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紙の本
四十、五十になってから。
2009/05/30 01:00
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る
講談社文庫の新刊、青木玉対談集「記憶の中の幸田一族」。
これ、1997年に小沢書店から出版された
青木玉対談集「祖父のこと 母のこと」の文庫化なのでした。
いぜんの、小沢書店の単行本は、装画・堀文子でステキな本だったなあ。
なかには、その堀文子氏との対談も載っており。
そこでは、堀さんは、青木玉さんへこう語っておりました。
「あなた様の書かれた『小石川の家』を拝読して、実は私、
一頁ごとに飛び上がりそうになりました。私自身の子供時代とオーパーラップして、叫びたくなるような思いでした。」
ちなみに、堀文子は1918年。
そうして、青木玉は1929年。
どちらも、東京に生まれております。
あまりに、小沢書店の本の装丁が、りっぱだったのを思い出し。
ここでは、ひとりだけ、堀文子氏の話を、取り上げておきます。
「私は父親に『わしの云うことはおまえが四十、五十になってわかることなのだから、黙って聞け』などと頭ごなしに言われて、なんて嫌な家だろうと思ったものです。それがだんだん齢を取ってくると、本当にわかってくるから不思議。」
「いざというときの強さにつながる。それこそが昔の厳しい躾が持つ、真の意味かも知れませんね。」
もう少し引用しましょ。幸田文を語っている箇所です。
【青木】ええ、周りにいる人間の面倒ばかり見続けた人です。そして祖父を見送って、見なければいけない人がいなくなったときに物書きになった。
【堀】それが、四十四歳。あの時代の女は、自分のためには中々生きれらませんでした。でも人に尽くし忍びながらも、全てが終わったら自分の好きなことをするという、残り時間を待っていたんです。どんなに自分を捧げても大丈夫なだけ自分を鍛えていたように思います。
【青木】母は自分自身、物書きになるなんて思ってもみなかったと思います。
その思ってもみなかった人の、書きものを私たちは読める幸せ。
そして、それにまつわる対談を読める幸せ。
というのが、あるんですね。
四十、五十になると。
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