紙の本
侠風娘と天下一乃げん
2010/11/26 15:17
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
夜明けの川をゆく船で、ひとりの娘と男とが会話を交わすところから始まる。まだ十五歳なのに、賭場に出入して、男に送って貰うなんて、この子、大丈夫なの?と思うが、大丈夫なのだ。賭場は、娘の父親の友人が、金持ちや身分の高い武家を相手に開いていて、来たときには、父親の弟子の、いい年をしたおとなと、同伴だった。つまり、彼女は、保護された自由を楽しんでいるのである。だから、彼女が、背中にすてきな彫り物があるという理由で憧れた、別の、父親の弟子に、頼み込んで寝て貰ったり、その後、振り向いてくれない彼を追い掛け回し、彼の妻をけなし、どうあっても思いをかなえられないと知ると、彫り物がみごとだという理由だけで他の男と寝たりしても、だいじょうぶなのだ。彼女のまわりには、いつも、父親の弟子や友人がいて、目を配っていてくれるから。何をやっているんだよ、あほなことするな、おまえが悪い男にひっかかったり病気をうつされたりしないのは、ただに恵まれた環境で運が良かっただけだよ!と、私は思ったが。
彼女の父親は、浮世絵というのは浮世をそっくり絵にしたものだ、筆を握っているだけでは描けない、つまずいたり、みっともないことをしたりして、痛い思いをしないと、人を許すことができない、相手を思いやれるようにならない、と言う。
うん、そうだね。
彼女と同じ年頃の友達は、いやいや売春させられて入水自殺を図ったり、それほどいやがらずにあっけらかんと売春しても、性病に感染してつらい思いをしたり、している。彼女も、友達のために、泣いたり、怒ったりする。
そうして、ついにある日、彼女は、正真正銘の恋をするのだ。相手は、父親の贔屓の彫師の乃げん。「天下一乃げん」の千社札を投げ張りする、かっこいい男で、彼女の身も心もとろけさせる。乃げんは、彼女の父親に、嫁にほしいと頼みに行き、娘がうんと言ったら許す、と返事を貰った。ところが、「天下一乃げん」の千社札を御霊屋に張ったために、役人に捕えられてしまう。この御時勢では、見せしめに、磔にされるのではないか!
彼女は、乃げんのために奔走する。あの賭場に行き、あの、夜明けの船で送ってくれた男に会う。「御奉行」というあだ名のこの男が、もし、ほんとうに御奉行様だったら、助けてくれるかもしれない。でも、腕の彫り物を確かめたら、桜吹雪じゃなかった。文(ふみ)をくわえた女の生首だった。
泣きじゃくる彼女を、「御奉行」は、慰めてくれた。
乃げんは、三宅島に遠島になった。
天保十二年の夏、水野忠邦の改革が始まる直前から、だんだん、改革の「御趣意」が徹底していって、毎日のようにお触れが出て、贅沢が禁止され、頭巾、寄席、開帳、女髪結い、彫りもの、金銀鼈甲のかんざしや、皮の鼻緒、打上げ花火にねずみ花火、夕方、涼み台を出して将棋をすることなどが、次々と禁止され、錦絵、絵草紙も統制され、芝居小屋が猿若町に移転させられ、そして、天保十三年、ついに、歌川国芳が「源頼光公館土蜘蛛作妖怪図」をとがめられて北町奉行所に連行されるまでの、物語である。
天保の改革が庶民にとってどんなに苦しいばかりで意味の無いものだったかが、ありありと、描かれている。
同時に、歌川国芳一家の、生き生きしたありさまが、まるで手で触れるみたいに、描かれている。それはもう、美しい文章で。
ところどころ、おもしろい表現を抜き出してみる。
> いつまでたっても涎繰りだねぇ
> 死なざやむまい三味線枕
> 吉原に行った日にゃ、孔雀の卵じゃないけど、かえった事がないよ
> 豪敵きれいだな
> 煤掃きにだって出てきァしませんぜ
> 馬鹿野郎、ジャラケるのもてぇげぇにしろ!
> けちいまいましい
> いつも筋を出して悪口ばかり言っている
> きら几帳面
> 鬼味噌
> 繰(あやく)りのめされて
> 北山時雨じゃないけれど、ふられて帰る晩もあり
> 空捨鉢(からすてばち)
> 米びつ旦那の荒神さま
> 意地拗(いじく)ね悪い
> そう簡単に熱坊(あつぼう)になられてたまるもんか
> ずっこ抜けに右から左に行っちまう
> ずいぶんと競肌(きおいはだ)の侠風娘(きゃんふうむすめ)だな
> 湯屋(ゆうや)の煙(けむ)
> 鬼一口にやりこめられた
とにかく、最初の一行から最後の一行まで、完璧に美しい。そして、各章ごとの絵がまた、楽しい。最初の章は、河鍋暁斎の、「暁斎幼時周三郎国芳入塾の図」だ。この小説の雰囲気とよく合っている。その後の各章は、国芳の絵が、扉になっている。
インターネットで検索して知ったが、今でも、国芳の絵は、刺青はもちろん、刺子半纏やスカジャンにも、人気がある。千社札も人気がある。ということは、今もどこかで侠風娘と若者が、無言で歩いているかもしれない。決定的な、引き返せない瞬間が来ることを予感しながら。
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浮世絵は大好きで、葛飾北斎、歌川国芳、河鍋暁斎が特に好き。その、国芳の娘が主人公の短編集。中身は、本当に江戸情緒が満載で、言葉も風俗もすごーく江戸らしい。入れ墨って、江戸の人にとってすごく意味のあるものだったんだねぇ。
国芳を最初に好きになったのは「源頼光公館土蜘蛛作妖怪図」という風刺絵で、最期の一編がこれの話でした。彼が活躍した当時、幕府は贅沢禁止令を出して庶民を苦しめていましたとよく言われている時代、鳥居耀蔵が悪役としてよく登場する時代です。鳥居耀蔵って、林大学頭の子だったのか、知らなかった。当時の改革という名の庶民締め付けの様子がとてもよく分かります。
浮世絵というと普通は絵師のことしか話題に上りませんが、中に一編、彫り師がメインに出てくる話があって、これがカッコイイ!
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とにかくおもしろい!
国芳一門の連中のおかしさったら。そして登鯉ちゃんの大人びた、ある種冷めたようなものの見方がいいです。
そんな登鯉ちゃんも、やっぱりまだまだ子供な部分があって、そういうところがまた可愛いんだよなァ~って、もう、出てくる人みんなバカで情に篤くて、ニヤニヤしてしまう。
江戸の風俗、異常な取締りの強化などもおもしろおかしく書かれていて。
作者さん、粋です。
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これに出てくる周坊ってのちの河鍋暁斎か。読み終わってから気付いた。国芳と弟子ーズがかわいい奴らです ただ主人公の娘が好きになれずじまい
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国芳が大好きです。
その国芳や弟子達、作品がたくさん出てくるので、それについてはワクワクもしますが。
小説としては、出来の良い部類ではないと。
複線の張り方も拾い方も微妙。
読んでて、ページ抜かしたのかとすら思いました。
登場人物も、似たような境遇の人が多く、こんなにいらないのでは。
主人公の登鯉ちゃんは全く好きなれません。
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「チャンバラしない時代小説が読みたい」と、
とある本のオススメをしてくれる本屋さんに聞いたら
オススメしてくれた本。
時代は天保、歌川国芳(猫の擬人絵とかの)の娘が主人公で、
比較的短めの話が幾つか入っています。
チャンバラしない江戸物、というと、
高田郁さんの「銀二貫」や、「みをつくし料理帖」が思い浮かびますが、
比較的上品な町人がメインなのに対し、
こっちはチャキチャキの江戸っ子、って感じで色々破天荒。
もしかしたらちょっとえっ、、ってなっちゃう人もいるかもしれない 笑
話自体は短めの話を幾つか、という連作短編の体で、
それぞれさらさらっと読めちゃいます。
作者が江戸風俗を描いた画家に弟子入りして勉強した、
ということもあり、江戸ってこんなかんじやったんや!と、
トリビア的にも楽しいです。
個人的には彫り物の扱いが興味深かった。
シリーズ物かつ、大きな書店にもあまり置いていない本なので、
Amazonなどのサービスで買うのがいいかもしれません 笑
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歌川国芳の娘•登鯉(とり)を主人公に据え、国芳の作品、人柄を中心に描かれる登鯉の成長譚である。当時の風俗や政治情勢なども絡めており、国芳のことだけではなく、風俗史の勉強にもなる。
彫り師と文学というと、谷崎潤一郎の『刺青』(しせい)ぐらいしか思い浮かばなかったが、そこで描かれるおどろおどろしい彫りのイメージを、より身近のものとして、当時の風俗として描いているのに驚いた。
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【本の内容】
前作「笹色の紅」が評論家に絶賛された新鋭が、鉄火肌の浮世絵師国芳と、脳天気な弟子たちの浮世模様を娘の女絵師登鯉の目から描いた、ほのぼのおかしくて、ちょっとせつない書き下ろしシリーズ第一作。
国芳の娘登鯉は、刺青が大好きで博奕場にも平気で出入りするような“侠風”な美少女。
一方で、天保の改革を鋭く諷刺した国芳は、とうとう北町奉行所に召喚されてしまう。
[ 目次 ]
[ POP ]
柴又生まれの江戸っ子作家、河冶和香さんの書き下ろしシリーズ第1作である。
今回のは江戸末期を代表する浮世絵師の一人、歌川国芳一門の活躍を娘登鯉(とり)の眼から描いた作品である。
登鯉は入墨が好きで吉原や博打場にも平気で出入りする”侠風(きゃんふう)むすめ”。この早熟な娘を通じ、当時の江戸の風俗がとても生き生きと描かれており、その映像が目に浮かんでくるようである。
遠山の金さんも脇役の一人に名を連ね、物語に華を添えているあたり、時代小説ファンにとってはたまらない展開である。
まだ書き尽くしていないところがあちこちに見られ、今後のシリーズ作品で明らかにされていくのが楽しみでならない1冊。
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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浮世絵師・歌川国芳の娘・登鯉(とり)15歳を主人公として登鯉の視点から国芳一門や天保改革を見た物語。ダイナミックな国芳の娘だけあって、読んでるこちらまで元気になりそうな生きの良さ。各章の始めに章に関係する浮世絵などの挿絵があり、江戸の風俗が物語中分かりやすく溶け込んで、笑いもあり面白かったです。シリーズになっているのでこの後も期待します。
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国芳一門の話。
「ヨイ豊」で豊国一門の話を読んだ翌日に読んで、清太郎(4代豊国)がひどい奴に書かれていたので、びっくり。
国芳を筆頭に、登場人物が魅力的でテンポも良く、話が進んで面白かった。
章毎に関係する浮世絵が載せてあるのも良かった。
ただ、国芳の娘 登鯉(とり)が、あまり絵に向かっていない(のに上手い設定)で、男に夢中なのがどうも好きになれなかった。
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国芳一門のあれこれを娘登鯉の視点で,これでもかって言うぐらいの江戸っ子ぶりで描かれていて,とってもおかしくてホロリとさせられる.それにしても,江戸っ子でいるのも大変だ.
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江戸の天保期といえば
ヨーロッパではモーツァルトが活躍していたころ
日本にも
魅力的な人たちがいました
はい 北斎、広重、英泉、国貞、貞秀、
そして、国芳さん
江戸の町を舞台に
国芳さんの娘、登鯉さんの目線から
見た
浮世絵師たちの暮らしが
描かれる
いゃあ
面白いなぁ
そういえば
少し前に読んだ「おもちゃ絵芳藤」
の絵師 芳藤さんも 国芳一門
でした
もちろん、
この一冊にも登場されます
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登鯉ちゃんは可愛いなあ。
勢いで書いたものを勢いで読んでいる感じ?
私は好きだけど、好きじゃない人は好きじゃないだろうなあ、というのもわかる。
荒々しい書きぶり。
でも、登鯉ちゃんが可愛いんだよなあ。
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江戸の暮らし・風俗を、国芳の娘の視点から軽妙なタッチで描いていて、知らない細かいエピソードが多く勉強になる。
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江戸末期、天保年間の町絵師最大一派、歌川国芳の一門を描くシリーズ第一巻。
本作は国芳の長女、登鯉の視点で描かれる。
隅田川に流される、磔にされた女、それと男の生首が江戸っ子たちの話題に上がる。
旗本に嫁いだ女が男と駆け落ちしただの、男が女を寝取っただのと、いろんな噂が飛び交う江戸の町。
ちょうどそのころ、国芳に入門したいいところの坊主、周三郎が写生に使うと川から拾ってきたモノは、女の生首だった。
腰を抜かす国芳の弟子たち、そこへ乗り込んでくる岡っ引き。
この事件が元で南町奉行が入れ替わるのだが、そのころから江戸には禁制の嵐が吹き荒れる。
世にいう、天保の改革。
錦絵への制限が増えていくも、国芳は江戸っ子の気風と啖呵で新たな画法を編み出していく。
すぐに国芳一門から家に連れ帰られた周三郎、のちの河鍋暁斎である。