紙の本
激しさのない激情。
2017/12/13 17:21
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投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
太平洋戦争後の日本で引退した画家が、二女の縁談を通して、過去を振り返りながら現在の在り方を考える。
親の反対を押し退けて画業を選び、修行、そして身を立てて行く経過と、戦争に向かいつつある世相と美を追求する画家の想いを静かに描写していく。
記憶や言葉の行き違いや曖昧さを含みつつ、展開していく、この著者の持ち味が出ている。
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終戦後の急激な変革期の日本が舞台。世の中の価値観や考え方が180度変わる中、戦中に国民を鼓舞するポスターを描きつづけた画家の現在の生活と回想をうまく織り交ぜながら描かれている。
本文は画家の一人称ですすみ、家族やかつての師、友人なども画家の視点からのみ描かれている。この画家の人物像が完璧に構築されており、ブレが無く(画家の人間としてのブレという意味ではない。むしろそれは十分に描かれている。)、まるで実在の人物の話を聞いているかのような、寧ろ自分自身がその画家であったかのような気分にさせられる。これほどまでの筆力のある作家にはそうそうお目にかかれない、と深く感じた。
記憶のなかにある過去と、実在した過去とには多くの場合齟齬が生じる。それは驕りであったり、弱さであったり、思い込みであったり、様々な理由があるのだろうが、全ては人間の弱さに通ずるのだと思う。それは人間らしさともいえる。
読み始めは、人間の弱さに嫌気が差し、中盤には人間そのものを受け入れる心境になり、最後には少しの幸福感とともに本を閉じることができる。まさに小説の真骨頂である。心が震えるほどの感動、とまではいかないが、これからさき何度も読み返すことになるだろう、という意味で★4とした。
また、翻訳本とは思えないほどの美しい日本語描写もこの小説を魅力的にする大きな要因であっただろう。
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ずっと気になっていた作家さん。主人公を取り巻く人々の中から浮き上がる主人公像と、本人が意識している自分との間の微妙な違和感をここまで丁寧に描かれたものをはじめて読んだ。物凄く力のある本だった。
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"横道にそれる"のが好きな作家、イシグロ。横道にそれたいくつかのエピソードを積み重ねながら、物語は作られていく。その手法は『浮世の画家』においてもそうだった。本作品は、日本的感覚を英語圏の読者に生の英語でよく伝えることができたのではないか。『充たされざる者』と短編『日の暮れた村』を読めば、イシグロの全日本語訳作品はとりあえず完了?
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揺れ動く不安定な現実、過去との葛藤とその正当化。一人称の語りを通して、戦争の混沌、人間のサガをえがく。翻訳がいいね。
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過去と切り離されつつあると感じる新しい時代の流れに、
身を浸して揺らぐ現在のワタクシが思い出すのは信念に満ちた過去のことども。
無意識に思い出したくないことも、思い違いもあるさ。
過去に対する他人からの指摘も「イヤイヤ、そんなわけない」。
現在だって昔からの一つながりとして「わかっている」。
それを確かめるように投影したり、反射させたり。
今のワタクシがこうして確立されているのは、
過去のワタクシが、こうであったと信じられるワタクシでいられたから。
信じていたいワタクシだったはずだから。
わき道にそれた話が強固に支える物語。
なんであんなこと思い出したのでしょうか。思い出さざるを得ないから。
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「存在」「孤独」などのテーマはカズオ・イシグロ作品に共通する。
「自尊心」について考えるさせられるかなー。
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やっぱり素晴らしいなぁ。
通勤の電車が楽しみでした。
大切なことは何も語られません。
でも「小野は何かを読者の目から遠ざけようとしている。しかし隠そうとする仕草自体が隠されているものをよりいっそう際立たせずにはおかないのである」と、小野正嗣が解説で書いているように、何も語られないからこそ、小野益次(主人公)の想いや、その取り巻く現在、そして過去の物語を、どんな言葉より深く感じることができます。
…
訳者あとがきに、「大きな訂正として、原文に『大正天皇の銅像』とあったのを、『山口市長の銅像』とした箇所があるが、それは(たぶんご両親の忠告によって)イシグロ自身が私に訂正を要求したものである」とあったのが興味深かったです。
日本人なら絶対、町に「大正天皇の銅像」を建てるなんて発想は出てきませんよね。
やっぱりカズオイシグロは長崎生まれだといってもイギリス人なんだなー。
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やはりカズオ・イシグロはいいなぁと思う。
いつの間にかのめり込んで、気付いたら読み終わっていた。
この作品が、自分の生まれたのと変わりない年に書かれた事が驚きである。
作品の奥底にある芯が普遍的で、いつ読んでも色褪せないのだろう。
イシグロ独特の「私」視点の描き方で、時系列がバラバラであったり、翻訳本特有の文章の固さがあるが、一度読んでしまうと癖になる。
最初の方は、結局何がいいたいのか!と苛立つ事もあったが、身を任せる事が気持ちよくなってくる。
今回は「私」が元名のある画家で、娘の縁談の話が中心となっているが、戦時中の話など、かなりディープな問題も絡んでくる。
戦犯の事を始め色々と考えさせられるが、イシグロ作品は、その様な事柄より奥の、一人の人間について考えさせられる。
今回の作品も、人の一生について深く考えさせられた。
「私」が語り手である為、過去の事が行ったり来たりしながら描かれている。
確かに私たちにとっての記憶もそのようなもので、生きている上で追憶すると、様々な記憶が順序関係なく思い出される。
とても人間的なところをついているようで、そこに深みがあるのだなと思う。
また、画家についてもよく調べてあり、厚みがある。
イシグロ氏が様々な「私」になりながら沢山の作品を書いているのだが、いつもそれぞれの作品で、「私」本人から話を訊いているようで面白い。
印象に残ったのが、「浮き世」というものについて。
モリさんは夕闇が近づく妓楼に美があり、小野の政治的な絵を批判する。
だが、どちらも、「ここ」ではない理想の世界を描いている、という点では同じである。
その共通点について書かれていたのが、面白かった。
美とは、芸術とは何だろう、と考えさせられてしまう。
沢山の戦犯と呼ばれた人間も一人の人間で、その歯車になった小野のような人間も、スラム地帯を見て何か変えたいと野心野望を持ったただの青年である。
そして、イシグロ作品ではその事が重要視されているわけでは無く、老後の小野に対する家族の反応や、友人たちとの距離を描く事で、もっと大きな人間について考えさせられる。
言葉に出来なくて歯がゆいけれど、イシグロ作品はそういった意味で濃厚で、いつも深くのめり込みさせられる。
とても面白い作品だった。
(20.51)
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大好きなカズオ イシグロ。でもこれは、話の展開の仕方にちょっとクセがあって、なかなか読み進められなかった。それでも、読み終わってみると、頭の中にそれぞれの場面の情景がしっかりと残っている。カズオ イシグロの小説は、本を読んでるというよりも、映画を観てる気分にさせられる。そのくらい、はっきりとしたイメージがいつも頭に思い浮かぶ。いつか原書を読みたい。
〈図書館〉
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戦時中名をなした画家小野だったが、戦後の今は屋敷にこもり隠遁生活をしている。戦中と戦後で、正反対に変わった価値観が、彼を翻弄する。
人は、なにを生きる拠り所とするのだろう。
そして、自分のそれが他者からは何も価値がないと、やんわりと否定された時、自我を保っていかれるものなのだろうか。
ここに描かれているのは、鬱々とした日々をすごす一人の老人の姿だ。
自分で語る自画像と、彼を取り巻く人が思っている彼の姿とが、まるでぶれた写真のように居心地悪く曖昧に、こちらに提示されてくる。
カズオ・イシグロは、読者をだます作家だ。
「日々の名残り」でも「私を離さないで」でも、こちらが見ていたと感じていた風景を、一瞬で虚無に返してしまった。
だから、ちょっと構えて読んでいたのに…。
人には生きる理由が、やはり必要なのだ。
たとえそれが身勝手な、ある意味妄想だといえるようなものだとしても。そして、特に「過去」しかない老人にとっては、過去を生きる理由にするしかないのだ。
小野の語る過去は、常に偽善的だ。
だが、だれがそれを責めることができるだろう。彼はそうやって自分を、「浮世の画家」が描く、行燈の光と闇の薄ぼんやんリとした境に自分を置くことで結局は、過去にも今にも上手く生きることができなくなっているのだから。
彼の哀しみは、戦争によって「リアル」を失ったことなのだろう。そして、彼はそれに気付いていない。
だから、物語は閉塞したままで終わるしかない。
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時代の変革
日本という国は近代だと大きな時代の変革が突然訪れてしまったと言えるので、この主人公の気持ちは理解できます。著者もおそらくその言い訳がましい姿を批判しつつ、ある意味では讃えているのかな?主人公が凄く人間らしいです。
自信過剰な自己顕示欲の強い主人公の大げさな自己反省。でもその主人公の後の世代といえる勝ち続けたといえるキラキラあくせくした若い時代を生きた今の団塊の世代は、果たして今の日本をどう見ているか?情けないと見るか?果たして彼らはこの主人公のように自分の行動に対して反省出来るのか?はなはなだ疑問です。だからこそ自分は団塊ファザー世代のこのうぬぼれ爺さんのように自信過剰であっても自己を省みる姿は素晴らしいと思いました。もう余生短いのに自分の信じてきたものが間違ってたと一応認めるなんて偉いよ。
それにしても日本情緒あふれる作品でした。画家のあたりの研究とか凄い緻密で映像が目に浮かびます。もし著者のプロフィ―ルを知らなかったら、翻訳で読んだんで、日本に幼少期しか住んでいなかった著者の作品で、英語で書かれたなんて全然気付かなかったことでしょう。翻訳も凄くいい感じで日本文学みたいに感じました。
この著者の不安定な一人称語り手シリーズは、読者に事実を判断させるという面白い側面がありますね。
男の浪漫的なものも強いので男性におススメ
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カズオ・イシグロの作品の特徴はそのまま。
戦時中に戦争を推進する絵を書いた画家の戦後の姿。
けして明るい世界ぢゃないけれど
思わず引き込まれてしまう。
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うーん、この作品はイマイチ分かりずらかった。
いいテーマは扱っているものの
場面が頻繁に変わりすぎて、
ストーリーを追いずらかったし、
余韻に浸る間がなかった。
「日の名残り」とけっこう似てるが
「日の名残り」のほうが完成形だと思う。
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時代の変化によって自分自身の尊厳への在り方を見つめる物語。
「日の名残り」を想像させる老人の回想録。
カズオ・イシグロ作品は好きです。
人物達の緻密な言葉回しと心模様を、豊かな言葉選びで主人公である画家・小野の人生に静かな彩りを加える。
この物語は終戦間近から戦後の、激変な時代の変化の中で生き抜いた小野の人生とその後を描いている。
自分自身は過った道に進んだことを認め生きている。
しかし、周りからは認めるだけではなく…それ以上の謝罪や罪悪感をただ静かに押し付けられる。
そして追い立てられるような小野の心模様。
しかしこれらは、小野自身が感じている負い目からきている錯覚…だったのかもしれない。
人は追い詰められ、自分自身を責められると苦境な幻覚にさい悩まれる。
画家である小野は、人間が誰が持つ心理的なものに長い間憑かれていたのかもしれない。
そういう細部な心模様を豊かな言葉で並べる著者と訳者は素晴らしいとしか言えない。
カズオ・イシグロ作品を読んだあとに感じる心地好い溜め息を、またこの本を読んで感じました。
若き小野のかつての師匠・モリさんの言葉、
「画家がなんとか捉えることのできる最も微妙で、最も繊細な美は、夕闇が訪れたあとのああいう妓楼のなかに漂っている。」
画家という美を扱う職業を少しだけ理解出来た美しい文章です。