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なぜ我々人間は間違った道を歩んできてしまったのか。それがリチャードパワーズの小説に掲げられるテーマである。「囚人のジレンマ」は、自分の意見を言わずになんでも質問と格言で返事をし話をはぐらかすお父さんと家族の話である。だから子供たちも何でも他人事のように捉え、現実を遠い抽象として捉える。そのスタンスでの会話はかなりイラつく。ある日、父親は発作を起こして倒れる。しかし本人は病院に行かない。家族の誰もなかなか父親に病院に行くように言えない。そこに、息子の視点で語られる若かりし頃の父親の話と、第二次世界大戦下のディズニーの話が加わって語られる。囚人のジレンマとは、共犯として捕まった2人の容疑者を別の部屋に収監し、2人とも白状しなければ釈放するが、相手がやったことをお前だけが白状すれば一年で牢屋から出られる。2人とも白状したら三年、相手だけが白状したらお前は20年の刑だ、と言われる。その時どうするか?というジレンマのゲームだ。互いが互いを信頼し何も言わないのがお互いにとってベストなのだが多くの場合、人は目先の
利益に惑わされて結局損をする。相手がやりそうだから先手を打つという発想が世界中に蔓延り、我々は傷つけ合い皆んなで損をする。このお父さんの生き方が良いということではない。全てを他人事と捉えて自分の目先の利益だけを考えて損をするような愚かさへの警告である。戦争が終わっても、戦争は終わらない。
そして「唯一の出口は〈きみ対彼〉の中に閉じ込められた〈われわれとわれわれ〉を解き放つこと」。当事者意識と信頼こそ最大の幸福の根源であることをパワーズは言う。