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いろんなジャンルの作品を書いている作者だが特に歴史小説が優れているように感じる。これは幕末最大の悲劇と言われる天狗党事件をそれに同行した子供の視点で、大人になった後年振り返るというもの。これにより当事者ながら客観的な視点で史実を語ることが出来ている。にしてもこの歴史はあまりに残酷なのだが、こんな史実があることは知らなかった。
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こんなに恐ろしい歴史の一幕があったとは…と哀しい気持ちで読んだ。
しかし物語の最後の一文にホロリとさせられ、改めて歴史は血の通った人間によって紡がれていることを感じた。
恐るべし、山風。
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天狗党の名前を知ったのは、たしか芹沢鴨がきっかけ。新撰組がらみの本を読んでた頃だから、もうずいぶんと前だなあ。で、最近ふと「勤王と尊皇ってどう違うんだっけ?」と思ってググッたら、天狗党の乱が引っかかったわけです。wiki読んで、山田風太郎が書いてるのを知って、読んでみました。
もともと風太郎は好きなんだけど、珍しく伝奇風味の少ない、史実に基づいた小説でした。回想で語られる趣向がいいなあ。雪中行軍のシーンで八甲田山を思い出し、落ちのびて行く姿に新撰組の最後を重ねる…。・゜・(ノД`)・゜・。敦賀以降は、日本史とは思えない凄惨な大量処刑と復讐譚で、このあたりは風太郎の面目躍如!ノンストップ読破。横浜で、逃がした敵を偶然見つけるシーンは背筋がゾクゾクした(( ̄- ̄;)))。
まさに内戦というに等しい、水戸藩内での殺し合い、憎み合い。どちらも、日本を守ろう良くしよう、と思っていたはずなのに、政治主義が違うということは、剣を取り、血を流さないといけないほどのことだったのか?最後はお互いの一族まで殺し尽くして、明治政府の要職につける人材が残らなかった…というのが、ほんとに凄まじい。
維新という時代の転換期は、本当に異常な熱をはらんでいて、どの本を読んでも思うのが、ほんのささいな出来事で流れが変わる可能性があったんだろうな、ということ。血なまぐさい時代なのに惹かれるのは、そのへんが理由なのかもしれない。
そして創作だろうけど、哀切なラストもいい。ところどころに風太郎さんの注釈が入るけど、もともと回想譚という設定だから、司馬さんの小説よりは気にならなかった。でも、行軍地図は巻末でなく、冒頭につけてください( ̄◇ ̄;)。見ながら読みたかったよ…。
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「--それはまさに流血の大交響楽でござりました」ひたすら絶望の行軍を続ける天狗党が迎える慶応元年。これより人間世界にあらず、佐幕派による獣類の如き大殺戮始まる。時は過ぎ、慶応四年、ついに回天の時来り、天狗党復活して魔の眷属と化して復讐に燃えあがる。最後の2章はショスタコーヴィチの「1905年」がガンガン鳴り響くような凄まじさ。何で三島由紀夫の作品と同名なのかと思ったら、風太郎が先行作のタイトルを採ったそうで。この作品、伊藤彦造画伯に挿絵描いてもらいたかったなあ。
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天狗党の名前だけは幕末に興味を持った段階ですぐ知った。どういういきさつで生まれ、どう無くなっていったか、この小説でやっと流れを知った。天狗党という存在は、幕末でも特に切ない集団だと思った。
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水戸から敦賀。天狗党が行軍する途中途中の地名のいちいちに聞き覚えがあり、ひどく臨場感があった。
初めて知る天狗党の出来事は歴史の1エピソードでしかなく、これに類したことはおそらくたくさんあったのだろう。歴史とは結局人間の所業が織りなす文様に過ぎない。
人間の所業は人の心が作り出す。
心とはいったい何なのだろうか。
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水戸の天狗党が、水戸での逃走に敗れて京都を目指すその過酷な旅とその結果の終焉。
水戸天狗党のことは「強烈な藩主斉昭の元、水戸は佐幕、攘夷、勤王、倒幕…に分かれて内乱となり、尊王攘夷派だった”天狗党”は敗戦の末処刑」などといった程度の知識しかなく、悲惨な話の展開になるだろうから読んだことも見たことも無し。
しかしどうせ読むなら、ただでさえ容赦ない山田風太郎のほうがむしろ読みやすいかと手に取った。
小説としては、全てが終わってから三十年後に、天狗党総大将武田耕雲斎の四男、武田源五郎が、当時の話を語る、というもの。
日本においてまさに隣近所親族が互いに敵となって殺し合った”内乱”は幕末の水戸のみだったのではないだろうかとして、水戸の藩主を巡る争いや、家老たちの争い、そしてなぜ水戸ではあのような悲惨な闘いが起きたのか、という勘案から語りが始まります。
天狗党は水戸での騒乱に敗れた後、このまま戦って死ぬか降伏するか(しかし降伏すると人質となった家族ともども全員処刑されることは予測できた)の会議の結果、それなら一層の事天子様に自分たちの尊王の志を認めていただこうと、京都を目指すことにします。
水戸の天狗党の悪名は日本中に知れ渡ってはいたけれど、ただただ京都を目指すという目的のため、旅の途中での乱暴狼藉を禁じたため積極的に攻めてくる藩もあまりなく、天狗党を見た者たちにとっては「魔群が通過して行く」という様相だったのでしょう。
日本全国敵だらけであり、初冬の険しい山道をゆき、もし京都に辿り着いてもどうなるという保証もなく、それでも生きるよすがとして天子様に逢う、という希望に縋った険しい行程が小説の大半を占めます。
巻末には天狗党がたどった道を地図で示しているのですが、まさに山山々、進んだと思ったら敵を避けるために戻ってさらに険しい山に入ったり、
さらに作者の山田風太郎が、実際に車を使って天狗党の道のりをたどったということで、ところどころで「作者が実際に行ってみたが、まさに道なき道であり車では通行不可能だった。この道を千人弱の大群がどのようにして渡ったのだろうと思われる」などの論文が挟まれていたり。
さらに作者としては悲惨さを描きつつも、人が真剣に行ったことがむしろ笑える要素が出てしまったり、皮肉的結果になるということを書いています。好意で助けてくれようとした人の行動がむしろ相手を殺すことになった、天狗党に対して卑怯な振る舞いをした武士が評価されたり反対に人道的に接した武士が苦しんだりした、そして天狗党から逃亡した者たちはむしろ生き延びた…など。
歴史として天狗党は幕府に降伏し、酷い捕囚扱いの上処刑や遠島となり、水戸に囚われていた家族たちも刑死したりほぼ廃人となったり、牢から出されても悲惨な生活を送ることになったりという結果に。
しかし人の因果はそこでは終わらず、天狗党生き残りが力を復活させ、自分たちを苦しめた水戸の家老たちにさらに悲惨な復讐劇を繰り広げたり…
山田風太郎にしては割と普通の歴史小説というか、語り口も淡々と進めることにより、人の皮肉さを表現していったような内容となっておりました。
wikiによると行程はこんな感じでした。
本の巻末に乗っている地図で見ると「山山山。行ったり戻ったり」で本当にすごい道のりです。
元治元年11月1日大子発 -2日 川原 -3日 越堀 -4日 高久 -5日 矢板 -6日 小林 -7日 鹿沼 -8日 大柿 -9日 葛生 -10日 梁田 -11、12日 太田 -13日 本庄 -14日 吉井 -15日 下仁田 -16日 本宿 -17日 平賀 -18日 望月 -19日 和田 -20日 下諏訪 -21日 松島 -22日 上穂 -23日 片桐 -24日 駒場 -25日 清内路 -26日 馬籠 -27日 大井 -28日 御嵩 -29日 鵜沼 -30日 天王 -12月1日 揖斐 -2日 日当 -3日 長嶺 -4日 大川原 -5日 秋生 -6日 中島 -7日 法慶寺 -8日 薮田 -9、10日 今庄 -11日 新保