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科学音痴として、5章までは星4つ。世界系の小説やらアニメで取り上げられる法則の方向性を知る事ができる。作者も言っているとおり、専門的な説明を一切排除しているところがいい。あくまでも文学的にやってる。
しかし、6章以降の失速感、これはもったいない。まとまっていないことに疑義を持つべきではないのかもしれないが、省いてくれてもいいとさえ思った。~だから○○である、に「え?」となる。科学おんちにはおすすめ。
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平易に書いているぶん誤解されやすいし、また「人間の思考が時間を作る」風のインパクトあるまとめもあるので誤読されてしまう面もあるんだろうな。
面白い本だった。
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[ 内容 ]
目からウロコの画期的な時間論、登場!
なぜ過去は変えられないのに、未来は未知であるのか?
どうして時間は過去から未来へ流れていると感じられるのか?
相対論や量子力学などの知見を踏まえつつ、素朴な疑問に答える刺激的な時間論。
[ 目次 ]
第1章 なぜ今、時間論なのか
第2章 相対論的時間と時間性
第3章 量子論における時間の非実在性
第4章 時間を逆行する反粒子
第5章 マクロの世界を支配するエントロピーの法則
第6章 主観的時間の創造
第7章 時間の創造は宇宙の創造である
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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「本書の目的は、物理学的時間と人間的時間の違いを明確にし、事案の、向きや流れはどこから生まれるのか、また、過去は変えることができない確定したものであるのに、未来はなぜ道であるのかというような、時間のもっとも興味深い謎を解こうということ」
最先端科学を踏まえた哲学が提唱されている。基本は物理学だが、随所に過去の哲学的見解との類似がちりばめられている。
人間の認識力では到底想像することができない「時間も空間もない」量子論の世界。それでも何とか想像しようとすると、頭が逆にリラックスしてくる。
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たいへん読みやすいけれど、やや内容が物足りない。例え話等はわかりやすく一般人向けでよいのだが、節々に筆者流の考えが強調されていて、一般人はそれを鵜呑みにしてしまう危険性も持ち合わせた本。
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間違ってなければ...
エントロピーが増大する時間の流れの中では無秩序な配列が起こる。
反面、エントロピーが減少する時間の流れでは秩序維持には『意思は不要』
私の勝手な解釈...
無秩序な配列には可能性が秘めている。エントロピーが増えるからだ、その増えているエントロピーの中で秩序を保つと言う事は『意思』がなければ秩序は保てない。
一度、構築したエントロピーを一つの目的としそれを一つのカテゴリとして別空間に置き時系列の中で独立させる。
それと並行してエントロピーが増える時間の中「意思を持って」新たなカテゴリを構築して行く。
エントロピーが増える中で更に「意思」を持ってt1 t2 t3 と進んで行く...
それが未来をつくって行くと言う事なのか?
今、この一瞬の自分の意思が選んだ物がこの「時間の点」を軸にして360度の選択の自由があり、更に時間と言う距離は刻々と進み、その刻々の中で常に選択をし続け行かないと、増えて行くエントロピーの中で秩序ある「意思」を持った(これがベクトル?という事なのか)何かが(カテゴリ=いくつかの目的)見えて来ないという事なのか?
刻々とどの方向に進みか全く分からない状況での選択の繰り返しは「意思」以外の何ものでもない///
その事が「時間を作る事」の様だ。
時間の創造は宇宙の創造でありわれわれはそこに参加しているのだ。と書かれていた。
うん、宇宙と迄大きなことは言えないけれど、こうして過ごしているこの時が自分のこの今がその時,時間を生んでいるという事なのか...?
で..再び...
宇宙、宇宙てところがこれ又この頃気になる訳だ。
時々びびっと分かった気がして、チンプンカンプンでもあり...
ただ私には人生啓発本のように思えてしまった。
難しかったので☆三つだけど...
とても読んで、良かったと思えた本!
エントロピーの事↓
http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/entoro.html
http://homepage3.nifty.com/rikei-index01/entoropittenani.html
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物理学者の考える事はわからない、に尽きる。
本書は、「時間はどこで生まれるのか」という、哲学的な命題に
物理学の分野からの答えを出そうとしている、と。
思ったのだが、そうでもないようなのだ。
時間とはどこで生まれるか、という議論が起こらないのは、
物理学を含む科学と哲学の乖離が問題だと著者は主張する。
よって、近代物理学の見地から、
哲学的命題である時間の本性に迫るというのが、
本書の目的になっている。はずだった。
前半は、近代物理学の世界観たる、相対性理論と量子論。
その解説に終始する。とても分かりやすく好感が持てる説明である。
ひとつ、シュレディンガーの波動関数の収束について、
観測とは、人間がその目で確認すると言う事ではなく、
量子がマクロの物質と干渉することで起こるのであって、
人間が必ずしも観測することではないという論理は、
著者の自論であって、世界的に「確認」された理論ではなく、
この分野に関して、様々な議論があり現在、主要な理論はない。
(付録にはさりげなく記載されているが、勘違いされる方は居るだろう)
著者が核心部分に踏み出す後半六章には、進化論が登場する。
ここでなぜ、生物学なのか。
物理学の数式や論理というのは、理性で理解が可能で、
哲学と比較的近いというのは理解出来るし、実験結果を確認出来る。
しかし、進化論はどうなのか。
神や生命力(魂)より進化論が「確からしい」ということが言えるのか。
科学的には、進化論で考えたほうが合理的であるから正しいとなる。
しかし、それは哲学で言う「確からしい」理由には当たらない。
それは、前半で語られた物理学的時間など存在せず、
全ては人間の脳で作られるという仮説を簡単に捨てたり、
意思という存在をなんの躊躇もなく信じるところも違和感を感じる。
合理的であるのと、理性的であるのとは全く別である。
科学には、生物学にも熱力学にも物理学にも、それぞれに目的があり、
その目的に対して合理的で簡潔な理論が求められる。
しかし、哲学は違う。常に問い続けることこそが哲学の本質。
そこに合理性などという言葉はない。
合理的で簡潔に求められる近似値は、哲学的には価値のない事だ。
また、生物学と熱力学と物理学はそれぞれに目的が違う。
よって、正しさの基準(ものさし)も違う。それらを同じ土台で考えて、
果たして、それは科学になるのだろうか?無論、哲学でもない。
よって、著者のこの時間論は、科学の寄せ集めのキメラに見える。
これで物理学者は、時間の不思議に対して、
「すっきりする」というのだから、
僕には、彼が何を考えているのかさっぱり分からない。
すくなくとも僕は何も「すっきり」などしない。
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素人にも分かりやすく時間について書かれている。私が目からウロコとおもったのは、まず『非因果的領域』が存在するということ。相対論的に考えると、「高速を超えない限り時空に非因果的領域というのが生まれる。これでいわゆる「あの世」の説明がつく。これを踏まえたうえでSF映画とか見ると面白そう。京極堂シリーズで京極堂が「この世には、不思議なことなど何もないのだよ、関口君。」 という意味もこれでちょっと分かった気がした。二つ目の目からウロコがエントロピー増大の法則。我々はエントロピー増大の法則に逆らって、秩序を保ちながら生きている。今こうしている間にもエントロピーは増大し続けているがゆえ、常に努力を続けないと生きていけない・・・。そう思うと現実ってキビシイ。築30年の家とか、30年前の車とか見ると、ホントにポンコツでボロッボロだけど、人間の30歳だとまだ(かろうじて?)ポンコツって感じはしない。フレッシュとは言わないまでも、ちゃんと時代についていける位の年齢だと思う。それもこれも、エントロピー増大の法則に逆らって生きているからなんだろうと思った。
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この著者の参考書を高校のときに使っていて、なんとなく購入。
正直、難しかったけど空間が虚で、時間が実って考え方は納得できた。
次は時間についての哲学書が読みたいな。
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2割分かったような気がして、8割煙に巻かれた気がする本
「まぁ色々納得できないと思いますが、物理的にはこうなんです。」
という調子で、読み解いたり理解すると言うよりは
「ああ、そうなんですか・・・」という感じで読み終えてしまう、そんな本。
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この著者さんの本、初めて読破。
一番読みやすかったけど、やっぱ難しかったなー。
興味だけでは理解できない壁、というのは確かにありますね。しょぼん。
時間は、エントロピー増大の法則に従う時間方向での、その傾向に逆らって在ろうとする生物の記憶が作り出す、ってことでいいのかな?
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2011/5/9読了。
人間が日常生活で感じている「時間」という概念の本質について、物理学的見地から考察したもの。量子論と相対論という、現代物理学の両輪を軸に進んでいくのだが、その説明は簡潔で無駄がない。もともと理解が難解な分野であるが故に、物理に対するある程度の知識がないと本書の内容も難しく感じられる可能性があるが、説明は簡潔で無駄がなく、とても美しい。さすが物理のカリスマ、といったところか。
内容では、まずは物理学的見地からは日常的に感じる過去から現在を通して未来へと流れる時間というものの実在が否定される結論が導き出される。その上で私たちが感じる主観的な"現在"という時間や、歴史のような順序を持った時間という感覚がどこで生まれるのかを、エントロピーの法則に関する考察から導出する。そこでは、物理学では説明できない時間を扱うために哲学の話が頻出するが、それだけ時間というものが人間(生命)が独自に発展させたものであり、存在の本質に深く関わっているということだろう。
○相対論より、他者と共通の「今」は存在し得ない。
○エントロピー増大の法則:マクロな系では、時間の経過と共に秩序から無秩序な状態へと移行する不可逆変化が起こること。
○干渉→意思決定→反応という生命特有の反転不可能な流れこそ、時間性である。
○エントロピー増大の法則に抵抗する"意思"(ここでは外部からの刺激に対しての行動を決定し、命を守ろうとすること)が過去と未来を生じさせる。意思決定する刹那こそが主観的な現在である。
○宇宙はただ存在するだけであり、そこで起こることの一覧表のようなものである。
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妻N子がC市の美容室で髪を切りに行くというので,愛車スマートKで送迎です。ストレートパーマをかけている3時間,特にすることもないので本屋を物色していたら,新書本のコーナーで『時間はどこで生まれるのか』(橋元淳一郎著,集英社,2006年)という本を見つけました。ちょっと無駄っぽい3時間を考えるのに良さそうな本です。
業績をあげている人はどうやって仕事や遊びの時間を捻出しているのかというようなビジネス本ではなく,純粋に「時間」とは何なのかを物理学・哲学の知識を動員して解き明かそうとしている本です。相対性理論や量子論に触れている箇所が多いので理系の本っぽいですが,一方でカントやハイデガーら哲学者の著作からの考察も多く,理系文系のくくりを超えています。「時間」というものはそうまでしないと解き明かせないものなのですね。
「ミクロの世界では時間が存在しない」という話から始まり,ではどうして我々の生きているマクロの世界には時間が存在するのか,その時間はどこで生み出されたのかを解き明かしていきます。結論だけ抜き出すと,エントロピー増大の法則に逆らって秩序=生命を維持しようとする我々の「意思」が,改変できない「過去」と自由に選択できる「未来」という時間性を生み出したのだ,ということになりますが,なぜそうなるのかは本書をご覧あれ。
私は物理学も哲学もくわしくないので,この結論の妥当性を云々することはできませんが,単なる素人としてこの本を読み終えて,「我々の生命が時間を生み出している」という壮大かつちょっと詩的な結論に,妙にうっとりさせられました。
賛否両論ありますが,量子論だの『純粋理性批判』だのをよく知らない素人にはこれで十分面白いです。すでにくわしい人は,この本は読まずに専門の本を読んだ方がきっと面白いでしょう。
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光がこの世界の唯一確かなものであり、空間、時間は観測によって変化する。 時間はなぜ未来へと進み、過去はなぜ変えられないか。これが正しいかどうかはわからないけど、この本の主張は面白い。世界の感覚を少し変えられる本。
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相対論量子論の最新物理学観点から迫る時間論である本著は文系諸氏に対しても、その理論が理解できるようなレベルにおいて著されている。橋詰氏はまずアインシュタインによる相対性理論の原理を簡単に説明する。要するにこの時間は相対的なものでしかないといった具合である。実際には時空は、虚数軸の空間と実数軸の時間によって現される。それらはそれぞれ独立して存在はしない。とはいえ、これはある種のマクロな視点である。ミクロな視点で量子論を鑑みれば、もはやそこには時間などといった概念すら生じない。過去も未来も現在もそこには何一つとして存在しないのである。時間はあくまでマクロな存在である我々人間が観測することによって初めて存在する。これはシュレディンガーの猫そのものであり、我々が観測しなければ時間は存在しないのである。おまけに時間を仮に確定させるとしたならば、その時点でエネルギーを確定できなくなってしまうというややこしさを孕んでいる。結局のところ我々が言う時間というものは絶対的なものではなくて我々がそれぞれ主観的に持っているものとしか言えない。だがその主観的に持っているものはデカルトが言うところの絶対的な我によって保持されているのではなくて、ハイデガーが言うところの世界―内―存在であるよに世界の内の自分が持っているというレベルでしかない。要するに世界を我々が観測しなければ時間が存在しない以上は、世界なしに我々の時間はありえないし引いては意志すらありえない。これはどういうことか?ここが本著の主題になる。著者はここでエントロピーという概念を用いる。一般にエントロピーは熱力学で用いられるが実際にはより広範な定義を持つもののようだ。エントロピーとは「不可逆過程を定量的に規定する物理量」らしい。換言すれば常に増加する無秩序性とでもなるのだろうか?ありとあるエントロピーは必ず秩序から無秩序へと向かっていく。そして無秩序はその可能性の膨大さから必ず膨れ上がっていくのである。著者は最終的にエントロピーを超え出るものを想定しているのだが、それはおいておき、通常このエントロピーの流れに従えば我々は瞬く間に滅びなければならない。なぜなら我々が生きるためには秩序が保たれていなければならないからである。結局のところ人間などといった存在はこの法則に反逆しているのである。そして反逆するということは我々が生きるということであり、我々が生きるということはそれは我々の意志であり、それがアプリオリ的に我々の機構に組みこまれていき、我々はある種の時間感を持ちうるのだといった結論に著者は持って言っている。逆に言えばもしエントロピーがまるで逆の法則に従い秩序に向かっていくなどしたら、我々は法則に抗う必要はなくてそこには意志すら存在しない。結局のところ我々は生きてはいなくなってしまうのだろう。ちなみに著者が最終的にエントロピーをいや時空を超え出るものは我々が存在している、というその一点に尽きるのだろうと述べている。また著者は平行世界を否定している。平行世界があるとすれば、我々が生きる必要はなくなり意思を持つ必要もなくなり時間感すら必要なくなるからだというのがその理由である。タイムマシーンに���いては過去へ行こうとしたならば我々はエントロピーの法則に逆行することになるので基本的には死ぬのではないか?仮に過去へ行けて過去を変えたところで同じ過去は一つとしてない以上、それはある種の平行世界へとタイムスリップしたことになり、そこで親殺しをしたところでどうなるというわけでもない、だがそれはあくまで平行世界の存在があると仮定した上であるし著者は平行世界を否定し、タイムマシーンに乗れば多分死ぬ、過去に戻れるのは物質=ミクロだけであると述べている。結局のところ我々はマクロな集合に過ぎずそれを構成しているミクロな世界を我々は観測することしか出来ない。よってデカルトニュートン的な絶対的世界があるわけではなくて、しかし我々が認識できないもの=物自体=ミクロがあるというのが事実なのだろう、として著者はカントを評価している。このあたりは著者自身も言及しているがかなり浅い考察になっていると思われる。ちなみに著者は宇宙の始まりについても言及している。宇宙の始まりは無秩序状態だった。その無秩序が急激に膨張した結果ところかしこに秩序が生じてしまった。それが地球であり、我々人間であろうともはや時空論を超えて宇宙生誕論にまで到達してしまってはいるが、文系でも理解できるレベルというのが本著の味噌であろう。