紙の本
近所で発見された遺体、獄中でハンストを行う活動家の兄など、死の影に忍び寄られながら、進路や恋の問題に向き合い、みずからを育てていく青年の物語。IRAの活動や泥炭ミイラなど、北アイルランドの特異な社会背景がからむ青春の夏。
2011/03/08 23:16
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
湿原植物の分解が中途半端なところで堆積したものが泥炭。これは切り出され燃料として利用できる。近年、この泥炭地の乾燥が温室効果ガス排出問題としても取り沙汰されているようである。
泥炭は世界のあちこちにあるが、ヨーロッパ北部の泥炭地、例えばデンマーク、アイルランド、英国、オランダ、ドイツといった国では、過去にここから数百体のミイラが見つかっているという。泥炭の水分がタンニン酸を含み、それが遺体の筋肉や肌を防腐する。おまけにブロンズ像よろしく、黒光りさせる。酸素に触れない状態で、しかも低温が幸いし、指紋が採取できそうなほど、生前の状態が保たれている。
「泥炭ミイラ」「湿地遺体」「ボグ・ピープル」などと呼ばれ、鉄器時代に生きた人々が主である。儀式の生けにえに使われた形跡のあるもの、罪人として埋葬された形跡のあるものなど推測はつくが、どういう理由で埋められることになったのか、なぞはまだ十分に解明されていない。ちなみに古代ゲルマン人、古代ケルト人は、湿地が聖なる場所への入り口だと考えていたようだ。
以上、報道機関や事情通などのサイトを元に、はるかな過去からの使者のごとき人々について、興味深さのあまりまとめてみた。
本書『ボグ・チャイルド』は、湿地に埋もれていたミイラを、小遣いほしさの泥炭盗掘の折に見つけてしまった高校生ファーガスのひと夏の物語だ。
英国の北アイルランド地方、アイルランド共和国との国境ほど近くに住むファーガスは、国境を越えて行き来するランニングを趣味とする。海を渡った英国本島の大学で医学を学ぶことを志望している。
泥炭の取れる湿地帯が近くにある自然環境や、ボグ・ピープルの発見という珍しい事件の当事者となったこと、それだけでも彼が特殊な環境下にあると分かる。それに加え、ファーガスの一家には、政治の暗い影が垂れ込めている。兄のジョーがアイルランド独立を目指すIRAの過激派の一員であるため投獄され、獄中でハンガー・ストライキを始めたというのだ。
発見した湿地の子どもの遺体を、女性考古学者が調べにやってきて、少し明るい光が射す。考古学者は魅力的な年頃の娘コーラを同行させていて、ファーガスは彼女とフランクに語り合える。おまけに、その一帯では宿泊施設が限られているため、ファーガスの家の客間が母娘の常宿になるのである。
ボグ・チャイルドについての調査の進展や考古学的な見解をときどき耳に入れ、ファーガスは興味をそそられる。だが、コーラへ惹かれていく気持ちを次第に持て余すようになり、テスト勉強の妨げにもなる。恋につきものの不安と共に、家族の差し入れも食べない兄の様子も大きな不安だ。両親の嘆きをどうすることもできない。
その上さらに、もう一つの大きな問題に直面する。IRAのメンバーを兄に持ったために目をつけられ、兄の古くからの友人に厄介な頼まれごとをされてしまう。
ミイラとして発見されたチャイルドの様相は、ハンストの決行でミイラ化していく兄の衰弱に重ね合わされる。こうした死の影を意識しつつ、ファーガスは学問や恋の行方に悩む。
また、ファーガスが「メル」と名づけたチャイルドの声なき語りが、ところどころ断片としてサブストーリーのように太字で挿入されるが、ファーガスの内面にファンタジーとして響くメルの声が、次第にいきいきとして、ありし日の少女の姿を物語の中に復元していく。死に近づく兄と、ファーガスの空想で命を吹き込まれるメルとの対比が、独特の雰囲気を話の展開に添える。
この物語のハイライトは、医師志望のファーガスが、その立場で、あることについての意見を、家族に決然と伝える場面である。精神的自立へ向けた記念すべきステップだ。
家族や目上の人を大切にする、友だちや仲間を大切にする、その社会での道徳を大切にする、宗教的見方を大切にする、自分の経歴を大切にする、受けてきた教育を大切にする――そういった姿勢はとても素晴らしい。
だが、人が何かを成し遂げようとするとき、大切にしてきたものをただ信奉するだけではいけない。そういったものに支配された価値観について、「本当にそれでいいのか」と自分に問う局面が人生には訪れる。
本当のところを見極めるために、たとえ怖くとも、それまでに育んできた価値観をいったんは叩き壊し、再び一から、自分で組み立て直すことが求められるのだ。
畳みかけるように、かつてない大きな出来事に見舞われたファーガスの夏は、そのような価値観の再構築の機会となり、特異な個性ある青春小説として書かれている。
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カーネギー賞にふさわしい作品で一気に読めた。
1981年の北アイルランドで、家族も巻き込んだ民族の紛争のさなか、18歳の少年ファーガス・マッキャンの、その世代なら誰もが経験する鬱屈した内面のゆくえを物語の核としながらそれを乗り越えようとする自己の成長の話…
…と、型どおりではあるのだが、湿地の泥炭に忽然と出現した古代の謎の少女の遺体発見をきっかけに、次々に彼の身に降りかかるさまざまな要因をからませながら、物語が形を変えて収束していく様が巧みだったこともあり、とても読み応えがあった。
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■GWのラスト2日で一気読み。全編に亘って北アイルランドの暗い雰囲気に包まれながら四方八方に物語は展開しいくんだけど、ラストで全てのものが収束して結末に救われる。
■読み始めたときはどうなるかと思ったけど、読後感もスッキリ。カーネギー賞を受賞した作品なんだって。
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1981年の北アイルランドで医者を目指す高校生のファーガスの物語。
IRA暫定派の紛争も激しく、兄はIRAプロヴォとしての
行動により投獄されてしまう。
ファーガスがこづかい稼ぎのために行っていた泥炭の盗掘によって
見つけた遺体の少女、ボグ・チャイルド(湿地の子)。
そして獄中にてハンガーストライキを始める兄。
ファーガスとボグ・チャイルドを検証にきた考古学博士の娘コーラ
との恋愛などいろいろな物語が絡み合い最後まであっという間に
読み進めてしまう。
まずボグ・チャイルド(二千年以上前の遺体メル)の謎解きが
興味深い。
そして兄のハンガーストライキをやめさせるために
犯罪に手をそめなくてはならないファーガスの葛藤も
ハラハラして先が気になって仕方がない。
緊迫した内容が多いなか、アイルランドの食卓の様子や
コーラとのかわいらしいやりとりが物語に違った流れを
つくってくれていてとても読みやすい。
謎もとけて、結末もすっきりハッピーエンドというわけには
いかないけれど、現実的な終わり方で好ましかった。
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読まなくても良かった。いろいろあって、よく分からなかった。
ボグチャイルド。表題にする、須要は、穏当は、あったの、だろうか。疑問符。
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友達とジョークにバカ笑いしたり、将来を夢見たり、淡い恋をしたりといった高校生らしい主人公の背景にあるのは80年代の独立運動で揺れる美しい故郷と、その運動に身を投じる家族である。ままならない鬱屈した気持ちが、偶然に出会った(?)ボグチャイルドへの思いに繋がっていく。歴史ミステリーや、ハンストで弱っていく兄の状況など気になる要素にと引き込まれるようにして読めた。イギリス兵青年の行末が哀しい。
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ジョン・レノンが殺害された翌年1981年、アイルランドとの国境が入り組んだ北アイルランドの町に住むファーガスは18歳。医大進学のかかった試験を控えたある朝、小遣い稼ぎのために叔父と出かけた泥炭地で、地層の中から子どもの遺体をみつけてしまう。泥炭(ボグ)からみつかったのはほぼ2000年前の少女だった・・。
ヤングアダルトの書棚に並ぶようですが、作者も訳者も主人公もほぼ私と同世代。時代背景や音楽などアラフィーに「ドキュン!」の作品です。
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北アイルランド内戦、それにからむ兄のハンガーストライキと、重たいテーマを真正面からとらえながらも、どこかさわやかな風を感じさせながら読ませる。分厚いけれど、厚さを感じずに読みきれる作品。
抗議のために若い命をみずからささげようとしている主人公ファーガスの兄。
2千年近くも前からボグ(泥炭)の中に眠り続けてきた少女の死体。
そしてみずからも医学部進学のための試験を受けて結果を待つ、ちゅうぶらりんな時期。
そんな特別なひと夏の中で、目の前の息苦しい現実と、2000年前のボグ・チャイルドの時代を同時にひたと見すえるファーガスのまなざしがすがすがしい。
兄に対するファーガスの行動を後押ししたものは、考古学者母子を通じて、ボグ・チャイルドの生への思いを感じ取れたことだったんじゃないかなと思う。生々しい現実に悩まされるとき、遠くに視点を移すことは、逃げではなく、必要なことなのかもしれない。
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アイルランドを舞台にした小説って暗いものが多いイメージが…。生まれで境遇は決まっていて選ぶことはできない。その中で、未来を切り開くためには、そこから逃げ出すための力をつけなきゃいけないってことなんだなぁ。だまっていても変えられない。でも自分の力だけでは及ばない。ラスト、フェリーでイギリスに渡るシーンが希望であるように、出ていく、逃げるというのは大事な成長の過程かもしれない。
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本当にいろいろな要素が詰まってて、何から感想を書けばいいのやら、な盛りだくさんの作品。IRA、少女の死体、運び屋、女考古学者の娘との恋、勉強、ハンガーストライキで刻一刻と死に向かう兄。
なんでこんなに詰め込んでるんだろう、ってちょっと思ったけど、青春時代ってそういうものなのかもってふと思った。自分の周囲で起こる種々の出来事にストレートに反応し、真正面からぶつかっていっちゃう青春時代。だから傷つくことも多いけれど、それができるエネルギーを持ち合わせているということでもある。大人になったら、自分に関係ないこと、興味ないことを上手にスルーして、無視することができるようになるけど、いちいち一生懸命になってちゃ身が持たないもんな。
トロンボーンが上手なイングランド兵、オーウェインが最後に命を落としたのが残念だったなあ。
ハンガーストライキで徐々に死に近づく兄の姿は、こないだ読んだ『怪物はささやく』のお母さんと重なるものがあった。もしかしたらここから着想を膨らませたのかもしれない。作者シヴォーン・ダヴドはこの作品を書いた後この世を去ってしまい、『怪物はささやく』の完成はパトリック・ネスによって引き継がれる。
原題:Bog Child
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暴力と憎悪の連鎖は身近な人間を巻き込み、故郷をはなれようとしている主人公ファーガス少年をもからめとっていく。 湿地から見つかった2000年前の少女(ボグ・チャイルド)の死の真相とクロスさせる構成が面白い。北アイルランド問題の重さに打ちのめされそうになりながらも、ファーガスの若さと前向きな意志がかすかな救いに思える。
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北アイルランドに住む18歳の少年が湿地で鉄器時代の少女(ボグ・チャイルド)の死体を見つけるところから始まる物語。
北アイルランド問題を背景に厳しい社会情勢の中、医学を目指す少年。そしてIRAの1員であり投獄中である兄(ハンガーストライキをしている)そしてその家族の苦悩。
逃れられない生活の中での青春時代。
ボグ・チャイルドの謎。
さまざまな話がうまく調和して書かれていて一気に読んでしまった。
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悪くない。テーマはしっかりしてるし、いいんだけど・・・。最後、少しまきが入った感じで、もうすこしゆっくりとていねいに終わってほしかった。今とメルの時代とが入り混じって少しわかりにくいけれど、いい味わいだと思う。アイルランドの歴史って知らないのでそこは衝撃だった。どこも国の問題は重い。
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図書館では、児童書かYAの棚に置いてある本だけど、中学生には難しいかも。リアルタイムで北アイルランドで紛争が起きていたころを知っている私でも、当時の政治的な背景をきちんと理解していたわけではないからなあ。現在しか知らない若者には読みにくいかもしれない。もう少しあとがきなどで当時の状況を解説してほしかったと思う。
しかし、読む価値のある小説なのだ。北アイルランドのカトリック家庭で育った少年の大人への道のりを、IRAの活動に身を投じた兄、湿地に埋められていた鉄器時代の少女の運命、国境兵士の少年との友情、主人公とダブリンの学者の娘の恋をからめて描き、どんでん返しもあるという、読んでいて飽きない上に考えさせられる内容である。こういう物語を読んで、ISに入る若者の心情を考えてみるきっかけにするのもいいと思う。
クッツェーが『鉄の時代』で、戦えと叫ぶのは老人で、実際に戦うのは若者なのだというようなことを書いていたが、IRA然り、IS然り、戦時中の日本も。若者の純粋さやまじめさ、一本気なところを老獪な政治家や宗教指導者に利用されるのだと思う。残された家族の苦悩など、歯牙にもかけず。
兄の選択を大人として認めてやろうという父と、いくつになっても自分の子供なのだから死なせるわけにはいけないという母の姿もリアル。
タイトルも日本人にはわかりにくいし、表紙でそそるタイプの本でもないから、ただ置いておいても誰も読まないだろう。大人がまず読んで、読めそうな中高生に手渡すのがいいかな。どちらにしろ、ある程度読む力がないと読めないので、多少の性描写はあるが、読める子なら問題なし。
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北アイルランド問題真っ只中の物語。読み進めるのが辛くなる時もありましたが、最後には希望が見える内容に安心できました。