紙の本
完璧になった世界で、絶望を叫ぶ
2008/10/07 01:35
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ねねここねねこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
米澤の最高傑作のひとつ。
軽やかな文体でさらりと書くまでも、現代の、個人の禁忌を抉る漆黒。
生きる個人は世界を映す鑑である。内的世界のうちに外部世界も映し出すから。
もしもその構築が、すべてが、否定されるものだとしたら。
それを事実のうちに、深く理解してしまったならば…。
無力どころかマイナス。己が世界の元凶と、わかりすぎるほどわかったならば。
「書きやがった」と思う本に、出あったのは久しぶりかもしれない。
桜庭の『私の男』以来だろうか。
テーマ、モチーフのこともあり、桜庭は女性的だった。
ボトルネックは男性的、よくよく少年的である。
両者とも、しかし似ているような気がした。
どこか似ている。しかしながら、女性は強く、少年は弱い。
閉じた世界で生きるのさえ、狡猾に生きようことは出来ない。
身を滅ぼしていく、事実の突きつけ。
世界の奥に救いはなかった。
感受性のやわらかな存在。
時間の流れにおいて、そうした時期を人は過ごすものに思うけど
剥きたてのゆで卵のようにつやつやした、ものが崩れるのをなぜか思った。
世界からの、存在の全否定。
一面で、世界はこの上なく残酷である。
世界と個人がすべて、できそこないだという現実。
できそこないにしてるのは、自分だったという絶望。
自覚する。正しいものは何もなかった。
救われたかった。
救われなかった。
彼の嘆きを誰が拾ってやることができるだろう。
ただひとつ、救いのようにも思えるのが
彼女の死が彼を引き込んだという考え方だろうか。
しかし、それさえ救いになるのだろうか。
信頼関係に思えていた、彼の幻想は崩れてしまったのに。
いちばん大切なものさえ、偽りだったというかなしみ。
ほんとうじゃなかった。
何もわかってなどなかった。
無力感と絶望。できそこないにしている、
できそこないのなかのできそこない。
無力であり、自分は何も変えられなかった。
無力がさらにマイナスだった。
怖るべき自覚。
一握りの希望も彼は掴み取れない。
世界はかくも残酷だった。
その場所に住まう天使に色はない。
残酷な無表情で事実を眺めている。
人はその上でさらに、立ち上がることができるだろうか。
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恋した少女が2年前に死んだ東尋坊に来ていたリョウは、生まれてくることの無かったリョウの姉が彼の代わりに生きている世界へと飛ばされます。
自分が存在せず、代わりに姉のサキが存在することによって、その世界はリョウの知るものとは少しずつ違ってきています。家族との関係、イチョウの木、そしてリョウの世界では2年前に死んだノゾミ。
二つの世界の差異、それはそこに存在するのが自分であるのか、それともサキであるのか。そこから生まれてきた「違い」を探し出していくうちに徐々に明らかになる"ボトルネック"――それが無ければ物事がスムーズに効率良く流れる、言ってみれば阻害要因。
物語が行き付く先でこのタイトルの"ボトルネック"の意味するものが明らかになった時の、たとえようも無い残酷さ、そしてどこまでも重い最後の1行。
安易に感動を呼び起こす物語では無いけれども、それが故に心にずしりと来る1冊でした。
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あることがきっかけで「自分が生まれてこなかった世界」にとばされた主人公が出会ったのは、死んだはずの姉だった。姉の世界が自分の世界より「正しい」のは自分が「ボトルネック」だったから?米澤らしいプロットの青春小説だが、この結末は許せない。ラストの1行は、あまりに哀しすぎる。よって★二つ。
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読んで非常にヘコんだ。
米澤作品はいつも何かしら「痛さ」を感じさせてくれますが
今回のは中でもぴか一だった…面白かったですけどw
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誰だってそうだが「恥」をかくことを嫌う。感情を押し殺しているせいで、周囲の人間は「恥」をかきっぱなしだ。恥ずかしい行為をしてしまった時、相手にどう思われてるんだろう?と気になる。しかし、相手のリアクションがないと、気持ちがザワつき、二倍「恥」をかいた気分。ズバリ言われた方が、気が楽ってなもん。だから、あなたも恥をかいてね…。余談。
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2006/10/07購入。2006/10/10読了。なんか一時間掛からずに読めた。
米澤穂信の最新作。彼の作は概ね安心して読める(『犬はどこだ』以外)ので、作家買いすることに決めています。今回も、大当たりではなかったですが、佳作でした。
主人公が目が覚めたとき、そこは自分が生まれなかった世界で、存在しないはずの姉が、自分の代わりに17年間を生きていた。じゃあ、世界はどうなってるの?というお話、なんだろうか。
読みつつ、非常に辛かった。これは厳しいお話です。主人公は、これは言ってしまうと身も蓋もないんですが、流行の没個性者、そして出会う女性ははつらつタイプ、周りを幸せにしてしまう女性、そして頭の回転も良い(まあ、「出会う」と言っても姉、なんですが)。そんなありがちなラノベかと思いきや、取り扱ってるのは非常に痛い、自分が世界に存在するせいで、世界はどういう方向に曲がってしまうのか、ということを辛辣に描いている。結構堪えました。
文章自体は好きなラノベ、という感じで、ちょっと捻くれてる以外は概ね良好。いわゆるifものなんですが、展開にもいろいろひねりがきいていて楽しめました。
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僕は、東尋坊の崖下へ落ちた。―はずが、金沢の街中にいる。自宅には存在しない「姉」がいる。自分が存在することって何だろう…。
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こういうオチありなんだ!て、そんなどんでん返しではないのだがこういうパターンでこうくるとは…ただの青春異世界ものに収まらない。
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ラストが重かった。間違い探しの中で、最大の間違いが何だったのか。それを知った時、絶望の淵に立たされる。最後のシーンで、誰かの一押しさえあれば、結論が出る、、そんな時に着信した1通のメール。うっすらと笑ったリョウは、何を思ったのだろう。
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17日初見。
米澤穂信にしては珍しい、文芸的な作品でした。でも良かったー。個人的には『古典部』のほうが好きなんだけど。そういえば『このミステリーがすごい!』に『夏季限定』が入ってたネ。
一つの出来事が『可能』←→『不可能』に別れるって言うのはわかりました。それを綺麗にリョウとサキの特性?とか事件?とを使って書き分けられてた。凄い。
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自分が産まれなかった代わりに嵯峨野家にはサキという女の子が産まれていた、そんな世界に迷い込んでしまった主人公の嵯峨野リョウ。しかもその世界には、リョウの世界では不和の状態であった家族たちが仲睦まじく暮らしている。死んでしまった兄が、好きな女の子が、食堂のお爺さんが生きている。自分という存在が無くサキという存在があるだけで、これほどまでに違う世界が築かれているという事を知ったリョウは、どんなに居た堪れない気持ちだったでしょう。そして好きな女の子についての真実をサキに知らされた時も…。とても痛々しかったです。
何度も読むのを止めようかと思いましたが、何とか最後まで読み進めました。あまりにも絶望的なラスト、救いようの無い物語だとは思います。でも、爽やかで前向きなものばかりが青春小説ではないんですよね。こういう苦しいほど切なくて痛々しいものも(SF的要素は除くとして)、またひとつの青春小説の形であるわけで。そういった現実を教えてもらったような気がします。読んでいる最中は苦しかったけれど、やっぱり読んで良かったと、いまは思っています。
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米澤穂信三冊目。今のとこ、今必要な小説をわかりやすく丁寧に書いている作家、というイメージを持っています。この内容はハッピーエンドにしてはいけないのだ、という辛い選択を見ると、とても意識的に書いているのだなぁ、と思わずにはいられない。でもなんとかして「幸せ」にもっていって欲しかった。
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自然な文体で情景が目に浮かぶような文章です。
本来であれば主人公に魅力のない物語はある意味成立しませんが、この無気力な主人公は最適です。
しかし、最後の最後は、なといえばいいのか。。。。
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米澤作品は女性の話し方が苦手なことが多いのですが、この作品のサキは好きなタイプでした。設定等も好みなのですが、最後がちょっと弱いかな。正直、ラストの一言がいまひとつ理解できなかったので、ちょっと消化不良です。
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07/02/04読了★自分が生まれてこなかった世界を描くという着想が面白いです。最後は釈然としないものがありますが、読者の想像に任せるという意味でよいのかな?