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ミステリウム みんなのレビュー
- エリック・マコーマック (著), 増田 まもる (訳)
- 税込価格:2,640円(24pt)
- 出版社:国書刊行会
- 発売日:2011/01/01
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紙の本
現代小説の快楽
2011/10/25 13:33
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:わたなべ - この投稿者のレビュー一覧を見る
スコットランド出身で現カナダ在住の英語作家エリック・マコーマックの長編小説。
スコットランドの小さな炭坑町で起こった過去と現在にわたる大量殺人の謎を追うミステリ仕掛けで、しかし普通のミステリのようには明快に謎が解けるわけではなく、多くの人間の手記や証言を語り手が再構成した断片をつなぎあわせたスタイルは、これまでのマコーマックの作品の特徴である短篇のよせあつめ的なスタイルを想起させながら、しかし本作ではもっと長篇としてのかたちが整っていて、また、あからさまなアンチ・ミステリのような人を食ったオチへと雪崩れ込むのでもなく、ほとんど最初から、人が言葉によって何かを語ることそれじたいのフィクション性を指摘する登場人物たちの台詞が頻出し、真実と虚構の関係についての思いめぐらしが物語(語り)の中心課題となって、同時に謎とその真相の解明という体裁はきちんと満たしたストーリーが展開するという、非常にバランスのとれた作品となっている。
短編集や「パラダイス・モーテル」に顕著だった軽いグロテスクなユーモアの感覚は、薬剤師とその父母と幼なじみの女性、そして事件のきっかけであり過去の事件を想起させる見ず文学者を名乗る男のあいだでかわされたと思しいロマンスの幻影のためにやや後景に引き、むしろ迷宮的なパッション(受難)の物語として強く印象づけられるようだった。
マコーマックの語りは、断言を嫌いながらも必要なことはしっかりと筆に乗せ、読者にささやきかけるようにごく慎ましやかに幻想を語る独特の紳士的なスタイルになっていて、とても面白い。もちろん知的な仕掛けに満ちた作品ではあるのだが、フィクションが他人事から突然水からの人生に流入してくるような現実の雪崩感覚とでも言ったようなラストといい、その滑らかな情感へと宙づりにされる読後、というかまさにいま読んでいる最中にも強く感じる浮遊感覚こそが、この周到に計算された知的装いを解読することよりも読むことの快楽に身を委ねたい気持ちにさせるという意味で、とても優れた娯楽作家だと思う。あと、もちろんスコットランドという土地についての、遠く離れた土地からの望郷と、ある意味でジョイス的な洞察をここに読むこともできるのだろうが、それは私の任ではない。
ああ、しかしそういう意味で言えば、ドイツを離れ英国でごく少ない散文をモノしたゼーバルトは、彼の斜め隣の文学者だと言えば言えるかもしれない。
紙の本
真実を語ることができるのは、よく知らない時だけだ
2011/05/03 21:53
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ケルレン - この投稿者のレビュー一覧を見る
最初は動物たちが、そしてやがて住人たちが次々に死に始めた。謎に包まれたまま、町は封鎖された。断片的な噂以外、一体何が起こったのか全くわからない中で、ジャーナリストの卵のジェイムズはちょっとした偶然から、この町に入って住人にインタヴューする機会を与えられる。正義感ではなく、謎を解くこと自体に取り付かれた行政官ブレアの助けを借りながら、ジェイムズは死にかけている住人達から話を聞いていくのだが、その話は何かを示しているように見えながらも、いつまでたっても真実にたどり着く気配がないー。
独特の修飾語を使っていて、異世界的な雰囲気が楽しめる小説なのだが、最後に驚愕の真実が明かされる類の話ではないし、リアリティに欠けるようで、ちょっと物足りない感じがした。ところが、本を閉じてしばらくすると、やたらと細部が気になってきたのだ。もしかして、あの看護婦と彼は血縁関係だったのではないか、とか水文学者は実は知っていたのではないか、とかいう類の推理が次々に浮かんでくるのだ。それでページを捲り返してみると、なにやら意味ありげの描写があったりして、また別の推理をしてしまうのだ。
謎があれば解きたくなるし、理由付けをしたくなるのは、ブレア行政官だけでなく、誰もが覚える欲求だ。だから推理小説では、犯人が捕まり動機が明かされることで、安心して本を閉じることができる。しかし、現実の世界では事件が法的に解決しても、それが真実かどうかは決してわからない。そもそも、真実って何なのだろう。
住人たちがくり返し語る、「真実を語るのが可能なのは、あまりよく知らないときだけだ」という言葉の意味が、読み返すごとに深まっていく。マスコミが、もっともらしい解釈を付けて事件を報道できるのは、その事件についてあまりよく知らないからなのかもしれない。