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日本古代史の研究者として知られる著者が、『古事記』と『日本書紀』を中心とするいわゆる「記紀神話」について論じた本です。
津田左右吉は『古事記』および『日本書紀』の文献批判をおこないましたが、著者は「記紀神話」をすべて政治的な作為や潤色として説明することはできないと述べます。他方で、民族学や文化人類学、あるいは比較神話学の観点からの研究の進展により、「記紀神話」の類型やその伝播の実態がしだいに明らかにされつつありますが、著者は「記紀神話」が政治的な意図にもとづいて構成されたものであることを無視することはできないといいます。こうして著者は、歴史と神話のどちらか一方の観点からのみ「記紀神話」を解釈することは適切ではないと指摘し、「歴史から神話へ」という観点と、「神話から歴史へ」という観点の両面に目を向けながら、「記紀神話」を読み解くことが必要であると主張しています。
ただし、著者の軸足はあくまでも歴史学的な観点に置かれており、天皇および皇室を中心としてえがかれる「記紀神話」の背景に存在していた古代史における事実を明らかにすることによって、「記紀神話」の重層的な構成がどのようにして形成されたのかということを解明することがめざされているといってよいと思います。このような立場から、たとえば語部によって口誦された神話が、どのようにしてヤマト王権の内部に組み込まれていったのかということや、出雲神話とその背景にあるヤマト王権の勢力の伸長が、どのようなしかたで「記紀神話」の叙述に反映しているのかといった問題について、著者自身の考えが提出されています。