日本人の風呂好きは、気候風土だけではなく神道の影響があるのかも。
2008/04/12 12:17
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:佐々木 昇 - この投稿者のレビュー一覧を見る
奈良の都から筑紫の大宰府帥として着任した大伴旅人は任地で妻を亡くしている。その大宰府政庁の南にある現在の二日市温泉で《湯の原に鳴く葦鶴はわがごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く》と詠んでいる。
この万葉集に収められている歌について『萬葉集とその世紀』において北山茂夫は休養のために温泉地を訪れ、亡き妻の念を深めこの歌を詠んだのだろうと注釈をつけている。字面だけを追えば、なるほどなあと思っていたが、本書を読み始めて早々に「万葉集」は神道古典として位置付けられているとある。神道と「万葉集」とがどのように関わりがあるのかが不思議だった。
そして、47ページに「湯」は「斎(ゆ)」に通じ、地底からわき出る泉(温泉)は地底の「黄泉の国」とつながっているところからあらたな魂の「よみがえり」を願っての禊(ミソギ)であると出ている。
今まで、妻を任地で亡くした男が、淋しさを温泉で紛らわしていたものとばかり思っていたが、大伴旅人は妻の新たな魂の「よみがえり」のために禊(ミソギ)をしていたことになる。神道を背景にした慣習とはいえ、都から遠く離れた任地で湯につかり亡き妻と会話をしていたのだろうなと思うと、大伴旅人の哀れさが増してくる。
また、風呂桶のことを湯船とも呼ぶが、この船とはこの世(現世)とあの世(来世)とを行き来する聖なる乗り物であるとも出ている。無意識のうちに、入浴という形で日本人は神道における祓いや禊といった行為を日常生活の中に組み入れているのかと、感心をした。多くの日本人はなんの疑問も抱かずに年始には神社に参詣するが、このことは特別な行為でもなんでもなく日常生活に溶け込んだ神道の一つの行為でしかないということか。
神話の世界の延長という認識で神道を見ていたが、この小冊子は「万葉集」という作品の裏に隠れたもう一つの深い意味を引き出してくれる手助けとなり、「古事記」などの古典を別の角度から読み説く必携の書ともなった。
初心者向けではない
2008/12/10 09:41
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K7 - この投稿者のレビュー一覧を見る
私はほとんど知らない神道について入門書のつもりで本書を購入した
私が購入を考えている方に注意していただきたいのは、本書は”小事典”という点についてである
内容は、神道について理念、教理、歴史など幅広くあつかっている
出典などは年月日まで丁寧に書かれている、が、初心者にとってそれは不要なものである
また、固有名詞が多用されており、理解するために何度も辞書を引かなければならなかった(それでもよくわからない部分もあった)
神道について興味を沸かせる部分もあったが大半のページからはまるで教科書のような印象を受けた
ある程度知識のある人が読めば面白いかもしれないが、とりあえず初心者向けではない
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日本固有の宗教である神道。でもその実態はあまり理解されていないと言うことで、神道とは何か、記紀で書かれている歴史をもとに神道を説明している。
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[ 内容 ]
日本の風土から生まれた固有の民族宗教・神道。
私たちの日常に深く根を下ろしながら、その由来や作法を知らない人が多いのでは?「二拝二拍手一拝」にはどんな意味があるのか。
なぜ禊や祓が大切なのか。
天皇と稲作の関係とは。
神道の根本思想を説きながら、興味深い話はさらに広がる。
「神道」という語は中国から伝来した。
割り箸のルーツは神道儀式にあった。
神職のことを禰宜と呼ぶのは神を「ねぎらう」から…。
碩学が太古より伝わる神の道を解き明かす。
日本人なら知っておきたい神道の入門書。
[ 目次 ]
序章 神道とは何か
第1章 神道と日本人の生活の道
第2章 神道の神観念
第3章 神道の聖典
第4章 神道のさまざまな流派
第5章 神道の教理
第6章 神道の基本理念
第7章 神道の思想
第8章 神道の歴史
終章 神道と神社
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[ 参考となる書評 ]
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別名 かむながらの道 神々の御心のまま、人為が加わっていない
津田左右吉(そうきち 1873~1961)厳密な古典批判によって神道を科学的に研究
①日本の民族的風習
②神の権威、力、神そのもの
③神代の神話に思想的解釈を加えた思想
④いずれかの神社を中心として宣伝される説 伊勢神道、山王神道
⑤政治、道徳的な規範 皇神(すめかみ)
⑥宗派神道
日本書紀 用明天皇即位前記・仏法をうけたまい、神道を尊びたまふ 孝徳天皇即位前記・仏法を尊び、神道をあなずりたまふ
神身(しんじん)から離脱するためには、仏法に帰依するのが近道→神身離脱説
神社に付属して、宮寺、神護寺、神供寺(じんぐじ)、神宮院、別当寺、神願寺→いわゆる神宮寺が建立
715年 藤原武智麻呂 気比神宮寺
日本書紀 素戔嗚尊(すさのおのみこと)は高天原(たかまがはら)を追放→雨で蓑と笠→宿を拒絶される
三大神勅(しんちょく)
①天壌無窮(てんじょうむきゅう) 宝祚(あまつひつぎ)の栄えることは、天壌(あまつち)とともに窮まりないであろう。
②宝鏡奉斎→自らを清めて、この鏡をお祭りしなさい→祖先を祭れ
③斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅
大神自らが示している→天皇陛下のお田植え
衣食の道 天照大神は月夜見尊(つきよみのみこと)に葦原の中つ国(あしはらのなかつのくに)にいる保食神(うけもちのかみ)のもとに様子を伺うように頼んだ→保食神 口から吐き出した種々の食べ物を机へ 月夜見尊が怒り剣で殺す→屍から牛、馬、粟、蚕、稗、稲、麦、大豆
稲作、畑作、養蚕の道の始まり
幣帛(へいはく)→供え物の総称、元は絹のこと、着物の原料 和名→ミテグラ(手、クラ=座 両手のこと)
養老律令・神祇令(じんぎりょう) 供え物は、幣帛、飲食、果実→代表的な供え物
時代が下がると幣帛は神社の内陣などに立てられ、御幣、幣束(へいそく)と呼ばれるようになった。 布帛、紙を竹、木の串に挟んだもの
幣帛はヌサ(幣、麻、奴佐)へ変容→神に祈り災い、罪を除き去る
神職が祓(はらえ)の神事 左右左と振る大麻(おおぬさ) ハタキ、ホウキとの共通点→罪や穢れ、ちり、ほこりは暮らしを不幸にする→除去して清々しく生活することを神道は理想としている。
肌着 風呂 シャワー 神道の基本理念である禊祓(みそぎはらえ)の概念
はしの語源→端と端を使って挟んで用いる
きもの 古代の埴輪の人物像 男→袴(はかま)女→裳(も)
古事記 黄泉の国から逃れてきた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が禊をする神話 衣服の記述
衣服を罪の衣 現行の禊→下帯・袴を着けているが、本来の意味は衣服を次々に脱ぎ捨てること
禊の女・水の女→禊をする人の介添え役 脱衣場=奪衣婆=慈悲深い老婆
神職が沐浴の後に着用する斎服を明衣(みょうい)
明衣→湯帷子(ゆかたびら)→浴衣 盆踊り→死者の衣服であった・同じ気持ちで踊る
幣帛(へいはく) 手のひらに載せて���に供える・御手座(みてぐら) 太幣帛(ふとみてぐら)…供え物をほめた言い方
神籬(ひもろぎ)→神木に衣服を着せたものである説・神様の衣・紐の神木 ヒモは人類衣服の原点
伊勢神宮 心の御柱に白い絹布が巻いてある
神棚 南、東向きの高いところ 中央に神殿を模した白木造りの宮型 右→恵比寿、大黒、疱瘡神(ほうそうがみ) 左→縁起物
お札、お守り→暮れに氏神様へ
台所 火の神と竈の神 時代によって祭られなくなった家の神も多い 1796年エドワード・ジェンナー 種痘の発見 疱瘡の完治
生活空間のすべてに神が存在 様々な神、それぞれが役割分担 神道にはすべてを守護する絶対的な神は存在しない
神葬祭 納棺する前に神棚、祖霊舎へ報告 神棚に白紙を垂らす
日本書紀 凡てもろもろの鳥を以て(もって)任事す(ことよさす)→人間が鳥の姿に扮して所役 死者の魂は鳥によって他界へ運ばれると信じられた
「烏鳴きが悪いと死者が出る」俗信が語られている。
神道 聖典を持たない→多数の神典 古事記、日本書紀→記紀二典
国学の四大人(うし) 荷田春満(かだのあずままろ) 賀茂真淵 本居宣長 平田篤胤(あつたね)
712年古事記→太安万侶(おおのやすまろ?~723) 帝紀、旧辞(神話、伝説)→天武天皇が正しいものを後世に残すために稗田阿礼(いえだのあれ)に補正依頼 上中下の3巻
→43代元明天皇(661~721)の時代に成立・和漢混合文
→8年後の720年日本書紀→元正天皇 日本書紀完成 舎人親王(とねりしんのう) 公的な漢体文→中国に向けて書いたと思われる・30巻
古語拾遺(こごじゅうい)
万葉集
延喜式
本地垂迹(ほんじすいじゃく) 本高 本地=仏教より劣るとする考え方
神本仏迹(ほんぽんぶつじゃく)
伊勢神道 神主仏従 鎌倉時代 豊受皇太神宮(とようけのこうたいじんぐう) 外宮(げくう)神道 渡会行忠
神道五部書
両部神道 両部習合神道・神道習合教 吉田兼倶(かねとも 1435~1511)
吉田氏の本姓は卜部氏(亀卜をもって神祇官に仕えた家柄)→吉田と平野 平野社、京都吉田神社
山王神道 山門→比叡山 日吉大社を中心に発展・日吉(ひえ)神道
寺門→園城寺(おんじょうじ) 御井寺(みいでら)の鎮守の新羅明神を基盤
吉川神道 江戸時代初期・吉川惟足(これたり) 儒教系統の神道
儒家神道
橘家(きっけ)神道
復古神道 本居宣長
国家神道・神社神道・皇室神道
左右の手→両手 「まて」と読ませる 源順(みなもとのしたごう)・村上天皇の万葉集に訓点を施せの詔 石山寺へ籠り「まてでもってつけよ」
両手を添える まことの作法
拍手と合掌 インド、スリランカ、ミャンマー、タイ→右手=清浄 左手=不浄 両者を合わせることで人間の姿
魏志倭人伝「倭人は両手を打つ」
柏手 二拝二拍手一拝 2心を1心にする。
情報化社会 沈黙の祈り→深い祈りをささげている人を見ると沈黙している
イノリ イ→忌、斎串(いくし) ノリ→法、告 みだりに口にすべ���でない言葉を口に出すの意味 安易な言葉で祈ってはいけない
禰宜(ねぎ) 祈ぐ(ねぐ)
生命は神が人間に依さり奉りしもの(よさしまつりしもの)→神が人間にお任せになる
死 出直し 新たな生命の再出発のとき ローマのテルミニ駅で実感
神社に付属して設けられる直会殿(なおらいどの) 解斎殿(げさいでん)→斎戒(ものいみ)を解く建物 直会→再び望ましい状態に戻る
罪の起源 古事記
伊邪那岐命の三貴子 天照大御神→高天原(天上界) 月読命→夜の国 須佐之男命→海原→母に会いたくて泣いてばかりで暴風
亡き母・伊邪那美命(いざなみのみこと)のいる地下の国へ・その前に姉に挨拶
姉は暴風が来て誤解 二神はどちらが正しいか神に尋ねる 天の安の河原でうけい(誓約の一種)→須佐之男命が正しい・勝ちに乗じて大暴れ・農耕妨害の罪→償いとして祓物(はらえつもの)
須佐之男命の罪に耐えかねた天照大御神 天の岩屋の戸を開いて閉じこもり 外で遊び→呼び戻すため
魂消る(たまげる)→びっくりしたとき
くしゃみ→魂が離れる 糞はめ→罵ることで魂が離れることをとどめる呪文
幸いと災い 表裏一体・本当の幸福を知るには、不幸から目を背けてはいけない
歴史と伝統に支えられてきた禊と祓の行法を実践し、常に慎み深い態度で本当の幸せを願っていくのが神道的な生き方
須佐之男命→大禊を経て出雲の国へ(悪神が忠誠な善神へ) 八岐大蛇退治、三種の神器・那芸の太刀(なぎのたち)
仏教伝来当初 仏=蕃神、他国神、仏神
用明天皇(?~587) 仏と神道の2つを尊信 神仏習合
用明天皇の皇子 聖徳太子 十七条の憲法 篤く三法を敬え
神祇も迷いの身であり仏法に帰依したい→神身離脱 奈良時代 神宮寺(宮寺)の造立 神願寺、神護寺、神宮院、神宮寺、別当寺
神道の神が仏教、寺院を守護するという思想 鎮守社(ちんじゅしゃ)
平安時代 本地垂迹(仏を神の本地、仮の姿で現れること)
神と仏を一体とする神仏同体説
時宗を開いた一遍→我が法門は熊野権現夢想の口伝なり→神道によって深い他力の世界へと誘われた一編の思想をうかがうことができる
神仏隔離の観念もある→伊勢神道
江戸時代 儒家神道→仏教を排除
復古神道
近代・現代 慶応4年1868年 神仏判然令
八百万の神→天神と地祇(ちぎ)に分類=神祇と略称