紙の本
伝奇的な要素を伴う本格冒険ミステリーであると同時に、ミステリーの魅力を超える人間の魅力あふれる掘り出し物
2012/04/08 10:37
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本のことは新聞の書評で知った。内容をほめてあっただけでなく、物語の舞台が、個人的に興味のあるスコットランドのシェトランド諸島とわかって興味は増した。
読んでみて、シェトランドというだけでなしに期待以上の大当たりだったと判明。小説としての面白さが並ではないし、ほかにはないと思わせるようなユニークな味わいがある。
スコットランドの北のはずれの島シェトランド。結婚してイングランドからここへ移り住んだ産婦人科医トーラが、若い女性の死体を発見する。ただの死体ではない。妊娠していて生きたまま心臓を抉り出されたらしい。
これだけ聞くと猟奇殺人事件である。実際猟奇的には違いないが、それだけではない。死体に刻まれた謎のルーン文字。ここへ来て、シェトランドという舞台設定が生きる。ルーン文字は、古代バイキングの使った文字であり、シェトランドはその昔バイキングたちが移り住んだ島なのだ。物語は伝奇的な様相を帯びる。
こうした神秘と謎もこの物語の大きな魅力なのだが、しかし最大のウリは何と言っても、語り手=主人公トーラの人間像だろう。
けっこう長いこの物語の前半は、犯罪に関してはそれほど大きな展開はない。それでも全く退屈しないのは、ひとえに主人公をめぐる人間の物語の面白さがあるからだ。
いわゆるミステリーといっても、トリックやらサスペンスやら、犯罪そのものだけで勝負した時代はもう終わっているのかもしれない。大ヒットした『ミレニアム』の場合もそうだったが、何より興味深い人間像で読ませるものが増えているような気がする。
ここでは謎は犯罪そのものだけではない。トーラを取り巻く人物たちも何やら謎めいている。冷たい魅力をたたえた女性刑事、職場の上司、そして夫ですら訳ありだ。それに対してトーラはいかにも人間的、直情、正直である。その対照が面白くもあり、効果的でもある。お茶目、やんちゃ、ハチャメチャでもある人間性は、時に笑えるし、微笑ましかったりいじらしかったりで、読んでいて楽しい。読者は彼女のことは信じられるし、共感もし、好きになるだろう。
一人称の語りでこうした魅力ある人物を描くというのはなかなか技術のいることだろうから、作家の腕も半端ではない。これだけ女性の心理がわかるものかと驚いていたら、作家自身が女性なのだった。イニシャルでうっかり男性と思い込んでいた。産婦人科医という設定も、実はプロットとの関わりでいろんな意味を持っているのだが、人物造型の面でも興味深い。
そして作家の腕をいうなら、心理描写だけでなく、サスペンスたっぷりのストーリーテリングも相当巧みである。要所要所で、エーっ!という驚きの要素が待ち受けていて唸らされる。
北の辺境である島の自然の描写も魅力のひとつだが、とくに物語のちょうど半ばごろだろうか、自然の驚異に感嘆する夜の移動のシーンがとてもいい。
そしてそのシーン辺りを境に後半はどんどん冒険の要素が強まり、いよいよ目が離せなくなる。
ミステリーは、謎ないしは推理を重視するタイプと、アクション重視のタイプに分かれるかもしれない。もちろん多少ともそれらが混じり合うのだろうが、後者の要素が強いと、ミステリーというより冒険小説の趣になる。アルセーヌ・ルパン・シリーズなどはこれだろう。
その冒険がここにもある。ハリウッドの映画になったとしても驚きはない。
しかも主人公はルパンのような超人なわけではない。頭も切れ、エネルギーもあるとはいえ、結局は普通の女性なわけで、それが効いている。普通なのにがんばるわけだから、一生懸命なのだ。心臓バクバクでもがんがってしまうこの一生懸命さが実にいい。読者はみんな応援したくなるのではないか。
紙の本
閉鎖的な小さな島で見つかった身元不明の女性の遺体。発見したトーラの運命は?! 誰が敵で誰が味方なのだろうか…。
2011/11/23 17:58
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みす・れもん - この投稿者のレビュー一覧を見る
産婦人科医であるトーラは、夫が決めた新居に引っ越したばかりであった。しかし、その小さな島がトーラを歓迎しているようには感じられないうえに、夫は家にいない時間が多く、トーラは鬱々とした日々を送っている。そんな時に可愛がっていた一頭の馬が死んでしまう。法律では禁じられているものの、そのまま業者に渡してしまう気にはなれなくて、庭に埋めようと穴を掘っていた雨の日、思いも寄らなかったものを見つけてしまう。心臓がえぐられた女性の遺体だ。しかも、背中にはメスのようなものでつけられた三つのルーン文字…。なぜ彼女はこんなところに埋められたのだろうか。
閉鎖的で小さな社会の中で起きた事件。なぜだかトーラが思う方向へ進んでくれない。何かが、あるいは誰かが、または何もかもが、邪魔をするのだ。誰がトーラの味方で、誰がトーラの敵なのか…。
降り続く雨や、凍り付くような寒さも、禍々しい雰囲気を醸し出している。
最初は些細なことで苛つくトーラに苛つきながら読んでいた(苦笑)。なぜに彼女はこれほどまでに落ち着かない状態なのだろうか。それが少しずつ明らかになっていく。周りにとけ込めない苛つき、夫と上手くコミュニケーションがとれない苛つき、職場での上司の評価が気になるための苛つき。そうして、産婦人科医でありながら、自分自身さえ妊娠することができないことへの苛つき…。彼女は自分への不妊治療を続けているのに、子供を授かることができない。
死体を見つけたときに現れた警部補のアンディ・ダン。彼は最初からこの死体の身元を探すことに消極的だ。なぜか何でもないことのように扱おうとする。彼は味方なのか、敵なのか。
ダンの部下であるダラク巡査部長。少しも隙を見せない完璧な女性。トーラにとって、彼女は味方なのか、敵なのか。
そして上司である医長のケン・ギフォード。彼に妙に魅力を感じてしまいながら、恐れも抱くトーラ。彼は味方なのか、敵なのか。
この小さな島では誰もが幼い頃からの知り合いなのだ。そこでの結束力のようなものが、余所者であるトーラを近づけまいとしているようだ。ギフォードも、アンディ・ダンも、そしてトーラの夫であるダンカンも。
夫でさえ何かを隠している…。誰を頼ったらいいのかわからないのに、死体を掘り起こしてしまったことから始まる様々な危険に身を晒さなければならないトーラ。その恐怖がよく伝わる。小さな島に伝わる伝説がまた、よい具合に謎と恐怖を煽ってくれる。
遺体の背中に刻まれた三つの文字は一体何をあらわしているのだろうか。彼女が殺される直前に生んだと思われる子供はどうなったのだろうか。そして、彼女はなぜトーラの家の庭に埋められたのか。
謎の中心に踏み込んだと思ったら、また引き戻される。引き戻されては、また新たな手がかりが見つかる。少しも目を離せない展開にページをめくる手を止めることができない。
下巻はどんな展開になっているのだろうか。
早く早くと気持ちが急いてならない。
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シェトランド諸島の閉鎖的なコミュニティ、ケルト神話にまつわるカルトな雰囲気。主人公の夫がハーレクインみたいにできすぎな気配なのが微妙だけど、雰囲気はとても良い。
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産婦人科医であるトーラは、夫が決めた新居に引っ越したばかりであった。しかし、その小さな島がトーラを歓迎しているようには感じられないうえに、夫は家にいない時間が多く、トーラは鬱々とした日々を送っている。そんな時に可愛がっていた一頭の馬が死んでしまう。法律では禁じられているものの、そのまま業者に渡してしまう気にはなれなくて、庭に埋めようと穴を掘っていた雨の日、思いも寄らなかったものを見つけてしまう。心臓がえぐられた女性の遺体だ。しかも、背中にはメスのようなものでつけられた三つのルーン文字…。なぜ彼女はこんなところに埋められたのだろうか。
閉鎖的で小さな社会の中で起きた事件。なぜだかトーラが思う方向へ進んでくれない。何かが、あるいは誰かが、または何もかもが、邪魔をするのだ。誰がトーラの味方で、誰がトーラの敵なのか…。
降り続く雨や、凍り付くような寒さも、その禍々しい雰囲気を醸し出している。
最初は些細なことで苛つくトーラに苛つきながら読んでいた(苦笑)。なぜに彼女はこれほどまでに落ち着かない状態なのだろうか。それが少しずつ明らかになっていく。周りにとけ込めない苛つき、夫と上手くコミュニケーションがとれない苛つき、職場での上司の評価が気になるための苛つき。そうして、産婦人科医でありながら、自分自身さえ妊娠することができないことへの苛つき…。彼女は自分への不妊治療を続けているのに、子供を授かることができない。
死体を見つけたときに現れた警部補のアンディ・ダン。彼は最初からこの死体の身元を探すことに消極的だ。なぜか何でもないことのように扱おうとする。彼は味方なのか、敵なのか。
ダンの部下であるダラク巡査部長。少しも隙を見せない完璧な女性。トーラにとって、彼女は味方なのか、敵なのか。
そして上司である医長のケン・ギフォード。彼に妙に魅力を感じてしまいながら、恐れも抱くトーラ。彼は味方なのか、敵なのか。
この小さな島では誰もが幼い頃からの知り合いなのだ。そこでの結束力のようなものが、余所者であるトーラを近づけまいとしているようだ。ギフォードも、アンディ・ダンも、そしてトーラの夫であるダンカンも。
夫でさえ何かを隠している…。誰を頼ったらいいのかわからないのに、死体を掘り起こしてしまったことから始まる様々な危険に身を晒さなければならないトーラ。その恐怖がよく伝わる。小さな島に伝わる伝説がまた、よい具合に謎と恐怖を煽ってくれる。
遺体の背中に刻まれた三つの文字は一体何をあらわしているのだろうか。彼女が殺される直前に生んだと思われる子供はどうなったのだろうか。そして、彼女はなぜトーラの家の庭に埋められたのか。
謎の中心に踏み込んだと思ったら、また引き戻される。引き戻されては、また新たな手がかりが見つかる。少しも目を離せない展開にページをめくる手を止めることができない。
下巻はどんな展開になっているのだろうか。
早く早くと気持ちが急いてならない。
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庭から出てきた女性の死体は心臓が抉られ、背中に3つのルーン文字が刻まれていた。
第一発見者のトーラは被害者の正体を探るが…。
謎は深まり絡まり合い。
下巻が楽しみ。
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小説の舞台となるシャトランド諸島は、1469年、デンマークの王女マーガレットがスコットランド王のジェームズ3世の元に嫁入りする際の持参金代わりになったイギリス最北端の諸島だ。大小あわせて100以上もの島からなるが、人が住んでいるのは15あまり。
その位置と歴史的背景から北欧色が濃く残っていて、本書もその北欧を起源にもつクナール・トローの伝説がミステリの核となっている。
このトロー trollというのは、北欧で伝承されてきた妖怪の一種で、語られる地方によって特徴は微妙に異なる。ウンスト(シェトランド諸島の島)版は全く事情が違い他の地方の伝説に比べて暗く陰湿であるという。
さて主人公は33歳の産婦人科医トーラ。島出身の夫ダンカンとともにこの島に越してきた矢先、偶然新居の庭先で女性の死体を掘り起こしてしまう。
この島独特の泥炭によって腐敗を免れた謎の女性の死体は、心臓が抉り取られ、背中には三つのルーン文字が刻まれていたばかりか、出産後間もない身であることが判明した。さらにその心臓は"生きたまま”摘出された痕跡が。その後、女性の身元は判明するのだが、彼女はその遺体から推測される死亡時期よりも1年も前に病院で死亡していたことになっていた。
病院で死亡したことになっている女性がこの遺体と同一人物であることは間違いない。なぜ、彼女は実際の死亡時期よりも1年も前に、病院で死亡したことになっているのか?なぜ、生きたまま心臓を抉られているのか?彼女の背中に刻まれた三つのルーン文字は何を意味するのか?
島の伝説とミステリはなかなかうまくリンクしていると思う。
しかし、このミステリを「優生学」に結びつけ嫌悪感を抱く人もいるかもしれない。
それに、この小説を読んだ後、作者がシェトランド諸島を愛しているといわれても、言葉そのまま信じることはできそうにない。
http://spenth.blog111.fc2.com/blog-entry-157.html
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設定はおどろおどろしくて期待してたけど、やたらと登場人物がイケメンで、言い寄られてドキドキ☆みたいな少女小説ともハーレークイーン小説みたいな主人公(既婚)の心理描写がしんどい。
MWA賞受賞作なんで下巻に期待。
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ストーリそのものは悪くないのだが、どうも読むうちに内容が重たく感じてきて全ての字面を央軌がしなくなった感じ。重厚な日本酒を飲んで、もうお腹いっぱいという気分。
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主人公の性格というか境遇がちょっと今の自分と似てるような気がして、しっかりしろ!がんばれ!と心配して応援したくなる。
新しい職場でうまく人間関係を築けないとか、
組織の中でうまく駒として働けないところとか、
今まで友達らしい友達がいたことがないとか、身につまされた。
ミステリ的には秘文字という民俗学的要素は終盤にようやく顔を出し始めた感じ。
田舎の閉鎖的な男社会について女性主人公の目を通していやらしいほど描写が続くので、どろどろした空気感が常に付きまとう。
(私は読んだことがないのだけど)もしかしたら横溝金田一とかと共通するところがあるかもしれない。
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2作目の「毒の目覚め」がMWA賞のメアリー・ヒギンズ・クラーク賞を受賞した作者の1作目。
シェトランド諸島を舞台に、女性産科医が巻き込まれた事件とは。
トーラ・ガスリー(旧姓ハミルトンを普通は名乗っている)は夫の故郷シェトランドの村に越してきた。
愛馬の一頭を処分するにしのびず、本当は違法だが広い庭の一角に埋めようとしていたとき、女性の遺体を発見してしまう。
背中にはルーン文字と思われる謎めいた傷跡が‥!
村人すべてが知り合いで血縁も多い環境に馴染めず、悩むトーラ。
長身で金髪、有能な産科医なのに人間関係はあまりうまく作れない。自らの不妊に悩んでもいました。
ハンサムな夫は留守がちで、何か仕事が上手くいかない様子。
事件の捜査陣はなぜか本気で取り組んでいるように思われず、不審を覚えたトーラは、病院勤めの産科医の立場を利用して調べ始めます。
巡査部長のデーナ・タラクはクールできちんとした小柄な美人で、とっつきにくい印象だったが、協力することになり‥?
流麗な文章で、スリリングな展開。
なるほど、メアリ・ヒギンズ・クラーク調かも知れませんね。
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上下巻なので、上巻では、解決しない。
当たり前ですが。
どうなるの?
どうなるの?
のまま、下巻に突入するわけですね。
ルーン文字の意味は?
ルーン文字=トロウィー?
なぜ、島の人々は、庭で見つけた女性の死体をなかったこと、もしくは、歴史上の発見みたいにしたがったのか?
その発見された女性はいったい誰なのか?
なぜ、その女性は心臓をくりぬかれ、背中にルーン文字が刻まれていたのか?
トーラの家と、旦那ダンカンの実家の暖炉の上のまぐさ石に刻まれているルーン文字は?
トーラの家はもともとは何だったのか?
トーラの家に侵入して豚の心臓を置いて行ったのは誰か?
トーラが病院で歯のレントゲンの照合をしているとき、忍び込んできたのは誰か?
メリッサ・ゲイアは本当に癌だったのか?
メリッサの夫の子供は、後妻の連れ子というのは本当か?(妻より夫に似ている)
トーラの夫ダンカンと、病院長ギフォートの関係は?
夫の父リチャードとギフォードの関係は?
ダンカンが「愛してしまった」のは誰?
なぜ、ダンカンは養子をもらおうと言ったり、妊娠しずらくなるように薬を飲んでいたのか?
トーラのライフジャケットが膨らまなかったのは事故か?それとも誰かがしくんだのか?
謎ばっかり。
謎が謎でなぞなぞ。
下巻でこれらが回収されていくのが非常に楽しみです。
しかし、12年積んでたんだなぁ・・・
どうもすいません・・・
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またしてもシェトランド。
久しぶりのページターナー。
といってもすごく面白かったわけではない。
主人公の女性医師が何度も痛い目にあいながらも、どうしても事の本質を暴かずにはいられないという、その展開にハラハラドキドキ。
ベースがトロル神話、表層が妊娠ネタなのが入り込めない理由かな。
あと全体に女らしさが強調されすぎ。
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S・J・ボルトンの本を読むのは「毒の目覚め」に引き続き二作目です。
前回読んだ「毒の目覚め」と主人公がそっくり! と思うくらい、女性がふとした疑問から秘密に分け入っていき自分自身も危うくなる、というところや、少し気難しくて芯の通った強い人物像が同じでした。
そうは言っても、私はこの主人公の性格が好きなので満足しています。人と関わるのが苦手で、反対に動物には親切に接することができる。そういう人物を著者は描いているのですが、他ではあまり見ない主人公像だなと感じます。
どちらかというと推理小説やミステリの類って、口うるさいくらいに物事に首を突っ込んだり、その場にいる人に事情を聞いたりする人物像が多いですよね。
結局、トーラ(主人公)も物事に首を突っ込みまくるわけですが、それは自分の周囲の人間、近しい人間が疑わしかったからであって、決してトーラ自身が詮索好きだからというわけではないような気がします。
女性警察官デーナや、病院長ギフォードなど、魅力的なキャラクターが多く、一体だれがこの事件に関わっているのだろうと予想をつけながら読むのが楽しかったです。
上下巻に分かれているのでそう感じないのですが、かなりの長編で、それなのに中だるみを一切感じさせない展開の早さ。時折さし挟まれる自然描写が美しく、主人公の斜め後ろに据え付けたカメラから物語を覗いているかのように思えました。
個人的にはオーロラを見る描写のところが好きです。
日本ではあまり有名ではないし、新品を手に入れるのは難しいかもしれませんが、興味がある方は是非手に取ってみられることをおすすめします。