紙の本
歴史を見つめる意義
2022/10/06 19:34
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投稿者:BB - この投稿者のレビュー一覧を見る
福島第1原発事故が浮かび上がらせた、原爆による惨禍を体験し、核の危険性をよく知るはずの被爆国がなぜ原発政策に突き進んできたのか…という疑問に、日米の歴史家が答えたブックレット。
二人の研究者が、日米関係の機密文書や被爆地広島の反核運動の資料を読み解き、冷戦期の1950年代にアメリカが、核の「平和利用」政策を打ち出し、自国や日本の国民を納得させながら核軍拡を続けた実情をつづった。
例えば、1954年の広島への原発建設計画。
アメリカの科学者はこんな発言をしているという。
「広島、長崎の記憶が鮮明である間に原発を建設することは、両都市に加えた殺傷の記憶からわれわれを遠ざける」「ヒロシマこそ原子力の平和利用の恩恵を受ける資格がある」。
当時の広島では違和感を訴える被爆者もいたが、多くの人は「平和のためなら」と賛意を示したらしい。1956年には広島で原子力平和利用博覧会が開かれ、被爆地は「宣伝工作のターゲットにされた」という。
兵器では「核の傘」、エネルギーでは原発技術と核燃料の提供で、米戦略に組み込まれてきた日本の戦後史が浮かび上がり、怖くなる。
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広島と長崎への原爆投下を批判し、核エネルギーの国際的管理を提唱しながら、大統領就任後には、核の力を頼みにするようになり、核兵器による脅しを多用し、通常兵器と同じように使おうとするまでになったアイゼンハワーの核戦略の一環として、いわゆる「平和のための核」政策を捉えたうえで、それが被爆地広島においてどのように展開されたかを検証する一冊。まず、1953年末のアイゼンハワーの国連演説に始まる「平和のための核」政策が、水爆実験に成功したソヴィエト連邦を牽制しつつ、西側の同盟諸国に核技術を提供することによって、同盟諸国をアメリカとその資本の支配下に繋ぎ止める狙いをもっていたという指摘は、あらためて確認しておく必要があろう。そうした狙いを秘めた政策が、被爆地広島では、まず広島への原発誘致案として表われ、広島の側からも、それを受け容れる声が、中国新聞を中心にいくつもあったという。また、日本各地での、アメリカの原子力潜水艦のために開発された原子炉と同型の原子炉をもつ原発の建設に至る、日本での核開発の大きな弾みとなった、「原子力平和利用博覧会」の二度にわたる広島での開催に関しては、そこで核エネルギーの医学への効用が強調されていた点が、クローズアップされている。そのことが、「全人類の福祉のための原子力」という幻影を生み出し、ひいてはそれが被爆者に対する「救い」のメッセージになったという議論である。広島での展示は、まさに被爆者をターゲットとしていたのだ。こうして被爆者は、それまでにもアメリカの核開発のためのサンプルにされていたのだが、今度はそれにお墨付きを与える役割まで負わされることになったという。事態は確かにそうであろうが、そのような「二重の被害」の背景や、それを負わされた被爆者の心情に関しては、もう一歩踏み込んだ検証が必要と思われる。政治家や平和運動の指導者だけでなく、公文書上の歴史に残っていない被爆者の声も拾う必要があるのではないか。もちろん、森瀧市郎や当時の広島市長など、同時に被爆者である当時の指導者ないし「有名人」の言説は、その変転も含めてよく拾ってあって、そこには資料集的な意味合いも感じられるのだけれども。本書は最終的に、広島で生まれた幻影に目を眩まされた反核運動が、その後も「原子力平和利用」の支持を打ち出し続けたことを確認したうえで、そのことに表われる運動の論理の「弱点」を反省したうえで、反核運動と反原発運動を統合させることを訴えているが、著者たちが「弱点」と見るものがいったい何だったのかは、戦後の広島に「原子力」が導入される過程から、著者たち自身によって浮き彫りにされてしかるべきとも思われる。なお、読んでいて、英語以外の言語に対する配慮に欠ける点が気になった。「ジョセフ・スターリン」に、編集者は気がつかなかったのだろうか。
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日本の原発政策の「原点」には、1950年代からの「原子力平和利用」政策があり、これはアメリカの核戦略推進のために打ち出された。被爆地・広島も、この「平和利用」に組み込まれ、被爆者たちは宣伝工作のターゲットにされた。
ビキニ水爆実験の2ヶ月前、「広島に原発建設を」という提案さえあった。マンハッタン計画に関わった経歴をもつ科学者ルウ・ポーターが1954年1月に広島を訪問、原爆被害を受けた広島市の実情を詳しく調査し、その折りに広島市長に対してこんなことを語っている。
▼「広島市が原爆のために最も大きな惨害を被ったことからしても原子力の平和時使用もまた優先的に恩恵に浴すべきことを主張する権利がある。…」(p.28)
同じ年に、アメリカ原子力委員会のトーマス・マレーが、アメリカの援助による原発を日本国内で建設することを提唱し、「広島と長崎の記憶が鮮明である間に、日本のような国に原子力発電所を建設することは、われわれのすべてを両都市に加えた殺傷の記憶から遠ざからせることのできる劇的でかつキリスト教的精神に沿うものである」(pp.28-29)と述べたという。
こうした提唱に対し、被爆者でもあった当時の浜井信三広島市長は「医学的な問題が解決されたなら、広島は"死の原子力"を"生"のために利用することは大歓迎」(p.29)と述べ、やはり被爆者で『原爆の子』の編纂にあたった長田新も「米国のヒモつきでなく、民主平和的な原子力研究が望ましい」(p.30)と、条件はつけながらも「平和利用」に関しては賛意を表明していた。
これに対して、原水禁運動の中心的人物だった森瀧市郎は、平和利用に拒否反応を示している。「アメリカ人に広島の犠牲のことがそれほどまっすぐに考えられることならば、何よりもまず現に原子病で苦しんでいる広島の原爆被害者の治療と生活の両面にわたって一部の篤志家だけに任せないで、国として積極的な援助を示してほしい」(p.30)と。
そして、原発が原爆製造用に転化される懸念、原発で生じる多量の放射性物質が住民に与える影響については未知で治療法も確立されていないこと、平和利用であってもアメリカの制約を受けること、戦争が起きた場合には広島が最初の目標になる危険性、と今も通用する反対理由を森瀧は主張していた。
その森瀧でさえ、全国的な「平和利用」賛成の趨勢におされ、態度が後退したこともあった。
折しも、ビキニ水爆実験による第五福竜丸の被爆は日本国内に、現在よりもよほど大きな反核運動をもたらした。原水爆禁止を求める署名は3000万集まった。これは成人人口のおよそ半分にあたる数だった。
そういううねりのなかで、ことばのマジックなのか、「原子力平和利用」キャンペーンは進められていく。1955年には、東京で「原子力平和利用博覧会」(読売新聞社主催)が開かれ、全国巡回の最後には広島でもおこなわれた。正力松太郎がこれらに深く関わっている。
この博覧会の際に配布された「原子力平和利用の栞」の内容がすごい。発電のみならず、医療、農業、工業など様々な分野での原子力の"恩恵"が列挙されている。その雰囲気は、この10月に「放射線等の基礎的な性質について理解を深める」ためにと文科省が出した極悪な(と私には思える)放射線の副読本に似て、原子力は、こんなに世の中の役に立ってるんだヨ!と言わんばかりである。
博覧会によせて、中国新聞に掲載された各界の人物のメッセージからは、「核兵器=絶対悪」「原子力平和利用=繁栄」という対照的な捉え方が多く読みとれる。原子力で徹底的に破壊された死の街・広島で、原子力の持つ超越的で強大な"生命力"という幻想が、よりくっきりと映えたのだろう。
原水禁世界大会でも、「原子力の民主的な平和利用」こそが様々な経済社会問題を解決する魔法の鍵であるかのようなメッセージが、分裂まで毎年繰り返されたという。
1953年、アイゼンハワー米大統領が"Atoms for Peace"という国連演説をおこなってから、わずかともいえる期間のあいだに、日本は被爆者までも、その「原子力の平和利用」を大して疑うことなく、賛意を表明するようになっていったとこの本は伝える。
「いかなる歴史的背景のために日本の反核兵器運動と反原発運動は最初から乖離し、その結果、両方が弱体化してしまったのか」(p.61)、そのことをまず知ることのできる本。過去の歴史と厳しく向き合うドイツの歴史教育が言及されていて、それとあまりに対照的な日本の歴史教育における態度が、ここまで原発という「平和利用」を進めさせてきた自分たちの態度に地続きなのだ、と深く思わされた。
(11/26了)
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なぜ被爆国は、戦後 原発政策へと突き進んだのか?
1950年代のアメリカが核戦略を推進するための「原子力平和利用」政策に、被爆地広島も組み込まれた。日本の原発政策の原点を問う。
岩波ブックレット 薄い本だけど読む価値ある充実した本
政策によって原爆被害者も原発を受け入れてしまった過去の現実
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ヒロシマの原爆被害者達が、アイゼンハワーの「核の平和利用」戦略の下で、核兵器廃絶を強く打ち出しながらも、自らの被爆が生かされて平和のために書くが用いられることを望むかのように誘導された。
アメリカの巧みな戦略と、日本でこれに全面協力した読売新聞、正力松太郎、中曽根康弘などの罪を暴く書。
運動家も、当初から平和利用に惑わされてきたことが具体的な資料からも判る。
この書の告発を受け、核の本質に迫った運動が、福島を経て展開されることを期待したい。