投稿元:
レビューを見る
いわゆる「ママ友」たちの話。
う〜ん怖いね〜〜。怖いっていうか、特に誰も悪いわけじゃないのに、なぜかすれ違ったり誤解したり、疑ったり。
こういうことってあるよね、ママ友じゃなくても。オンナだからかな・・・。
投稿元:
レビューを見る
実際の世の中を生きているといやぁな事が多いので、少なくとも小説の世界の中くらいではいやぁな思いはしたくないものですが、この人はいつも見事に裏切ってくれます(笑。桐野夏生ほど嫌らしくはないんですが、かなり通じるモノがあるようで、僕はもうこの人の作品はいいかな?
結末ではほとんどの登場人物が落ち着くべき所に落ち着くんですが、1人だけ、一番救われるはずの人が救われないってのもなんだかやるせなくていやぁな感じです。
投稿元:
レビューを見る
なんとなく惹かれあって友達になった5人の母親。
育児に対する考えが似ていると心を許しあって仲良くなっていく・・・
自分たちは幼稚園でお受験でギクシャクしているママ友とは違う!と思い関係はいつまでも続くと思っていた。
しかし少しの歪からその関係はギクシャクし変容してしまう。
女友達って難しいなと感じました。
学生の頃は男性の問題で・・・
親になったら子どもの問題で・・・
簡単に儚く関係は崩れ去ってしまうんだなって
あらためて感じました。
投稿元:
レビューを見る
5人の母親にイライラしたり共感したり恐怖を感じたり同情しながら読み進めていき、最後は哀れさと切なさが残りました。
あまりにも狭い世界でしか生きられない彼女たちが可哀そうで痛々しかったです。
投稿元:
レビューを見る
経済的にゆとりのある千花。妹はドイツでアクセサリーのデザイナーをしているが、活躍しはじめる妹に対して優位にたつには、長男雄太の小学受験で難関といわれる学校に合格しなければならないと込む。
容子にはひとりっこの一俊がいる。仲のよい友達がそれぞれ第2子がいるのがうらやましい。やっと妊娠するものの流産してしまい、一俊の受験にのめりこんでいく。
瞳は光太郎と茜の二人の子どもがいる。瞳自身が不登校を経験したこともあり、長男の小学校受験を考えるようになる。情緒が不安定。
繭子は都会の暮らしに憧れ、マンションを買う。怜奈という娘が生まれるが生活レベルの違いを感じながらも無理をして他の4人と友達付き合いをしている。怜奈が子どもモデルにスカウトされるのを機に借金がふえていく。
かおりは、繭子のマンションの上階に住んでいて、私立小学校に通うひとり娘衿香がいる。子どもが年上ということもあり、他の4人から相談される立場。しかし問題もかかえている。
この5人のどろどろ。
投稿元:
レビューを見る
ちょっと期待しすぎたかな、、と。
女性の心理の描写の巧さはいつもと変わらず。
だんだんと桐野夏生に近くなっているんじゃないかと思ってしまったり、
角田さんのほうがいやらしくなくて全然好きですけど。
投稿元:
レビューを見る
正にこの時代なのです!
私が今いる時期…
明日から幼稚園ママと普通に話せるか、かんがえさせられました。
それ程リアルでコワイ
投稿元:
レビューを見る
往々にして角田さんの作品に登場する人物、殊に女性の登場人物は、浅ましく利己主義で、同性として目を覆いたくなる行動や言動を繰り広げていることが多い。
そして、多分読み手の誰もが(女性に限るが)“私のことを見て書いたの?”とぞっとしてしまう部分があったりある。
この作品はそれが特に強烈で、中盤まで読んだ段階で もう泥沼になっていくのが目に見え、そわそわと落ち着かなくなってきてしまった。
私自身は、ここまでママ友という存在に固執したりしなかったし、せずとも親子で困ることなく生きてこられたので あんなに被害妄想に陥って精神状態がギリギリになるまで、追い詰められた彼女たちの気持ちはどこか絵空事に思える部分もある。
しかし当事者はわかっていても逃れられないのだろう。生活水準も、将来設計も、子供の気質も才覚も他人と比べることに意味がないこと、それを無理すれば破綻することもわかっているはずなのに。
子供は、自分の人生を飾るアクセサリーではない。そのしわ寄せが、彼女たちの子供たちを蝕んで行く様が一番痛々しかった。
子育て真っ最中の全ての母親にとって、ある種の恐怖と、自分の生活への自戒の念を与える作品だと思う。
投稿元:
レビューを見る
読んでいる時も、読み終わった後も、胸が重苦しくて、暗い気持ちに支配されて、引きずられてしまった。嫌な思いが残る、でも読み進まずにはいられなかった。
5人の母親が出てくるのだけれど、私の周りにも、全部ではないけれど部分的に性格や外見や嗜好が似ている人がいる。私自身が、登場人物とこんなところが似てるかも、なんて思えてしまう部分もあった。認めたくないけど、そう思ってしまうのが恐ろしくもあった。なんでこんなにも不愉快なほど、心情を突き付けてくるのか、どうしてこんなことが書けるのか、改めて角田光代さんの才能の深さを知った気がする。
はりあったり比較したり自慢したり、そんなつもりなくても、相手にはそう思われてしまう、悪いほうに取られてしまう、変に無駄に気を使う、自分が惨めな気持ちになる、自分のことは見えていない、結局過去の自分から抜け出せられない…女っていくつになっても同じことをしているのかもしれない。読んだ時期が、登場人物達とちょうど同じような時期だったから、余計に自分と重なるようなところ、澱んだ濁ったところを見せ付けられた気がする。
必要以上に仲良くなろうなんて、思わなければいいのに。受験も習い事も、他の家がどうしようかなんて、気にしないで堂々と割り切ればいいのに。他の子といい点でも悪い点でも並べて比べるなんてしないで、それに口ではどんなことを言っていても心の中では自分の子が一番だって、思っていればいいのに。世界はもっともっと広くて、いろんなお母さんも子供もいるんだって、どうして気がつかないんだろう…等々、こうして挙げてみても、いざ自分がその渦中にいたら?現にいつも言ってる愚痴は、全部そんな類のものなんじゃないか?とにかく、後々になってもずるずる引きずる本だった。
5人の母親とその子供達、今よりいい状況に、幸せになれそうな人っていたかな?誰か救われた人はいたのかな?後味も重い。
投稿元:
レビューを見る
夜にする考え事が妄想と化し、それに支配されてしまうことが時々ある。
自分が何者なのか、どこにいるのか、見失いそうになるくらいに。
それに陥った場合、抜け出す術を考えるも、その意思とは裏腹に大概においてネガティブな妄想は勝手に巨大化する。それから逃れるために眠ることを試みたりする。そういうことをしでかしてしまう時、精神状態は良くない状態のことが圧倒的に多い。
できれば避けて通りたく、味わいたくない感覚。永遠に夜を彷徨い続けるのではないかという感覚。
「森に眠る魚」という作品はその感覚を、文字によって呼び起こさせる力を持つ。
仲間意識。
その言葉が持つ意味は男女によって質が違うように思う。
前者はサッパリとしているが、後者には暗黙のルールのようなものが存在する。
「みんなで」が行動基準で輪を乱すような真似をせず、抜け駆けは裏切りという法律の世界が。ある時を境に、女はグループ行動をとり始める。グループの構成員が3人くらいまでならそのルールはないに等しいが(経験上)それ以上となると前述したようなルールが見え隠れする場合が多い。どんな些細なことでも、自分の身に起きたことは報告してお互いのそれらを共有しあう。どこかに行くとなれば、「みんな」を誘い「みんな」で出かけることをよしとし、半ば義務とする。それが1つでも欠けた人は「仲間外れにされた」「嫌われているのかもしれない」などと思い込み、その考えを確かめるべく誘導尋問してあくまでも間接的に事実を知ろうとする行為にでる。これはほんの一例であり女という生き物が全員そうであるとは言わないが、こういう気質を少なからず持ち合わせていると思う。
「森に眠る魚」はそういう気質を持つ5人の女性がそれぞれの子どもを介して「ママ友」として出会い友情を育むも、子どもの小学校受験を引き金に関係に亀裂が入っていく様を描いた作品だ。読むのに体力は要するけれども、人間の嫌な部分やダメなところを描くに長けてる著者の力量が遺憾なく発揮されている傑作だと思う。
私は地方で育ったので小学校受験とは無縁の幼少時代を送っていたのだけれども、隣にはいつも幼なじみの男の子と女の子が数人いた。幼稚園にいる間も、そこから帰ってきて遊ぶときも、運動会のお弁当タイムも、そのうちの1人の母親が主催していた英会話教室でも。
自分自身は楽しい幼少時代を過ごせたからよかったものの、実際のところ、母親はどう思っていたのだろう。幼なじみの笑顔や笑い声は覚えていても、親同士がどうだったかなんて覚えていないし知る由もない。本当に嫌だったらどうにか接触を避けていたとは思うので、とりあえず、自分の母親は幼なじみの親に対して嫌悪感を抱いていなかったと思うことにしよう。しかしこの子どもを介しての付き合いというのは、子どもを持つ立場になったら避けては通れない道だということは改めて認識させられた。避けて通ることはできても、それは子どもにとっていろいろ不都合が出てきそうな気がする。親になってまで学生時代のような面倒な人間関係に巻き込まれたくはないけれども(実際巻き込まれたことはないが客観的にみてそういう人たちは大勢いた)親になることは様々なことを���牲にする覚悟がないと務まらないと思うので、そんな日が来たら受けてたとうじゃないのよ!なんて勢いづいてみたりもする。でも決して、このような出来事が自分の身に降り掛かるとは断言できない。その逆も然り。小説はいつだって、誰の身の上にも起こりうることを示唆してくれる。
投稿元:
レビューを見る
なるほど、確かにこれは評判になる本だ。ママ友といえる母親たちの人間関係。リアルすぎる。最後はあの事件のようになるのかとドキドキしてしまった。そう、あの事件はほんの隣り合わせのことなのだ。受験結果が出て、仲間は解散しても、また次の種類の仲間たちがやってきて、次の人間関係ができる。子供が就職しても、結婚しても、孫ができても、だ。永遠に。
投稿元:
レビューを見る
幼い子どもを持つ母親たちの孤独。
なんとかして同じような境遇の仲間を作りたい、だけど、ずっと一緒にいるうちにだんだん微妙にすれ違っていく・・・。
そういう母親たちの心理がとってもリアルに表現された小説だと思います。
投稿元:
レビューを見る
怖いけど、なんか変な気分になるけど、
続きが気になる、角田さんの巧さが出てる感じ。
ママ友作るのが怖くなる小説なんて
今読んでていいのかしら、という気もしますが
子持ちのママが読むと生々しすぎて怖いし、
もっと早く読んでも、ふーん、で終わるかもだし、まぁイイとして。
この本を読んだのと前後して、電話で母が
京都で子育てしてた頃のママ友に会うとしっくりくる、という話をしてたので
まぁなんだかんだいっても、どんな状況でもそこそこ気が合う人はできるだろうし、
どこにだって女同士のニャカニャカしたことが嫌いな人はいるだろうし、
ま、学校なり職場なり、人間関係は構築してかなきゃいけないもんです。
しっかり生きろ、アタシ。
投稿元:
レビューを見る
小学校のお受験に悩む母親グループの話。
同じ幼稚園に通う子供を持った3人のママ友、そのうちの一人と産婦人科で知り合った若い母親、若い母親と同じマンションに住むマダムの5人の視点から書かれてます。
はじめはお受験なんかウチには関係ないと言っていた3人も、時期が近付くにつれ揺れてきます。
他人に依存したり、嫉妬したり、子供もストレスを感じたり、だんだんどろどろに。
人間って怖いなあと思ってしまいました。ママ友って面倒だなとも。
投稿元:
レビューを見る
相変わらず、読むと 神経症になりそうな 題の 森に眠る魚が 比喩の様に出てきます。 できればこれからの、角田さんの文が、内容はグロテスクでも 美しい文であれば良いな〜と思います。