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1986年に起きたチェルノブイリ原発の事故。
僕はこの事故がきっかけで環境問題に興味を持ちました。
なぜ、原子力を利用しなければならないのかを考えていくうちに、人口問題にぶつかりました。
さらに、世界の貧困や経済格差、紛争の問題を考えるようになりました。
この本は、森住卓氏の講演会に行ったとき、会場に並んでいた一冊。
本の帯には「目的が正しければ暴力は許されるのか 愛するひとのために自爆するのは尊いか」と書かれています。
僕が考えても答えを見出せずにいる問題の答えに対するヒントがあるのではないかと思い購入しました。
著者は桜美林大学国際学部のリベラルアーツ群教授であり、国際学研究所所長。
この本は、中学生11名との対話形式で進んでいきます。
著者は、中学生との授業を終えたときの気持ちを、あとがきの中で次のよう書いています。
『一回二時間、二回の授業で合計四時間。それは、今までに経験のしたことのないような至福の時間であった。最高の演奏をしている時、オーケストラの指揮者は忘我の心境になり、指揮をしていることさえ忘れるという。まさにその指揮者の心境だった』
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心にショックを与えるのがテロの目的。
ヒトラーを暗殺しようとした牧師が絞首刑にされたそうだ。
牧師は人を殺してはいけない、と説いているが、暗殺を計画していた。
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なかなか面白い、普通に対話じゃなくてこの人が書いた本が読みたくなった。
カブールの人たち、秋葉原事件で日本が危ないと思った。カールシュミットの『政治神学』で「主権者とは、例外状況にかんして決定を下すものをいう」、ブッシュは911でテロを戦争と決定して主権者となった。反対する者はテロを現行秩序の枠内の犯罪として扱おうとした。近代の世界観はニュートン力学的で国家間の関係を引力とかでたとえるが、今は主客合一の量子論的な脱現代が必要。実は目的がよくわからない911テロ。ボンヘッファーとゆう牧師のヒトラー暗殺計画みたいに正義のために人を殺すのは正当化されるか。ルワンダを繰り返さないためのコソボ介入、経済制裁は武力行使よりも犠牲を強いることがあること。結局は紛争をなくすには紛争の火種を取り除くしかなく、テロをなくすには民主主義的な手段が得だと思うような状況作りが必要。国内的な民主主義だけでなく、地球的な民主主義体制をつくり国連や国家によるのでない人間の人間による人間のための人間の安全保障を確立しなければなるまい。
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「13歳から」と書いてあるだけあって、わかりやすくい。テロは正しいか、9.11後のアメリカの反応は正しかったか、多数のための少数の犠牲はやむを得ないか、など大切なことを説明してる。一つの判断材料になるとおもう。
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先のテロ(暗殺)事件を受け、生徒に紹介する本を探してゐる中で読みました。
ここでの「テロ」は、基本的には国家間の対立の中で起こる暴力行為を取り上げていますので、今回の事件のような「特定の政治家個人を対象とした暗殺事件」とは状況は異なりますが、それでも
・目的を達成するために暴力を用いること
・暴力(物理的/心理的)の正当性
→目的が「正しい」場合は暴力の講師は正当化されるか
・そもそも「暴力」とは
・「テロ」のない世界をつくるためには
といった部分は、今回の事件も含めて、SDGsにもあるような「平和」かつ「持続可能な社会」を構築してゆくためには不可欠な要素だと思います。
個々のテロ事件の背景や目的は様々ですが、その多くが何らかの(社会構造的な)「不公平・不平等」に端を発しており、その状況に対する不満を表明することができ(言論や表現の自由がある)、かつその主張の受け皿がある(成熟した民主主義が確立している)ということが、テロを防ぐためには不可欠であるという結論は、世にあるすべての暴力行為に対する共通した解決策になるのだろうと思います。
また、国家間の紛争への武力介入や経済制裁、大勢を守るために少数を犠牲にするという功利主義的な考え方など、暴力をめぐる議論から派生する様々な問題については「結論が出せない」という回答に至るまでの思考過程を丁寧に説明してくれており、理解しやすかったように思います。
筆者による「大人のための補習」というコラムがよく整理されているように思いますが、「中学生と筆者の対談型授業形式」で描かれる本編も十分に読みごたえがありました。
ぜひ多くの中高生に読んで欲しいと思います。