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『誤って薄墨でも滴り落ちたかのようにゆっくり夜へ滲み始めた空を、その鶴は、寒風に揺れる一片の雪にも似て、白く、柔らかく、然しあくまで潔癖なひと筋の直線をひきながら、軈て何処へともなく飛び去ったのだと言う』
ミステリ史に残る書き出しといえば、ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』。あの洒落た雰囲気とリズムも忘れ難いですが、連城三紀彦の『変調二人羽織』の書き出しも初読時に、その美しさにボーっとなりました。作中の時間が大晦日の話で、おりしも作品と同じ時期に、寒い部屋で読んだのも良かったのかもしれない。
収録作品は5編。先に書いたように表題作の「変調二人羽織」は、冒頭の美しい書き出しからつかまれました。二人羽織の演目を披露している最中に、何かで刺されて死んだ落語家の破鶴。
『最近の社会派推理小説で矢鱈、登場するリアリズム刑事そのものの風体をした』中年刑事の亀山こと亀さんは、かつての相棒の宇佐木に事件の手紙を送りつつ、推理をめぐらせる。
タイトルに「変調」と冠するだけあって、展開がもうとにかく捻りに捻る。不可解な犯行現場と、消えた凶器。そしていずれも動機を持った不審な容疑者たちといかにも本格ミステリ的なお膳立て。
『最近の社会派推理小説で矢鱈、登場するリアリズム刑事そのものの風体をした』亀山刑事が、そんな本格ミステリ的な事件に挑み、推理を組み立てていくのは、当時のミステリの潮流に対するシニカルさや遊び心を感じさせる。
亀山刑事の推理がどんどんすごい方向に転がっていったときは「どこが社会派・リアリズム刑事やねん!」と、思わずツッコミそうになった(笑)
連城さんといえば、美しい文章とどこかほの暗いイメージがあったのですが「ある東京の扉」は、そのイメージとは少し違った作品。編集者の下にやってきた男は、ミステリー小説の構想を買ってほしいと持ちかけるが……
編集者からの注文やツッコミを受けつつも、飄々と、そして思い付きのままに事件や設定を崩し、作り変えていく男。そのやり取りも可笑しいし、ネタ自体もどんどん暴走していく感じも楽しかった。
男は一見適当に事件を作っているようなのですが、ところどころで教養や詩情を感じさせる部分もあり、そこはやはり連城さんの味かなあ、という感じ。ラストのオチもなかなか痛快。
「依子の日記」は日記形式で綴られるミステリ。
仕掛けもさることながら、日記内の男女の情念や愛憎の描き方の迫力が、なんとも凄まじい短編でした。先日読んだ土屋隆夫作品もそうだけど、この時代のミステリ作家の愛憎の描き方の迫力は、今の作家の作品とは一味違う感じがする……
『戻り川心中』以来、久々の連城作品だったけど、文章の美しさや作品の余情はもちろんのこと、本格ミステリの遊び心も存分に感じられる作品集でした。
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「変調二人羽織」は、二十代の頃に読んだはずなのだが、幸いにも殆ど内容を覚えていなかったため、改めて新鮮な気持ちで楽しめました。
それにしても、トリックの意外性と無数にある丁寧な伏線は、毎度毎度、素晴らしいと思ってしまう。表題作にしても、本当に巧妙に入っているので、これは見逃してしまう。円葉のしくじりとか、百人一首とか、なんか緩いんだよね、とか。今読んでも、全く色褪せない推理小説だと思いますし、連城さんの場合、文体や情感の濃さもあるので、それがまた独特の哀愁を醸し出していて好きです。オープニングの鶴の描写なんか、秋に読むと本当に泣くかもしれない。
ただ、「ある東京の扉」は、いかにもな昭和の陰の匂いをプンプンさせている胡散臭さがあるけれど、実は、これが一番好きかもしれない。ツッコまれる度に、こじつけに近いような訂正で提供されるストーリーに、阿呆らしく思いながらも、実は天才なのかもと思ってきて、楽しくなってきた自分を発見しました。結末も良いです。
そして、好きとは別に、最も印象に残ったのが、「依子の日記」。トリックは今の時代だとオーソドックスなのかもしれないが、それを知る前と知った後とで、また異なる女性の哀しさとやるせなさを実感させられる作りが素晴らしいのと、愛の形って、人それぞれに異なるものなんだろうけど、「竣太郎」の場合はどうなんだろう。それは違うと言いたいけれど、そうかもと思ってしまう、連城さんの物語の説得力のようなものは感じました。ただ、彼を男として見るとどうかと問われると、私の価値観だと違うと思う。でも、彼のそうした愛(あるいは狂気)を理解する人もいるし、愛に正しいとか、正しくないとか無いのかもしれないけれど・・個人的にはトリックよりも、そうしたことを悶々と考え出してしまい止まらない。果たして怖いのは、愛なのか、人間なのか?
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今まで読んだ連城三紀彦作品の中でも一番好みの話が揃ってたかも。依子の日記はじわじわきますね。各々の思惑や感情が同じ方向ではなく、そういった要素がさらに異常さを引き立てたと言うか。何作か読んでるのでこれでは終わらないだろうと思いながら読むのだけど、結局、さらに斜め上の結末で驚かされる。そうしたお話の構成も素晴らしいのだけど、連城作品はどれも文が濡れている。情感溢れる文学作品としても推したい。
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どれもこれもトリックが凝りすぎていて私には合いませんでした……『戻り川心中』は面白かったんですけどね……