紙の本
怖れていた核破局が他ならぬ日本で起こってしまった
2015/09/30 01:11
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投稿者:garuhi - この投稿者のレビュー一覧を見る
優れたルポルタージュであることに間違いはない。3.11直後に現地入りをしてそこで苦悩し煩悶している市民・漁民.農民を写真入りで発信している希有の書である。地震・津波の破壊力のすさまじさもさることながら、福島第1原発の大爆発がもたらした災厄が生々しくリポートされている。しかし本書は『DAYSJAPAN』の編集長として多忙を極めているにもかかわらず、「チェルノブイリ子ども基金」のメンバーとして多年にわたってチェルノブイリを報道しまたその子どもたちとの交流を通じて、原子力発電所事故の取り返しのつかない壊滅性・残虐性を身をもって体験した筆者ならではの危機感と焦燥感と怒りが随所に散りばめられている。かくして本書は「二つの世界を描こうと試みてきた。一方には土地を守り続けてきた人びと、生命につながる作物を作ってきた人びと、土地や森や海の恵みを大切にしてきた人びとがいる。その人びとは今、その地から引きはがされ追放されていく。そして子どもたちをどのように守ればいいのか何を食べればいいのかうろたえている。/もう一方には原発事故後が放射能という牙をむいてあらわにした、この世界を支配する原子力産業という巨大な構造がある。その力に操られる医学者たち、メディア、政治家たちがいる。特に医学者たちの罪は大きい。彼らは自分たちがこれまで行ってきた医学調査が、多くの限界を持つことや、また異論を持つ多くの医学者たちがいることを無視し、限られた経験と知識とを絶対の真実であるかのように振りかざし、安全と危険の線引きをしている。そしてまだ結果が現れていない領域を、無理に『安全の領域』に組み入れようとする。」p210あとがきより。福島第1原発の大惨事は広島級原子爆弾の死の灰の三〇発分を一挙にまき散らした物であり、その災厄は将に計り知れない。チェルノブイリの今日が福島の明日である。このことを彼は渾身の怒りを込めて暴露し、既成ジャーナリズムの腐敗を弾劾する。
そしてついには、「放射能から自分を守るということは、何を意味するのであろうか。それは、放射線医学の権威者から身を守ること、原子力産業の発展を目指すIAEAから身を守ること、原子力推進施策をとる政治から身を守ること。推進ではないけれども結果的に妥協を繰り返そうとする政治家やメディアから身を守ること、放射能は安全だという学者から自分たちを守ること、そうした機関によって封じられた『事実とデータへのアクセスする権利』を得る手段をなんとかして手に入れること。そして、それを妨害しようとして『風評、デマに窓わかされるな、安全だ、ただちに健康への影響はない。』などの言葉を用いる人間たちから身を守ることである」p189という驚くべき?!!結論に到達したのであった。
おそらく、どちらが正しいかは歴史が明らかにするであろう。けれども、人間はモルモットではない。歴史がそれを明らかにるまで待ってはいられない。世紀の核惨事を透徹した理性で見通しているジャーナリスト広河隆一の身を投げ打った警鐘に我々もまた、真摯に向き合うのでなければならない。
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本書は、二つの世界を描こうと試みてきた。一方には、土地を愛して守り続けてきた人びと、生命につながる作物を作ってきた人びと、土地や森や海の恵みを大切にしてきた人びとがいる。その人びとは今、その地から引きはがされ追放されていく。そして子どもをどのように守ればいいのか、何を食べればいいのか、うろたえている。
もう一方には、原発事故が放射能という牙をむいてあらわにした、この世界を支配する原子力産業という得体のしれない巨大な構造がある。その力に操られる医学者たち、メディア、政治家たちがいる。特に医学者たちの罪は大きい。彼らは自分たちがこれまで行ってきた医学調査が、多くの限界をもつことや、また異論をもつ多くの医学者たちもいることを無視し、限られた経験と知識とを絶対の真実であるかのように振りかざし、安全と危険の線引きをしている。そしてまだ結果が表れていない領域を、無理に「安全の領域」に組み入れようとする。(p210)
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放射能から身を守る方法。御用学者、IAEA、原発推進政治家・・・から身を守ればいい・・・という発想がいい。
日本政府がチェルノブイリから学んだことは秘密主義だけ。
一番恐れることは、フクシマが収束すれば、収束したのだから安全だ・・という神話が再び生まれることだろう。
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虚しさ、無力感を感じる。
保身のために多くの人々が騙され被爆していく。
この殺人行為が国家の名のもとに行われているのか。
やっぱりこの国は致命的に駄目なのだと思う。
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尊敬するフォトジャーナリスト広河氏の本。
原発事故の翌日福島に行き、放射能を測定し、現地の人びとに避難を呼びかけた広河氏。
その広河氏が実際に福島の人びと--林業を営む人、農家、避難した人、原発作業員たち--に直接取材し、その声を伝えてくれています。
一人でも多くの人に読んでもらいたい!
http://glorytogod.blog136.fc2.com/blog-entry-964.html
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ジャーナリズムとはこうあるべき
そう思わせてくれた一冊
今回の原発事故直後から福島に自力で向かい
放射能に怯える人、逆に無関心な人などを
なまなましく、客観的に浮かび上がらせている
他ではなかなか読めない原発作業員の話し、
放射能に敏感な親とそうでない親とが分断される様子、
これらの物語を読んで、あらためて今回の原発事故が
引き起こした悲劇を実感した
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同著者の『暴走する原発』中、「はじめに」で
広河氏は次のように、質問に答えている。
「(チェルノブイリから)学んだことは一つも思い当たらない」
私たちが学ばなかったのは何だったのか
学ばなかった結果、どうなっているのか
福島の原発事故の経過と、現在について
そして、今後予想される事態について、書かれています。
写真が多用されています。
なので、今の知識で、その当時の人々のようすを見ると
言葉を失います。
作業員の一人は
神風特攻隊と自分とを 重ね合わせていました。
原発事故以後の報道内容がどうだったのか
改めて、消えない文字で確認させられると、
学ばなかった私たちの怠慢さが 重大な結果を招いた
それを感じないわけにはいかない。
今も放射線物質は放出され続けている現状
これは私たちの責任だ
他人事ではない
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うーん。現実。
山下教授の動きについて知ることができてよかった。
農業や漁業、畜産に多大なる影響を与えているのはよく報道でわかるけど、林業の状況も少し見えた。
元に戻っちゃいけない。
違う世界になってしまったのだから、新たな世界を築かないといけないな。
一括りにしないでよ!って突っ込みたいとこはかなりあったけど(苦笑)
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故郷、福島で被災した当時はライフラインが止まっていたため、原発の情報はラジオだけでした。そのとき本当はどんな状態だったのか...それを確かめたくてこの本を読みました。
正直読んでいて涙が出ました。
震災から半年以上が経っても原発のことで心の傷が深くなっている気がします。
この本を読んで、当時の状況を知ることが出来て良かった反面、つらい現実も知りました。
福島の人も、その他の県の人も是非とも読んで欲しい本です。
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今日は、福島第一原発の1号機 メルトダウンが65㎝ との報告があった。これも信用できない。きっと3mとかじゃないの?(2011/11/30)
広河さんの報告。 記録としても有用である。 内容は、悲しい限り、如何に原発という物が怖いものか。その怖い物を管理することの難しさ。お金と私欲の為に今までお国(当時の自民党、政権与党の方々)と官僚様、電力会社のお隠しになったこと、 これからも隠し続けるであろう事が、 よくわかります。ホントに、東電の社長は、福島の30㎞エリアのすぐ其処ですんでくれ。独りで住めとは言わないからさ。
しかし、そのために犠牲になった方々、 これから影響が残るであろう、子供たちになんて説明しようか。
ごめんね、としか言えない。
おじさん達が、原発を容認したから、チェルノブイリをないがしろにしたから、こんなことになっちまった。
死んでいく者達はいいよ、、、子供たち、若いお母さん達にどうやってわびたらいいのか、どうやって償えばいいのか、 わからない。
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福島の原発の事故から経過すること5ヶ月ほどで出版された本である。
著者は講談社のDays Japanの編集長を務める広河さん。
原発前から浜岡原発の危険性を指摘する特集をしたり、チェルノブイリの取材やウクライナ住民への支援を行って来た人である。
一般のひとよりも原発の危険性が良くわかっていたひとがどう行動し、
何を感じたかということはとても大事な情報だ。
チェルノブイリの様子、NHKの報道、政府の発表、いまだからやっぱりそうだったよなと言える。今から数ヶ月前ならこういうことを書くことも言うことも憚れていた。
現在12月だが今でも福島民報のホームページをみると原子力災害の話ばかりである。眼をそむけてはいけない。
この本は経験に基づいた視座を教えてくれる。
必読書。
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福島原発のメルトダウン事故。その発生直後から現地を取材してきた筆者がつづる迫真のルポルタージュです。現地の人たちの生々しい発言が記録されてあって読むのが少し辛かったですが、目を背けてはならないと思う。
筆者はかつて、チェルノブイリ原発事故をいち早く取材し、現在でも医療や取材などで、かかわり続けている方だということはご存知かと思いますが、本書は福島第一原子力発電所がメルトダウンの事故を起こして以来、現地に赴いて取材を重ねてきた 地元住民、事故処理に携わる作業員、避難した人びと、放射能の不安のなかで暮らす子どもたちの声を、克明に報告するというものです。
事件が起こってから僕の感覚ではもうそんなに経ってしまったのか!?という感覚がいまだに抜けず、本当の被害の全貌が明らかになるのはこれからおそらく3~4年後の話ではないかと思っているさなか、「難民」のように故郷を棄て、明日をも知れないさなかにいる人々や、おそらく今、この場でも事態を収束に向けるために文字通り「命をかけて」作業に当たっている原発作業員の生々しい「声」が収録されている本で、すごく読み応えがありました。
その中で僕が読んでいて一番悲痛な気持ちになったのは福島県の人間に対して不当なまでの差別が発生しているという箇所で、ここでとりあがられているものを紹介すると、東京のお台場に行った福島県はいわき市に住むNさんという方が自身がRH-型の血液なので、献血をしようとしたところ、
「自分は福島県のいわき市から来たから、多少放射能を浴びているかもしれない」
と入口で言うと、白衣を着た女医に
「遺伝子に傷がついいる可能性があるのでお断りします」
といわれ
「福島の人は緊急の時でさえ、わが子にも輸血できないのか」
と落胆したという話を読んだときには
「もうこんなことが起こり始めているのか…。」
という思いで、この箇所を読んだその日一日は大変気分が悪かったことを思い出しました。
きっと、筆者にはこれからどういったことが起こるかが理解できるだけに、辛いな、と思うのはきっと僕だけではないと思っています。すべては、これから。まだまだ予断を許さない事態ですが、一刻も早い収束と、福島県の方々の再興を願わずにはいられません。
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報道では「微量の放射能漏れ」「すぐさま人体に影響はない」と繰り返し報道していた。しかし実際には測定機が振り切れるほどの放射線が検出されていた。
震災直後にメルトダウンが発生しておりチェルノブイリと同じ事故レベルであるレベル7に達していたにもかかわらず、東電・保安・官邸から、事実とは違う隠蔽された情報が流されていた。
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2011年12月
・福島原発事故の影響を,周辺市民の方々目線や著者の視線で描いている.一般の方々が如何にこの事故を受け止めておいるかが分かった.
・所謂”安全厨”(国や政府,””御用学者”など)の判断を痛烈に批判し,各自で判断する事の重要性を説いている.
・著者は科学の判断に疑問を呈していると私は感じた.確かに医学(統計学)や工学を超えた問題を福島事故は我々に突き付けており,日本人はその問題を緩和する方策を発見しなければならない.
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事故発生から作業員のルポ、周辺に暮らす人びとのルポ、彼らの見聞きし感じるものとのギャップが大きいメディアや政府、東電の発表や情報。そして周辺にとどまらず広がる放射能被害を、チェルノブイリも引用しながら伝えてくれている。暮らしや望みを奪われた人たちと「これから」一緒に生きていく方法を探していきたいと思う。これ以上の犠牲はもういらない。
12/07/20再読
チェルノブイリ支援してるNGOでのインタビューを深めるため。
今ふくしまに生きる人の姿。
根本的に変えたいのは、ライフスタイルとコミュニティのre-desighne