BBさんのレビュー一覧
投稿者:BB

同志少女よ、敵を撃て
2022/01/10 19:39
凄まじい熱量を感じる
43人中、43人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
話題作で前から気になっていたものの、少女漫画チックな表紙とベタなタイトルにどうも食指が動かなかった。しかし、方々から評判を聞き、直木賞候補にもなったということで満を持して購入。結論から言えば、諸々の先入観を吹っ飛ばす面白さだった。
まずストーリー。おぼろげながら世界史で学んだ記憶のある独ソ戦を、ソ連の少女から見つめ、話が展開していく。
村を焼かれ、肉親を奪われた少女が狙撃手となって、戦地に赴き、戦争のリアルに触れながら成長していく話・・・と言えば、ヒロインの成長譚でもあるのだが、ストーリーの大きな流れが史実に基づいており、スケールが大きいのに加え、そのディテールがすごい。かなりロシアや欧州の近現代史の知識がなければ書けない内容だ。
また、人間関係を軸にしたミステリーの要素もあり、残虐な戦場の様子がまるで従軍作家が書いたような生々しさで描かれているという点では、戦争文学のようでもある。
しかしこの作品の骨となっているのは、戦争において、国や民族を問わずもたらされる戦時性暴力への怒りの視点だ。
最初から最後まで手に汗握るのだが、特に終盤の展開は心臓のバクバクが止まらない。最後まで読んでようやく、「同志少女よ」というちょっとダサくも思えるタイトルが、重みを持って響いてくる。
アレクシェーヴィッチの『戦争は女の顔をしていない』は読んだが、そのさらに奥にある女性兵士たちの声を、ロシアや欧州の近現代史を、想像力で補いながら、見事に表現した作品だと思った。凄まじい熱量。
著者はこの作品が一作目だということだが、どうか力尽きることなく(本当に、読む側も読んだだけで燃え尽き症候群になってしまいそうなくらいの熱量がある)書き続けてほしい。

差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章
2022/02/04 17:45
素晴らしい一冊
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
誰かの悪気ない言葉に傷ついたり、逆に悪気なく相手にかけた言葉が実は差別的で後から恥ずかしくなったり。そんな経験は多かれ少なかれ、誰にでもあることなのかもしれない。
本書は、そんな誰しもの中に潜むバイアス(差別意識とまではいえなくても)、無意識の偏見について、分かりやすく気付かせてくれる。
韓国でベストセラーになった、人権問題研究者の著作ということで、何かと構えて読んだが、まったく堅苦しさはなく、国籍や性別、人種にかかわらず、広く人類に大切なことを語りかけてくれる、普遍的な内容の本だった。
この本が、日本で出版されたことを、まず関わった方々に感謝したい。
著者自身も、何気なく口にした言葉について問われ、自分が悪意なく差別していることに気付く。
そこから、みんな差別はいけないと分かっているのに、なぜなくならないかを考えていく。私たちが内面化された差別や偏見に気付かずにいることが、いかに差別に加担しているかを、易しい言葉で丁寧にひもといていく。
プロローグにこんな印象的な言葉がある。
「私は他人を差別していないという考えは勘違いであり、思い込みにすぎなかった。誰かに対して「真に平等」に接し、その人を尊重するのであれば、それは自分の無意識にまで目を向ける作業を経た上でなければならない。いわば自分が認めたくない恥ずかしい自分を発見することである」
そして著者は、米国の研究などから、誰もの心に存在するバイアスを明らかにしていく。差別はいけないという思い、差別は存在しないと思いたい願望、確かにみんなそんな風に思っている。でも差別がなくならないのは、気付かないからだ。
印象に残ったのは「特権」という言葉について。
私たちはそれはエリートや財閥など一部の人の権力だと狭義に捉えているが、実はそうではなく「与えられた社会条件が自分にとって有理であったために得られた、あらゆる恩恵のことを指す」と著者は述べる。「既に備えている条件であるためたいていの人は気付かない」。持てる側は、「自分が持てる側だという事実にさえ気付かない」と。確かにそうだ。
「差別の存在を否定するのではなく、もっと差別を発見しなければならない時代を生きている」という指摘には何度もうなずいた。
多くの人に読んでもらいたい素晴らしい一冊だ。

ザリガニの鳴くところ
2022/11/25 10:55
壮大でちっぽけな人間の物語
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
新聞書評などで話題になっていたと当時に購入したものの、翻訳本であることからやや敬遠し、長らく積ん読になっていた一冊。
映画化を機に(映画を観てとても良かったため)読んだ。
どちらが先がいいか、普段は原作を読んでからだと思うが、この物語に関しては、いずれが先でも十分楽しめる内容であると思った。ミステリーとしてのストーリー展開もだが、湿地の自然の描写などが映像化にふさわしい書きぶりだからだ。生物学者である著者の豊かな見識が生きた作品だ。
湿地の中の家に独りで暮らす貧困層の少女カイア。「湿地の娘」とのレッテルを貼られ、村でも蔑まれている。1969年のある日、殺人容疑で収監されてしまう。
その捜査や裁判の過程を挟みながら、少女の過酷な人生が語られていく。
果たして殺人犯は―。
衝撃的な結末は、映画より小説の方がシンプルかつ確定的に描かれているように思う。また小説では合間合間に詠まれる「詩」が一つの軸となっており、この詩に関しても最後に秘密が明かされる。
貧困やDVといった社会問題を扱うミステリーでありながら、大自然の中で過酷な人生を生き抜く少女を主人公にした恋愛小説の要素もある。
全体を通して響くのは、人間もまた自然の一部であり、やがて土に返る存在だという自然の摂理への敬意のような気がした。
壮大でちっぽけな人間の物語である。

何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から
2022/06/06 17:59
暗澹とした気持ちになる
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ひと言で読後の感想を述べれば、「何とも暗澹とした気持ち」だ。
言論に対する圧力をテーマにドキュメンタリーを制作してきた筆者が、そのモチベーションや制作過程についての裏話(苦悩)をつづっている。
世にはびこる兵とやそれを垂れ流すネット、そしてその背後に見え隠れする政治勢力に、ファイティングポーズで挑んでいるだけでも尊敬に値するが、実情を知るにつけ、一般の多くの人や組織はこうした圧力に屈したり自粛したり事なかれ主義になってしまったりするだろう。
ヘイトをする人たちのあまりの言い分に絶句するが(著者は反論せずに取材しているのがすごい)、これを阿呆らしいから相手にするまいとスルーしたり、逆に屈してしまったりしたら、相手の思うつぼなのだろう。
「中立」とか「両論併記」とかいうものの危うさについても確認できた。
明らかに不均衡がある場合、両論併記は公平でも公正でもないのだ。
読めば読むほど実情に、暗澹たる気持ちになるのだが、メディアに関わりがある人もない人も、先入観を捨て、まずは読んでみてほしい一冊だ。

性差の日本史 新書版
2021/11/03 18:54
展覧会に行きたかった
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
昨年話題になった展覧会の新書版。
見どころが文章と写真で紹介されていて、とても分かりやすく、理解を深められると同時に、やはり展覧会に行きたかったなぁと思わせる。
ジェンダーが歴史の中でどうつくられ、今に至るか。
歴史の一次資料に基づいた分析がなされており、非常に興味深い。
例えば巫女としての卑弥呼は、明治後半近くに成立した新しい解釈だと言う。
巫女と言う部分を強調するのは、古代に女性リーダーがいたとしても実際の統率者は男だ!という先入観に立った近代の見方だと考えられるという。
他にも明治政府が天皇や宮中のあり方を変化させていき、天皇の生活空間で勤務していた女房や奥女中が政治の場から排除されていった様子などがよくわかる。
また性を売ることに関しても歴史的な分析がなされており、我々が性風俗や売春の是非議論で必ず出てくる批判や擁護の背景にある価値観は、いったい何に根ざしているのかなどなど考えさせられて、とても勉強になった。
心に残ったのは、編者が、ジェンダーを物語る特別な歴史資料があるわけではないと言うことがわかってきた、と言っていることだ。
よく知られた資料も新しく発見された資料も、ジェンダーの光を当てることによって初めて、それまでの常識とは異なる新しい歴史像を語り始めるー。
オルタナティブな視点から社会や歴史を見つめ直す。これは私たちに社会に投げかけられたボールではないか。

燕は戻ってこない
2022/03/21 08:18
人間の尊厳とは
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
生殖医療を軸に、人間の尊厳、この社会に確かに存在している構造的な暴力(経済的格差、男女の非対称性、都会と地方の落差、持てる者と持てない者の埋めがたい溝・・・)を浮き彫りにしていくディストピア小説。地方の片田舎出身で非正規で働くリキ、手に職はあるが子に恵まれず苦悩の中にある悠子ら物語の主軸となる女性たちの心の揺れに共感しつつ、脇を固める一見非常識に見える登場人物の発言が、いちいち真っ当で引き戻される。
桐野作品はたいてい読んでいるが、今回も期待を裏切らない秀作。毒は比較的少なめだが、これだけ大部な一冊ながら、ページをめくる手を止めさせないのは、すごい。
何が正しいのか、結局答えは分からないが、桐野さんは最後にほんの少し希望を残している。
読みやすいのに、読後に、重く心身に響き渡る印象的な一冊。

マチズモを削り取れ
2021/12/05 19:27
わざわざ書いてくださってありがとう
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
砂鉄さんの本は好きで、大抵読んでいる。
この本も期待を裏切らない軽快な社会論評でとっても面白く、ところどころ笑いながら、時に泣いたり怒ったりしながら読んだ。
書いてある社会に蔓延するマチズモは、とりわけ女性にとっては何度も経験してきた「当たり前」すぎることで、新しい発見は無いかもしれない。
それでも、当たり前すぎて気づかなかったり、流してきたりする世間のあるあるを、男性の砂鉄さんがわざわざ文字にしていることで、救われた気持ちになる人もいるのではないか。
強い男性以外にとって、本当にどれだけ生きにくい社会なのだろう。
マチズモを削り取るのは、女性が生きやすくするためだけでなく、男女に関わらず人権の問題だと思う。

韓国文学の中心にあるもの
2023/01/25 13:07
韓国文学の読書案内であり歴史案内
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
韓国文学の翻訳者による、韓国文学の読書案内。
大ヒットした「キム・ジヨン」が私たちにもたらしたものを語る第1章から、社会の矛盾やほころびをあらわにした、セウォル号以降の文学や現代の韓国社会を説いた第2章、
IMF危機や光州事件など韓国の軍事独裁政権と経済成長の時代背景を、文学から読み取る3~5章。そして韓国エンタメとは切っても切れない朝鮮戦争と分断、文学との関係を解説した6~8章。
時代をさかのぼるようにして、重苦しい歴史や社会が生みだした韓国文学作品を紹介しながら、その魅力をつづっている。斎藤さんの文章の味わいも手伝って、紹介されている作品を、次々読んでみたくなる。
さらにこの本の中で、韓国文学によって逆照射されている日本文学も、いま一度読んでみたいと思った。
知っているところでは堀田善衛の『広場の孤独』と韓国の崔仁勲による『広場』の対比などはひざを打つ面白さだった。
さまざまな知的欲求を刺激してくれる、素晴らしい一冊。期待以上だった。

はだしのゲン 第1巻 青麦ゲン登場の巻
2022/10/28 18:00
原爆が落とされるまで
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
『はだしのゲン』第一巻は、主人公・中岡元の家族の戦中から広島に原爆が落とされるまでのことが描かれています。
「戦争反対」を公言し、目を付けられていた元の父親の発言は、現代から見れば至極まっとうだが、当時は世間から「非国民だ」と白い目で見られ、ひどい目に遭います。息子(元の兄のひとり)が「非国民」でないことを証明しようと、海軍へ志願することになるのが切ないです。
世間というものが、いかに全体主義に染まっていったか。そこから抜け出すことがどれほど(そんなにも)困難だったのか。軍という組織がいかに理不尽なものだったか・・・そうした実情が伝わってきます。
そして、8月6日を迎えます。原爆は、まっとうな人もいじわるな人も関係なく、命を奪います。

ある男
2022/09/07 12:36
深みにはまる
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
文学性社会性エンタメ性、どの角度から迫っても満足度の高い作品。
ある弁護士が依頼を受け、亡くなった「ある男」について身元を調べる、というのが話の大筋だが、人の一生とは何なのか。深く考えさせる小説だ。
冒頭から謎めいた男性が現れ、ミステリータッチで物語が始まる。
取り憑かれたようにどんどん読み進んで、しばらくした時、「え!」と衝撃が走る。あらすじを知って読んでいても読者をいちいち反応させる平野啓一郎氏はすごい。
人は誰かの人生を生きることができるのか、人の名前や生きてきた道とは何なのか、ヘイトスピーチや死刑制度、戸籍や姓名を巡る問題などを織り交ぜ、一気に読ませる。

禁じられた原爆体験
2022/04/03 12:34
何度読んでも素晴らしい
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
被爆者でもある研究者で詩人の堀場清子さんが、1980年代にアメリカに渡り、プランゲ文庫/GHQの検閲を資料で追跡、調査した記録。
占領軍の言論統制だけでなく、それに対し、自己規制したり水に流したりした日本人の書き手の執念の欠如にも厳しい目を向けている。
1995年の著だが、何度読み返しても興味深い。

水曜日の凱歌
2022/02/17 15:16
多くの人に読んでほしい
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
今ではあまり知る人もいない、特殊慰安施設協会(RAA)が題材。主人公の少女が、日本の敗戦に向き合う物語だ。
終戦の日のわずか3日後、当時の内務省は、求められてもいないのに、占領軍向け慰安施設を設けるよう各府県へ指令した。「一般婦女子を守るために同族女性をもって防波堤とする方策」という、いわゆる「性の防波堤論」である。
実際に「女事務員募集」などと集められた女性が米兵らの性処理をさせられたようだ。だが実際、「防波堤」にはならず、何より「防波堤」とされた人のことを考えると胸が苦しくなる。
そんなつらい史実を、小説の形で、決して感情的になることなく、その時代の少女の目を通して淡々と描いている。
文化庁芸術選奨大臣賞も受けた良作。多くの人に読み継がれてほしい。

歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで
2022/01/04 20:32
欧米の歴史修正主義
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
歴史とは何か、というところから、なぜ歴史修正主義が生まれるのか、どんな議論があったのか、
を欧州(特にホロコースト否定論)を軸に解説してある。
映画にもなった「アーヴィング裁判」などにも紙幅を割いてあり、興味深かった。
印象に残ったのは、こうした裁判が明らかにしたのは、意図的に資料を読み替え、自らの政治信条に都合の良い歴史を書く人間を論破し、社会から悪しき言論を除去するには、膨大な時間、労力、資金が必要であるという事実―という部分。
そして、こうした歴史の否定や歴史修正主義は、その出来事を経験した当人を確実に傷つける=歴史の当事者に対する攻撃だというもっともな指摘。
さらに、歴史修正主義を生み出す社会の側の問題にも疑問を投げ掛けている。
「まず私たちの知的怠慢が批判されるべきではないか」と。
遠く感じるホロコーストなどの話が中心ながら、非常に興味深く、ぐいぐいと読ませる。
資料的価値も高いと思う。
ただ読み進めていて、では日本はどうだろう・・・と聞いてみたくなる。(一部に触れてはあるものの)
筆者の専門とは違うのかもしれないが、 日本の歴史修正主義/歴史否定論者などについても論じてもらえたら、
より歴史修正主義を生み出す社会の側の問題について、自分の問題として考えられるように思った。

ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言
2021/11/20 23:04
たくさんのメッセージ
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
認知症の人への偏見はないつもりだったけど、自分が認知症になったら人にはもう会いたくないとか、人生終わりだな、などと、考えていた。
認知症医療の第一人者、長谷川和夫さんの言葉の数々を、本書で読んで、そうした考えのおかしさに気付かされた。
認知症になったからといって、急にその人が変わるわけではないし、人生は続いているのだ。
認知症とは、治らない恐ろしい病気、何も分からなくなる病気と思っている人は多いと思う。
認知症でない人間が勝手にステレオタイプに受け止めているだけ。
実際には、できるところとできないところ、調子の良いとき悪い時がグラデーションみたいにあり、みんな同じでもない。考えてみたら当たり前のことだ。
自身も認知症になった長谷川さんが、
認知症になると周囲はこれまでと違った人に接するかのように叱ったり子供扱いしたりしがちです。だけど本人にしたら自分は別に変わっていないし自分が住んでいる世界は昔も今も連続している(略)途端に人格が失われたように扱われるのはひどく傷つきますし、不当なことです。
とつづっている部分は、胸が締め付けられた。
長谷川さん、たくさんの言葉を残してくださり、ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。