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軍政により国名がミャンマーと改名されたビルマ。
本書は題名からも分かる様に、この国を完全支配し、逆らう国民に対して容赦のない弾圧を加えてきた指導者タンシュエをテーマにした本です。
また、彼が最高権力に上り詰める過程を通してビルマの歴史も描いており、その為、単にタンシュエの犯罪やその人間性への表層的な理解を超え、もっと深い理解が得られる一冊となっています。
とは言え、著者自身も断っている通り、タンシュエに関する情報自体が極めて限定的である事や著者の人権活動家としての立場が本書の公平性に影響を与えている可能性を留意する必要はあります。
さて前置きはこの位にして、以下で簡単に本書の内容紹介。
本書によれば、タンシュエ指揮下のビルマ国軍は
少数民族へのレイプ作戦の実施や「ビルマ軍兵士に捕まった男性が目玉をくり抜かれ、唇と耳を切り落とされる」等の残虐行為を繰り返す民族浄化を実行し、国際社会の強い批判を浴びる。
この批判の強さは、通常であればその中立性に対して厳密な注意を払う国際赤十字でさえ軍政を批判する声明を発表する程。
当然、アメリカ政府もタンシュエらを批判しているが、
その一方で同政府を退職した元職員がビルマ軍政のイメージ向上の仕事を請け負い、石油メジャー・ユノカル(後、シェブロンに買収される)は自社の経済活動が引き起こす少数民族への残虐行為の可能性を知りながら、同国を通るパイプライン設置に関与。
またアメリカのみならずシンガポールも軍政に武器を輸出して利益を手にし、中国に至っては2007年12月から2008年8月までの間、4回に分けて砲や軍用トラック750台を軍政に提供した他、戦車、装甲人員輸送車、沿岸巡視船、小火器、系兵器、兵站・輸送設備を売却。
更には軍事アドバイザーや建築事業を行うエンジニアまで派遣。
これら全てはビルマから得られる利益の為です。
例えば中国から見れば、ビルマ経由のパイプラインが通ればマラッカ海峡を通らずとも中東の石油を自国へ輸送できると言った大きなメリットがある他、市場価格よりも圧倒的に安いバーゲン価格でのビルマ産天然ガスの購入等の見返りがある。
またこれ以外に、世界で流通するルビーの9割がビルマ産である等、同国は豊富な資源を有しており、軍政はその売却により多大な利益を手にしている。
その一方で資源売却の恩恵を一切受けられない国民は貧困に苦しみ、ビルマ経済は破綻しているのが現実です。
とは言え、タンシュエとは言えども国際社会の強い批判を完全に無視する事は出来ず、その為
国際的な批判を浴びると一端はその批判に応じ、例えばアウンサンスーチーとの対話に応じるかの様な姿勢を見せるが、実際には様々な"事情"を述べ立てて時間を稼ぎ、国際社会の注意がそれた時点で反故にする。
と言う事を繰り返してきました。
ここまで読むと、タンシュエとは狡猾で頭の切れる人間かと思われるかも知れません。
しかし、彼に対する評価は直接接した事のある人間の間でも極端に分かれており、例えば
・軍政士官が「我らの指導者は無学だ」と述べる。
・権力の階段を登る途上、上官を含めた周囲からは無能と見られてきた。
・腰がとても低い一方で階級意識がとても強く、社会的地位の低い義理の息子の両親が病に伏せても一切見舞いに行かないと言う、ビルマでは言語道断な無礼を働いた。
・自分の意見を主張せず、代わりに上の機嫌をうかがって来た。
・しかし、ただの無能とは決して言えず、権力闘争に打ち勝ち、ビルマを長期間にわたり絶対支配下に置いた。
・また、会う相手によってはとても魅力的な振る舞いも出来る。
と、その多面性が伺えるものです。
これはタンシュエが、
有能な他者が自らを主張し、功績をあげるとともに敵を作る様を、上官の庇護下と言う安全地帯から息を潜めながら観察し、彼らの強みと弱点を理解。
そして最高権力への絶好のチャンスが到来すれば、これを確実に物にした。
と言う事なのでしょうか?
いずれにせよ、現在タンシュエは(少なくとも表向きは)権力の地位から引退しています。
なんら責任を問われぬまま。
色々と書きましたが、本書は秘密のベールに包まれたタンシュエの実態に迫った一冊となっています。
冒頭でも書きましたが、本書内の記述の確かさは著者の断り通り、確実性には若干劣るものもあります。
しかしながら、入手可能な情報をまとめ、ビルマの独裁者の実態をここまで分析した日本語書籍は、少なくとも私の知る限りにおいて本書をおいて他にありません。
原著が執筆された時期が数年前の為、最新の情報には対応できていませんが、現在のビルマの状況を読み解く"基礎体力"を与えてくれる一冊。
ご興味をお感じになられれば、一読される事をお勧め致します。