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世代と世代の接点を、あらゆる意味と無意味で厳選された言葉で丁寧に繋いでいる物語が二編。内容を理解しようとするとひどく労力がいるが、そうしなくてもほどほどに書き込まれた情感が気持ちいい。
今までの作品が「個」の世界、単一のネットワークで完結する世界だった感があり、その点では今作はちょっと新しい感覚。作中にもあるが「ネットワークの臨界」を越えたところに構築された世界なのかもしれない。個人が空想するネットワークが相互に接触したり、接触したようなふりをしながら矛盾や黙殺を生んで、一層面白いことになっている。
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書くこととは、読むこととは、一体なに?という疑問に迫る二編の物語。
今まで読んだ円城氏の作品の中では、一番わかりやすい切り口だったように思う。
この人の考える「物語とは、」「ことばとは、」というものの答えがいつか出るかも知れないのなら、それを目撃してみたい。そんな風に漠然と読みながら思ったりした。
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この本を読むために、これまでの何十年、自分は読書をしてきたのではないかと思った。
文章の美しさとリズム、パズルや数式を解くように、自分の頭のなかで展開されていく情景。言葉を読み、書くこととは何なのか、その答えの物語だ。
『これはペンです』という、洒落た題名も、装丁も、何から何まで良い。
文章の自動生成を研究し、さまざまにとぼけた手紙を送りつけてくる、実在するかどうかも不明な叔父と、それを解読(読解)しようとする姪。表題作の『これはペンです』に照らされることで、併録の『良い夜を持っている』がさらに儚く切ない物語となっている。
この人の書く、文学の方向性を維持しながら、言葉の可能性を探る文章は、読んでいて本当に気持ちがいい。
実験性やSF作品の文脈で評価されることが多いが、円城塔は、稀代のロマンチストなのだと思う。
今年は、震災を隔てて出版された、『こちらあみ子』(今村夏子)と、この作品で、ほぼ満足。つながった。
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小説は“好き・嫌い”“おもしろい・おもしろくない”で判断されるものだとおもうんですよ。そしてその判断は読者に委ねられるわけで。つまり、判断となる基準は無数にあるわけです。
たとえば、読書に対して「ためになる」とか「なにかの役に立つ」といった実用性、あるいは「感動する」とか「いまの自分の気持ちや意見を補強する」というのも立派な判断基準のひとつでしょう。でも、それを強く求めているひとには、円城作品はおすすめしがたい。なぜなら、そこに至るまでにはまず“本を読んで理解する”という前提条件が必要だから。
円城作品は、その前提条件を満たさないものが多い。というか前提条件を覆してしまう、と云ったほうがいい、です。
じゃあ、読みにくいかというと、決してそんなことはなく。とくにこの連作についていえば、たしかにDNAだとかプログラミングだとかの専門的な描写の正確性についてはわからない(村上龍もその辺りを突っ込んだんだろうけど、結局、なにを不正確だと云ったのかはわからずじまい)。でも、それ以外はこの2作品ともすらすら読めます。わかりやすい。でも、その意味するところを摑みにくい。どう解釈していいかわからない。
いや、どう解釈してもいいとおもうんです。そういう解釈を楽しむのも読書のありかたであり、わからないことをわからないと認識するのもまた読書の効用。わからないことってホッタラカシにしてると、あるとき突然、なにかのきっかけでビビッとわかることもありますしね。なんでもかんでも即答を求めたり、じゅうぶん検証しないでわかった気になるなんて、なんだか危険な匂いがします。
ということで、わたくし円城作品が好きです。めっぽうおもしろい。現状、単行本が出たらとりあえず買って読む唯一の国内作家です。
『これはペンです』は——叔父は文字だ。文字通り——という書き出しからしてハァナンジャコリャですが、韻を踏んだセンテンスは日本語としても響きがよいではありませんか。これには咄嗟に神林長平の『言壺』の冒頭——私を生んだのは姉だった——を想起させるものがあります。
実際、円城塔は『これはペンです』を書くにあたって、『言壺』を意識したのではないかという気もしています。どちらも文字や言語がモチーフですからね。ちなみに文庫版の『言壺』で解説を書いてるのは円城塔なので、神林作品へのリスペクトから、彼なりのアンサーソングとしてこの連作を書いたのではないかとすら邪推しておりますです。
とまあわかったつもりで勝手なことを書いていますが、わからないわからないと云う割には、2作とも読後感がひじょうにさわやかです。スカッとサワヤカとはちがう、すがすがしいものが残ります。とくに『良い夜を持っている』には、ホームズ的な、謎が解けて腑に落ちたようなすっきり感がある。
あまりいい意味でなく注目されてしまった『これはペンです』ですが、個人的には146回芥川賞において、『良い夜を持っている』か『道化師の蝶』がまたまた候補になって、円城さんが受賞の電話を——まさに“良い夜を待っている”ことになったらいいのにねぇ、というのがいちファンのささやかな願いなのでありますが、池澤夏樹なき審査員チームにはもう期待するものはありません。どっちみち賞の候補になろうがなるまいが、受賞しようがしまいが、そんなことが基準で本を選んだことはないし、これからもないでしょう。わたくしにとって本を読む夜は、すべて良い夜ですから。
*これはペンです:Self-Reference ENGINE
http://self-reference.engine.sub.jp/?eid=977219
*『これはペンです』著者コメント:オンライン書店BK1
http://www.bk1.jp/review/0000494582
蛇足/これはヘンです:infocloset annex
http://homepage.mac.com/miyuqui_y/iblog/annex/C464710357/E20110729132252/
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数式のように、美しい世界。
確かに在るのに掴めないもの、というのは存外あるけれども、在るということを確かめるための旅、のような印象を受けました。
E=mc²という世界一美しいとされる数式と、それから生まれた混沌を、なぜか想う。
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評価さげてごめんなさい。わたしには難解すぎて…哲学的というか、なんというか、その世界観についていけず、はまることができませんでした。
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高度なパズルを解いているような気持ち良さがあった。
だからといって、文章が無機的かと言うとそんな事はなくて、ちゃんと血が通っている。
だから、すこしジンとしたりもする。
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円城さんにしか書けない世界。というかそんなSFか?なんか想像していたのよりちょーわかりやすかったです。
表紙はがして読んでいたら何の本ですか?とバイトさんに聞かれた。まぁ文芸書にはみえんだろう。どうだかっこいいだろうと言っておきましたが(脚色あります)。
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哲学的というか、幻想的過ぎて、理解不能のまま読み終わってしまいました。自分に向いていないのか、読解力不足なのか。。。
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すごいなぁ。芥川賞の選考で評価が割れたのも頷ける。
芥川賞の当落よりもこれを候補作に挙げたスタッフを評価したいな。
「ものを書くとはどういうことか」を問いただすかのような思索に満ちた小説。
高校の頃、筒井康隆を読んだときのような衝撃。
私には三読くらいしてもよく判らないだろうなww
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文章の自動作製機械と、自動作製された文章を見破る機会。
中身のない文章を買いたりや会話をしていると「中をが無いなぁ」と指さされそうで、怖い世界です。
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"これはペンです"
自動文章作成機を開発した叔父と文通する姪の話。叔父の研究のメインは、文章とは何なのか、意味とはなんなのか、オリジナリティとは何なのか、ということを様々な奇想天外な発明物で表現すること。文章自体は理路整然としていて明解なのだが、小説全体としては何を表現したいのかは曖昧で、漠然とした印象しか残らなかった。
"良い夜を持っている"
精神疾患を持つ父を回顧する男の話。父は超記憶力を持っていたが、それは彼の中の緻密な夢の街と関連し、その街は記憶、夢、現実が混ざり合った世界であった。その世界と現実世界のそれぞれの論理を探りながら生きていた父を、研究者が残した著作から理解しようと男は試みた。"これはペンです"に比べ、論理とは何か、意味を表す文とは何か、によりテーマを置いているようだ。
(恐らくは作者自身も)明確には理解し辛いものを、漠然としたイメージで読者に伝えようとするところは、芥川賞候補作らしく、"純文学"的だと思った。小説としては冗長で退屈だが、テーマには共感できる。
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掲載するのもはばかられるぐらい、自分にとってはあわない本であった。とにかく著者の想像力の果てしなさが、自分の力とのギャップに悩まされ、読んでることがつらくなるぐらいだった。 二つの物語が、最後の部分でつながっていくような気はするんですが、それすらも僕には理解が至らず・・・。 僕の能力では、この本には至りませんでした。。
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装幀:新潮社装幀室
カバー:IBM Selectric typeball
「これはペンです」姪から叔父を見た物語
「良い夜を持っている」叔父家族の物語
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叔父と姪の手紙のやりとりを通して、あくまでも論理的に、哲学的にそれでいて結束の強さを感じる。どこか俯瞰した感じがあって姪の成長もうかがわせる。
もう一編のよい夜を待っているもいい余韻を残した。