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紙の本
人間らしい生活のために
2008/05/26 16:17
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:西下古志 - この投稿者のレビュー一覧を見る
グローバル化の進展などが遠因となって、終身雇用制や年功制といったものが崩れ始め、労働組合の組織率も低迷したままの状況が続いている。終身雇用制・年功賃金制・企業別組合といった日本的雇用慣行の崩壊とともに、働き方それ自体のルールすなわち労働関係の法律も大きく変わりつつある。2007年のパート労働法の改正や労働契約法の成立など、記憶に新しい。
本書は、そうした労働法のあらたな整備に伴って、それまで(第2版)の内容を改訂した最新版(第3版)である。労働法の基本的な考え方と、法律の内容について要点を絞って解説した入門書である。本書の特色のひとつは、「はじめに」で述べられているように、「複雑で難しくなっている労働法をわかりやすく解きほぐして説明」していることである。文章のわかりやすさだけではなく、表裏の見返しの「労働法の全体MAP」「労働法の歴史MAP」や、第1章を除く各章冒頭に掲げられた内容をまとめたMAP(図解)が、労働法の理解を立体的なものにしてくれる。大学(学部)における初学者向けの教科書として書かれてはいるものの、大学の中だけで使われるのは惜しい内容である。
非正規雇用の拡大を原因とするいわゆる格差の拡大やワーキング・プア問題の深刻化など、労働のありかたが問い直されている現在、労働法についてわかりやすく解説している本書のもつ意味は、おそらく執筆者たちが考えているよりもはるかに大きい。今日の労働をめぐるさまざまな問題は、労働法の正確な理解と知識が、労働者にも使用者にも備わっていないことが遠因になっている、と指摘できるからである。労働法の理解と知識が多くの市民に共有されることこそ、労働をめぐる問題を解決する前提の一つである。
たとえば、本書でも「パートタイム労働者やアルバイトなどの非典型労働者の中には、正社員とは違って諸々の労働法規の適用を受けられないと思っている人が結構多いのではないでしょうか。時には使用者でさえそう思っている場合があります」と指摘しているように(p.254.)、労働法における「労働者」の規定や捉え方に対する誤解が蔓延している。こうした誤解を払拭することが、いま急務なのではないだろうか。本書ではその間違いを指摘し、「パートタイム労働者でもフリーターでも、『労働者』(→第2章1参照)である以上は、労働基準法、労災保健法〔中略〕などの一般的な労働法規が適用されます」とあらためて注意を喚起する(pp.254-255.)。正社員でなくとも、どんなかたちであれ、お金をもらって働いていれば「労働者」なのであり、労働者としての権利と義務をもっている。この点をはじめ、労働法の内容がまず広く理解されることこそ、労働や労働者をとりまく問題を解決するための基礎になると考えられる。
別の所でも、そうした声があがっている。『日本労働研究雑誌』第572号(2008年2・3月)の巻頭言「労働法を知らせる」で、執筆者の仁田道夫教授(東京大学社会科学研究所)は、「労働法上の権利についての知識の減退は、労働組合組織率の低下と軌を一にしている」と指摘し、労働法に関する知識が勤労者に行き渡る重要性を訴えている。
労働法の知識は、勤労者の権利を守るための第一歩であり、さらには、労働をめぐる問題を解決するための土台ともなるのである。そのためにも、本書が大学の中はもちろん、大学の外でも、多くの人たちに読まれて欲しいと思うのである。
本書の第1章「労働法をスケッチしてみよう」の冒頭には、「労働法は、民法などの一般法を適用しただけでは市場原理に淘汰されてしまう労働者に対して、人間らしい生活を確保すると同時にその自由を実質的に保証するために登場した比較的に若い世代の法律です」という説明が書かれている(p.1.)。これは、市場原理の猛威の前に人間らしい生活が困難になりつつある人たちへ向けた法学研究者である著者たちからのメッセージとして受けとりたい。
本書には、充実した文献案内(各章ごと及び巻末)と、事項索引・判例索引が附されている。労働法についてさらに深く、また広く学んでいこうとする際に大きな手助けとなる。こうした点にも、有斐閣がもっている懇切叮嚀な教科書づくりの伝統と技術が生きていることを感じた。ほかの教科書にも是非この点は活かして欲しい。
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