ちょっぴりモノタリナイ。ヒトが持つ毒がテーマなんだけど、イマイチその毒に迫力がないというか、ありがちというか。リアリティある現代ミステリーなんだけど。。。私に毒がまわりすぎて、ドロンドロンでないと満足できないカラダなのだろうか。
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重いお話です。最初の数ページで文章の上手さにホレボレし、読み進めるうちに描かれる人間に腹を立てたり、同情したり、微笑んだり、心が忙しくなります。「名もなき毒」はつまり、なんなのか。
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「誰か」で活躍した杉村氏が再び登場。シリーズ化するのでしょうか。テーマは良かったけれど、杉村ファミリーの絡みが・・私には邪魔に感じられました;;(説明もくどい)
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久々の宮部節、500ページ余りの大作を一気読みだ。「誰か」の続編というかシリーズ的な位置づけだが、「誰か」のような読後感の悪さはなく、気持ちよく読めた。「誰か」も「孤宿の人」も哀しい結末で楽しめなかった。やっぱ宮部はこうでなくっちゃ。
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2006/09 面白い。宮部さんの現代ミステリはさすがに面白い。http://blog.livedoor.jp/e_to_man/archives/50703160.html
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青酸カリが混入されたパックのお茶を飲み、散歩中の老人が亡くなった。無差別殺人と見られたその事件に、本作の主人公杉村が、不思議な形で関わっていくことになる。宮部みゆきは、人生を描き出すのが本当に巧い!大切な人を失った悲しみ、どうにもならないやるせなさ、世間への怒り。誰の中にも、毒は存在している。それぞれの人物の人生が、生々しい程に描かれています。同作家の「誰か」と同じ主人公なので、そちらを先に読むとより楽しめるかも?
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うーん。久々の宮部ミステリーでしたが、ちょっと物足りない。。。
一人のサラリーマンの視点のみから書いているのは新鮮でしたが、他の人に心情を理解するのが難しいです。
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『私のこの家に、汚染はなかった。家のなかは清浄だった。清浄であり続けると、私は勝手に思い込んでいた。信じ込んでいた。だが、そんなことは不可能なんだ。人が住まう限り、そこには毒が入り込む。なぜなら、我々人間が毒なのだから。』
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宮部みゆきの現代ミステリー。
逃げたいけれど、逃げられない。触れたくないけど、逃げられない。そんな人間の毒のお話。この本をフィリピンで読んだんですけど、非・日常だからこそ日常の怖さがひしひしと伝わってきた。
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小生の職場にいた困ったバイトさんは遂に辞めました。(2006/10/02)その後入った試用期間中のバイトさん。彼女のことを見ていたら、再びこの本を取り出してしまった。彼女は恨んでいるのだろうか。だが、今回の経験で何かを学んでいる事を願う。(2007/3/25)
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「誰か」に次ぐ第二弾。シリーズ化するんでしょうか。宮部みゆきも、ほんとにいろんな引き出しを持ってますね。でも僕が好きなのは現代が舞台の社会派ミステリー系。これもその流れの一品ですね。
いくつかの物語が「毒」をキーワードにしながら同時進行して、最後にそれが一つにまとまるという手法には特別に新しさは感じませんし、内容にも模倣犯や火車ほどのインパクトがあるわけでもありません。
でも、やっぱり上手いんだよなあこの人。ちゃんと面白いんですよねぇ。
欲をいえば・・・せっかく底知れぬ恐怖感を与える「原田いずみ」という人物設定に成功しているのだから、その底知れぬ毒をもっと深く描いて欲しかったかな。最後まで、その存在ばかりが気になって他の事件なんてどうでもよくなっちゃってました。笑
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「どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。完全に遮断することはできん。それが―――生きるということだ」
「誰か」の続編となるこの作品。タイトルの「毒」には何重もの意味が込められています。この中に登場するある女性がとにかく怖い!絵空事の怖さではなく、現実に居そな怖さです。そんな中にも温かい人たちとの交流も描かれていて、とにかく人物描写の上手さに唸ってしまいます。
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宮部さんの作品は、読むたびに「さすが宮部みゆき」と思います。いつも引き込まれて読んでしまいます。前作「誰か」より重みがあって心に残るものがありました。