紙の本
SF的な仕掛けと 物語の勢いとの間に 強い結びつきが感じられない
2009/12/05 22:26
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
2033年、人類初の有人火星探査船の乗組員の一人ノノが精神に異常をきたし、リリアンは火星到着後に堕胎するという事態が発生。
一方、アメリカでは次期大統領をめぐって激しい選挙戦が展開。そこへある生物兵器の存在が浮上して…。
物語は実際の2000年代初頭のアメリカの国際政策を下敷きにしていることが明白です。
そのぶん、近未来SFの体裁をあえて借りる必要があったのかと思えるほど、書かれていることの多くに目新しさは感じられません。
例えば、一人の人格が多角的であるとする分人思想(dividualism)というのは、社会学でいうところの「役割の束」という人間観からさほど遠くないと思います。分人思想と名を変えたところで、新味が増すとは思えませんでした。
米国が支出を減らすために民間に戦争を委託するという話も、ブッシュ政権下の問題点として散々報道されていたので、この小説の中でことさら詳述されても何を今さらという気がしました。SFで論じる上でのひねりがあるわけでもありません。
『外注される戦争―民間軍事会社の正体』というノンフィクションの読み物のほうが、大変興味深くその問題点を知ることができると思います。
日本人乗組員・明日人の死んだ息子・太陽の代わりとして創造されたAR(一種のホログラム)もスピルバーグの映画『AI』に類似していて新鮮味がありません。
もちろんこうした新奇さを欠いた要素を用意したのも、現実味を帯びたSFとして提示するための仕掛けだからこそという見かたもあるでしょう。
確かに私も、300頁あたりまではそうした近未来の仕掛けのあり得そうな現実感に引っ張られて頁を繰ったのですが、それ以降、主人公たちが停滞して物語に大きな展開がなくなり、一方で著者の訴える思想めいたものが強くなっていくのを見るにつれ、私の中の関心が徐々にしぼんでいくのを感じました。
紙の本
人間の愚かしさはますますその度を加え、生も死もますます難儀になる
2009/08/17 17:22
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
「私小説は自慢話である。自分は絶対に書かない」ときっぱり否定するこの人。その言うや良し、です。
私が最初に読んだ彼の作品は、ショパンやドラクロワやジョルジュ・サンドがまるで史実のように動き回る面白いロマンチック小説でしたが、その実録歴史風の時代がかった衒学的な文体がことのほか気に入りました。
ところがその次に読んだ「決壊」はまるで秋葉原事件の漫画風解説本のような趣で、主題こそ当世流行のネット時代のおける現代人の悪意と殺人事件を描いてはいるものの、登場人物にまるで存在感もリアリテイもなく、でくの棒のような不自然な人物造形と人工的なプロットに、「いったいこれのどこが小説なの?」と辟易させられたものです。
そこへ今回突然ドーンと登場したのが本書で、これは2033年に人類初の火星着陸を成功させたアメリカを舞台にした近未来フィクション小説です。
アメリカはもちろん全世界の家庭や街頭には隈なく監視映像ネットが隈なく張り巡らされ、全国民が複数のアバターを分かち持ち、それらのキャラクターをTPOごとに使い分けている「1人多重人格社会」がすでに確立されています。20世紀に揺らぎ始めた自己同一性原理は完全に破壊されてしまい、人類はそのアイデンティティをいかにして再確立するかに頭を悩ませているのですが、妙案は見つからず、その苦悩と分裂は深まるばかりです。
主人公は佐野明日人という日本人宇宙飛行士兼医師なのですが、世紀の偉業達成の陰に、彼の同僚の女性飛行士の妊娠、流産事件と言う不祥事、NASAのそのスキャンダルにからんだ大統領選挙の陰謀、さらに東アフリカ融解戦争への加担から派生したテロリストによるマラリア蚊兵器の登場等々、いかにも三文小説風、アメリカ流にいうとパルプマガジン風の「いかにもな事件」が次々に起こり、主人公とその家族たちを翻弄します。
つまりここで著者が闡明しているのは、いまからさらに時間が2,30年ほど経過し、科学技術が驚異的に発達しても、世界の政治と経済は相変わらず混迷を続け、人間の愚かしさはますますその度を加え、生も死もますます難儀になるぞ、という暗い予言なのでしょう。
しかしそんな小学生でもわかっているような当たりきしゃりき車引きのお話を宇宙関係の文献やらネット資料をもっともらしくどんどこ援用して500ページになんなんとする原稿用紙を無駄にする必要が果たしてあったのでしょうか?
この小説に唯一救いがあるとすれば、そのタイトルの「ドーン」が英語のDAWNであり、人類の「ダウン」ではなく「夜明け」を暗示している点でしょう。
♪古書市芥川全集3500円で叩き売る 茫洋
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ある集まりで遊ぶときの自分のポジションはどうあるべきだったか、なんてことを集まりごとで思い出してから遊びにいくだとか、友達と上司に接する自分は当然のごとく違うだとか、無意識のうちに多くのディヴィジュアルを僕(人)は持っているものだと改めて気づかされた。 20数年後を想像した描写はそれだけでとても楽しく読むことが出来たし、それだけじゃない、思想とか意義とか何つうかそういう思念的なものがふんだんに混ぜ合わされていて読み応え抜群だった。とても楽しく読むことが出来た。(登場人物がカタカナでしかも多いってのはちょっと苦しかったけど)
決壊を受けてのドーンという印象を強く持った。
自叙伝をつづって、主人公が今後より魅力的に活動するにはどうしたら良いかというアプローチの方法で人生を解いていた場面。
最後に読者に提唱してくれた、どう生きるべきかというダイエットの話が好きだった。
ジョージオーウェルの1984年にしろ、未来に希望は無いのだろうか---。
読書する時間と同じくらい物語について考えた作品だった。ここ最近読んだ中では一番良かった。
(2009.8.25)
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個人としての「愛」とその個人の社会的評価のギャップがあったとき、さらにそれが、相反するときに人間はどちらを選択するのか、ということが「前人未踏の宇宙旅行」という究極の場面でおこったとしたら。かなり、複雑なことがいろいろ重なって描かれているが、とてもおもしろい。最後にはスガスガしい気持ちになった。
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▼序盤を読んでるけど、「わードゥマゴ賞っぽーい」。今のところ、それしか感想が出てこない。
▼200ページまで読了。だんだんとストーリー進行がわかってきて、俄然面白くなってきた。小説の面白いところって、最後まで読まないとわからないっていう点だと思う。
▼150ページまで、文体と、話の要旨を掴むのがちょっとだけ難しい。真ん中過ぎてからはカッパエビセンのような面白さになってくる。ヤメラレナーイトマラナーイ。
▼序盤は前書き、途中で「ドーン内で何が起こったか」が焦点となり、「リリアンの子は誰の子か」が問題となり、問題が明らかになった後は明日人の精神状態と綯い交ぜにした感じで、今日子との関係性が問題になり、その関連でディヴィジュアル、あと同時進行で蚊の話、四分の三くらいでリリアンショック、その後で明日人と今日子がどうやってお互いのディヴィジュアルを取り戻すかって感じになって纏まる。興味の引きが、手を変え品を変えながら反射していく技術は、流石にうまいなって感じ。
▼いかにもアメリカの選挙で「ありそうな感じ」をうまく表現した中に、想像力の中でしか絶対ありえないようなビジョンを落とし込んで、きわめて現実的な話として語ったところが、素直にものすごいと思った。平野啓一郎って、兎に角こういう部分がホントに、他者の追随を許さないくらい、うまい。書きたいことがあるのが小説家の条件だけど、それに技術が伴わなければ、作家にはなれないっていう好例。
▼ドゥマゴ賞が取れて、よかった。でももっと評価されてもいいんじゃないかね。序盤100ページのみっしり感についてけない読み手が多いのかもしれない。心から勿体ない。
(09/9/27 読了)
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平野さんの書く小説は、まさに現代にふさわしい小説だと思う。
この「ドーン」は勿論、「決壊」でも現代、あるいは近未来における科学的な発展に伴う弊害に焦点を当てつつ、人間(人類?)が抱える普遍的な問題を描いている。こういった文学の中で社会への問題提起がなされるべきだ、とは思わないし、必ずしも必要なものだとは思わないけど、未来を予見するような平野さんの小説はこの現代社会にあって書かれるべくして書かれた、という感じがする。確かに普遍的な問題を描いていることで、既に語り尽くされた感のある物語と言えなくもないけど、これは今読まれてこその価値がある作品のような気がする。
今作中では、「個人」=「individual」に対する「分人」=「dividual」という概念が描かれている。「分人」というのは、「個人」が使い分ける人格のようなもので、例えば一人の人間が家族の前、友人の前、上司の前等で、普通それぞれに対して適切な態度を使い分ける、その一つ一つを「分人」と呼び、「個人」は「分人」の集合であると述べられている(さらにこの考え方を「分人主義」=「dividualism」とも呼ぶ)。
個人的に、火星探査船「ドーン」をテーマにした同人(!?)小説がネット上で書かれ、読まれ、という展開に笑った。すごくリアル。
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前作「決壊」と比べると、エンタメ度も高い。というより、盛りだくさん。ただ、ウィキノヴェル、ディヴィデュアリズム、ニンジャ、AR…未来の描写&思想が無責任じゃないから、前作同様、複雑怪奇な大テーマを設定しつつも、リアルに読み込める。最後の最後に拠り所をしっかり記述して救っているあたりが「決壊」との違いか。そういう意味では、置かれている環境がそれぞれ違う読者が、考えることを余儀なくされた前作の方がインパクトは大きいかも。
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2030年代の近未来小説。有人火星探査機「ドーン」のクルー明日人が主人公だか、ちょっと盛りたくさんの感じ。
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まだ消化しきれていない。
それなのに、5★にしたのは「平野啓一郎」だから。
わたしは、この作家さんが好きなのだ。
近未来の姿として、社会は複数のカメラによって監視・記録されていて、その記録を誰でも見ることが可能。
ある特定の人物の姿を追うことも出来る。
ある人と別れた後に、誰と会っているのかを、どんな顔で会っているのかを調べることが出来る。
その未来の姿は、怖くもあり、自然であるようにも感じる。
家族と話しているときの私と、
会社にいるときの私、
学生時代の友達といるときの私、
好きな人の前にいる私。
肉体はひとつでも、
一緒にいる人によって表情や態度は変化している。
誰と接していても、同じであるということは、未熟であり、
その場その場のコミュニティに合わせて態度を変えることは
大人になるにつれて、身に着けていく所作のひとつだ。
大切なのは、考え方や取り組み方等、
自分を形成していると自分自身で認識しているものを
変化させないことだと感じた。
☆留めて置きたい☆
・複数の分人dividualが合わさって、個人individual。
・悪いことを告白するよりも、
恥ずかしいことを告白することの方が難しい。
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初めは宇宙の話と思って興味を持って読んだけれど、政治や戦争、監視社会、人間の愛、など本当に盛りだくさんで、はらはらドキドキのエンターテイメントとして普通に楽しく読ませてもらった。
この小説の中でとても印象的だったのは "dividualism" という概念。英語で 分ける,
を意味する"divide"に、否定のin を付けて "individual"が「分けることの出来ない」→「個人」を意味する単語になるわけだが、この単語の否定部分を排除したのが "dividual"で、個人の中にある様々な人格の多様性をこの単語で表現しているようです。
これは考えてみれば真新しくもないというか、誰しもが頭で分かっていることではあるのだが、それでも僕らは普段、確固として自分という個人があると考えがちで、自分が場面や対象に応じて演じるdividualをそれほど尊重していない。それに対して、本書の中でこの概念は例えばアメリカ大統領選の中で大統領候補が時代を象徴する言葉として演説で使用するほどに、人が自分が社会と接する上でのdividualを強く意識して生きているようだ。
小林秀雄が「科学は進歩したかもしれないが、人間の精神というものは全く進歩していない」というようなことをいっていて、その言葉は理解できるが人間の精神の進歩ってなんなのか全く分からなかったんだけれど、この小説を読んで、答えではないにしてもひとつの方向性を見せてもらった気がした。
例えば日本では自殺者が非常に多いけれど、一つのdividualで絶望してもそれとは別のdividualをデザインして生きていくことだって本当は出来るかもしれないし、あるdividualに執着してしまうのではなくて自分の中に様々なdividualをもってそれを場面によって使い分けていくことが豊かな人生に繋がるんじゃないかな~とか。
簡単ではないけれど、何となくヒントをもらったように感じた。
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「‥人間は社会に有益だから生きていて良いんじゃない。生きているから、何か社会に有益なことをするんだ。‥」
キーワードはディヴィジュアルズ(分人主義)
火星探査機ドーンのクルー明日人とリリアン、大統領選挙、アフリカへの武力介入、生物兵器マラリヤ蚊によるテロ、明日人と今日子夫婦と亡くなった息子太陽、、、
あまりにもたくさんのテーマを詰め込みすぎた感があるが、私はこれは癒しの物語だと思う。
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王様のブランチで紹介されたのを見て、読んでみたいと思っていました。
たまたま図書館にあったので、借りてきたものの・・・
私の今の気分では???な感じです。
過去と現在が入り交ざっているので、気を確かに読まないと難しい。
ちょっと疲れていたので、読むのが辛かった・・・。
返却期限が迫ってきたので、頑張って読みました的な本です。
もっとSF気分な時に読みたかったな。
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以下のリンクに日本インターネット新聞社JanJanで掲載された、私の書評が載っています。内容は同じです。
http://www.book.janjan.jp/0910/0909270842/1.php
時は近未来の2033年アメリカ。ちょうど今小学生くらいの子供が社会人になった頃の話だ。情報化社会はさらに進み、市街のあちこちに設置されたWebカメラの画像から、特定の人物をネット検索すると、個人のおおよその行動までも明らかになってしまう。それを逆手に取り、可塑整形で、いろんな顔を使い分ける人間も現れた。
主人公は外科医の宇宙飛行士、明日人。彼は先に起きた東京大震災で一人息子の「太陽」を失っており、それがきっかけで宇宙飛行士に志願した。彼は、人類初の有人火星着陸ミッションを成功させた、世界的ヒーローになる。
一方、彼の妻今日子は、息子のARを実験的に自宅に設置し、共に暮らしている。ARとは3次元のホログラムのようなもので、個人の全遺伝子情報がインプットされ、現実と同じように体や精神が成長するようにプログラムされている。明日人が火星に行った2年半、彼女はARの開発者と出会い、成長する息子のARと一緒に暮らしていた。
明日人はデヴォン社という軍事企業からヘッドハンティングされ、未来は順風満帆なように見えた。しかし、宇宙船「ドーン号」の中で「重大なミス」が起きたことに絡んで、個人的な浮気の問題、薬物依存、人種差別、生物兵器、挙げ句の果てに大統領選挙の行く末までが一つの大きな渦となって、様々な人間の運命を容赦なく翻弄していく。
この物語のエッセンスは盛りだくさんであり、主なもので、近未来のテクノロジー、宇宙でのクルーの生活、アメリカの大統領選挙、そして、ネット社会と現実社会での人格の違いから拡張したと思われる、「ディヴィデュアリズム(分人主義、以下ディヴ)」という考え方が挙げられる。ディヴとは、人々はそれぞれの場所、人間関係で別々の人格を持っているという概念である。仕事の顔、家庭での顔、恋人に会う時の顔と言った方が早いだろう。この物語の中では、情報化社会におけるディヴと可塑整形によるアイデンティティの希薄化が深く取り上げられている。
情報が複雑になりすぎた社会では、どんな情報に対しても、何か意図的に作られたのではないか、自分だけは絶対にだまされない、と人々は懐疑的になる。そして、一体何を信じて、拠り所として生きて行けばいいのか、全くわからなくなり、日常的に不安な状態が続く。調べれば調べるほどわからなくなるはずなのに、いつもGoogleで検索し、ネット掲示板やテレビを観て、精神的に満たされようとする私たちの様に。そんな人々のネット上の行動と心理描写が非常に細やかで、リアリティーに溢れている。
しかも、既に現実に利用されている技術が少しだけ進歩しただけなので、突拍子も無い空想上の世界とは思えないところが、物語の凄みを際立たせている。
それでも、どんなに世の中が複雑怪奇になろうとも、人々が拠り所にできる場所は、結局「愛」がある場なのだ。著者の言いたいのは、500ページ近くを経ても、やはりそういうことなのかと感じた。
「ドーン」 とはDawn、夜��けを意味している。太陽が少しずつ照らし出す、今日と明日の境界線はぼんやりとして誰も目にする事はできない。しかし、最後はどんなに暗い夜もいつか終わりが来るはずだと信じたい。
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平野啓一郎=読みづらい
そんな印象を覆す一作。
文学と娯楽を巧みに融合している意欲作。
未来のシミュレーションっぷりも楽しめる。
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「それぞれの人生を歩むべきだと思うけど、あなたとのディヴは、わたしの中に残りつづけると思う。」
やっと終わった~~!!
読み終わってまずは、物凄い達成感・・・
遅々として進まず一体どうしたもんかと思った初平野啓一郎。
すっごいSFチックなんだけれど、どこか今の現実を繁栄しているし、こんな未来もあるのかもしれないなって思わせる。
それなのに、テーマはなんだか結局愛とか正義とかそういうところなんだ。。となんだか凄く理解しがたかった「個」という概念を用いつつ、着地点は単純で、シンプルといえばシンプル。
それでいいような気も、物足りない気もさせる。
ひたすら、宇宙船の中でたった数名で何年も暮らすっていうことを創造しただけでもう死にそうだったし、結局私は主要登場人物の誰にも共感したり寄り添ったりすることができなかったような・・・
書き方かもしれないけれど、どこか出てくる人たちと距離があったのだ。
それでも、やっぱり最後は、なんだか良かったね!と爽快感で纏め上げているので、読後は達成感と疲労感と爽快感と、、一応読んでよかったなー面白かったなーという気分にさせてくれたよ。
【11/10読了・初読・大学図書館】