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紙の本
戦史家たちによる太平洋戦争の「イフ」
2011/06/02 11:31
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:としりん - この投稿者のレビュー一覧を見る
戦史研究の第一人者たちが、太平洋戦争のさまざまな「イフ」を考察する。
もし日ソが戦わば?、もしハワイ作戦を取りやめたら?、もしミッドウェーの戦法を変えたら?、もし栗田艦隊が反転しなかったら?、もし本土決戦をしたら?
などなど、さまざまな「イフ」を考察することにより、あの戦争、あの作戦を多角的に捉える。その結果、新たに見えてくるものもあるわけである。
さすがに戦史研究家たちのものだけに、「イフ」の結果は必ずしも日本側の勝利ばかりとはならない。
ところで、秦郁彦教授ら本書執筆陣は1986年に、ハワイ作戦とミッドウェー作戦について図上演習を行っていた。日本軍と米軍、そして判定する統監部、と3チームに分かれて、当時の戦力をもとに戦争シミュレーションを行っていたのである。その結果はどうだったのか。
特に、ミッドウェー作戦についての図上演習は興味深い。
ミッドウェー作戦は、本来なら戦力的にも日本側が勝って当然の戦いだったところを、油断とミス、不運も重なった結果、大敗したという見方がある。そうなのだろうか。
図演では日本軍側は、油断しきっていた史実とは違って、初めから米空母艦隊の出現を織り込んで十分で入念な索敵を行った。なおかつ、史実では出番のなかった軽空母「瑞鳳」も、その艦載機を機動部隊の支援に加えた。
これなら日本軍側の大勝利かと思いきや、図演の経過と結果は意外なものになるのである。
米軍側司令長官(秦郁彦氏)の作戦が当たったこともあるだろう。
しかしながら、図演の結果は、ミッドウェー作戦は日本側にとってもともと無理のある作戦だったことを示していると言える。
ミッドウェー島の攻略と米空母艦隊の撃滅という、2兎を追うような作戦目的、そして日本側の戦力の点からも、作戦を命じた軍令部と山本五十六の責任が大きかったのではないか。
紙の本
太平洋戦争の「別の可能性」を探る
2011/08/05 20:46
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yjisan - この投稿者のレビュー一覧を見る
太平洋戦争のあの時、あの場面でああしていれば、日本は・・・という仮説を展開することは、架空戦記の定番である。
しかし、「こうすれば日本は勝てたのに」みたいなことを日本人が言っても、負け惜しみというか、「死児の齢を数える」的な繰り言になりがちで、なかなか生産的なものにならない。しかも、どんなに日本に都合良くシミュレートしても、日本は個々の戦闘では勝利しえても、最終的にはアメリカに負けるという残念な結果しか出てこないのだ。
だからだろうが、タイムスリップなどのSF的設定によって未来の兵器・知識を登場させる戦記シミュレーション小説が、日本には氾濫している。全ては日本をムリヤリ勝たせるための悪あがきであり、どこか虚しい。
本書はそうした御都合主義とは一線を画し、太平洋戦争の重要局面における“if”を採り上げ、史実と異なる戦局の展開があり得たかを、学術的に厳密に考察する。
たとえば、
○日本軍が第2段の野放図な進撃作戦を実施せずに、基地航空部隊による国防圏内における制空権の確立、海上護衛部隊によるシーレーン保護など守勢に回った場合、どうなったか?(秦郁彦「絶対不敗態勢は可能だったか」)
○太平洋戦争前に、ドイツに呼応する形で関東軍がソ連に侵攻していたら、どうなったか?(土門周平「日ソもし戦わば」)
○真珠湾攻撃において、山本五十六自身がハワイに出撃して現地指揮を取り、港湾施設や重油タンクの攻撃を命じていたら、どうなったか?(野村実「真珠湾攻撃 三つの想定」)
○イギリスを屈服させアメリカを孤立させるという当初の戦略構想に従い、ミッドウェーへ向かう代わりにインド・セイロン方面に進攻してたら、どうなったか?(秦郁彦「幻の北アフリカ進攻作戦」)
○アリューシャン攻略を延期し、ミッドウェー海戦に隼鷹・龍驤の2空母を参加させ、また史実では後衛の主力艦隊に配備されていた重巡群を赤城・加賀・蒼龍・飛龍の空母4隻の前に布陣させていたら、どうなったか?(野村実「ミッドウェー海戦の“イフ”」)
○第一次ソロモン海戦において、三川艦隊が泊地再突入を行い、アメリカの輸送船団を叩いていたら、どうなったか?(横山恵一「ガダルカナル戦に勝機はあったか」)
○レイテ沖海戦において、栗田艦隊が「謎の反転」をせずレイテ湾に突入していたら、どうなったか?(横山恵一「栗田艦隊、レイテ湾に突入す」)
○アメリカが原爆を用いないで、ダウンフォール作戦を決行していたら、どうなったか?(檜山良昭「日本本土決戦となれば」)
など、戦史研究や架空戦記小説において関心の的になってきた有名な「戦況の転換点」の数々を検証している。
この他にも、日本側が史実以上に不利になる可能性なども検討しており、客観的な分析となっている。
これらの論考は、可能性を積み上げることで日本の勝利を夢想して楽しむ類のものではなく、むしろ日本側が最善手を選び続けても勝つどころか「負けないままでいる」ことすら難しいことを論じている。そして、日米の国力差・物量差をうんぬんする以前に、史実における日本軍の戦略構想や作戦指揮が極めて拙劣であり、「負けるべくして負けた」ことを浮き彫りにしている。
名著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』には及ばないが、「失敗学」的な視点が随所に見られ、得るところが多い良書であろう。
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