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読了 1回(2009/07/25~27)
新品で買った最初の新書がコレとなりました。
中島氏の言っていることは分かるが、
小浜氏の言っていることはちと難しい。
二回読むとまた印象が変わってくるのだろう。
対談でなのがずるいというか、惜しい。
読了 2回(2009/11/24~29)
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■本の内容・特徴
往復書簡による、違う価値観同士のガチンコ(議論)。
■目的
人は分かり合えるのか? また、娯楽。
■感想
PHP新書の書簡形式の本は2冊目です。
これ、面白いです(笑) 何が面白いって、真剣勝負なところです。「人は分かり合えるのか?どうなのか?」という前提なので、妙に相手にへつらうことなく容赦なく二人はぶつかります。「きっと分かり合える」という予定調和が感じられないこともあり、読者としてはハラハラドキドキしながら、大の大人のケンカを目の当たりにすることができます。
結局、人は分かり合えないかもしれないけれど、面と向かって真摯にぶつかればぶつからないよりはいい、一つのテーマについて同じベクトルを共有することができるという意味で「心が通うことは可能」なのだなと思った一冊でした。
議論って結果はどうあれ素晴らしい!!
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この世ではすべての人が全人生のどこかである個人的な好みや利害に基づく対人的意思や行為が期せずして普遍的な精神作用としての倫理に重なる瞬間を経験しているはずである。
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面白かった。価値観の違ういい年したおっさんがあーだーこーだと言い合ってるんだけど、話が整然としているのでとても読みやすかった。
自分の考え方はこうですって述べてるだけで、それを他人に押し付けないやり方がいいのかな。
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哲学に興味を持った動機はなんなのかを読了後にフト思う。小事にかまけていた若い頃には考えなかったが、人生の終わりに近づき「自分とは一体なんだったんだろうか」という漠然とした疑問が湧いてきたからだ。今のところ、中島義道のように「ぐれる」ほど強くもなく、小浜逸郎のように「普通主義(自分なりの命名は「マジョリティの本能主義」)」にもなりきれず・・・といったところだ。どうにもこうにも納得するまで、時間が足りない。世界観・人間観が違う人間がわかりあえるはずがない。
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あたしの大嫌いな哲学者・中島義道さんと、あたしの大尊敬する思想家の小浜逸郎さんの往復書簡。
そもそも、わかりあおうとする気のないお2人です。
中島さんはねぇ、嫌いなんだけれども、とっても興味を抱かせるお方なんですよね。
やっぱり、ある意味、好きなんだな。
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分かり合えない、というと寂しい気もするけど、この人たちはある意味「分かり合ってる」と思う。互いに相手のことを分かっているが、受け入れないという意味で分かりあっていない。
でも、中川義道さんの方が子供だと思った。まあ、そんな人も好きだけど、彼の意見は集積体としてしか役に立たない。その考え方についてはスペシャリストだが、他の事は理解しようとしない。誰でも彼でもその傾向はあるけどね。彼を見る人は、彼の特徴を汲み取るだけで、彼を否定したりする必要はない。彼も自分の考えを人に押し付けるような事はしないだろうし、そこが素敵なところだよね。
そう思うのは自分の心の弱さと、それに付随する自己顕示欲のせいなんだろうな。「自己顕示欲」これについても、もっと広い視野でもって研究していかないといけないな.....