紙の本
時を超えた愛の形が匂うように美しく、比喩は幾重にも重なった野いばらの花びらにも似て
2012/01/30 17:30
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ろこのすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公、縣和彦(あがたかずひこ)は醸造メーカーの社員である。彼はバイオ事業部に配属され、以来企業買収の仕事につく。買収の対象は花の種苗会社。
花は工業製品である。そこで売買されるのは花という形に変わった知的財産権である。
妻と別れ、心にぽっかりと穴の開いたような主人公は種苗会社の調査中、偶然手にしたかつての英国軍人の古びた手記を手に入れる。その手記は静かな英国の田園地帯、コッツウオルズの一軒の家での出会いから得たものだ。
その手記を主人公が読むところから150年前の幕末の横浜へと一気に読者を物語の中にいざなう。
生麦事件直後の横浜で幕府の情報調査の命を受けた英国軍人と日本人女性との秘めた想いが、「種」「花」を伏線に花開いていく。英国軍人の眼からみた幕末の日本。美しい日本の庭の佇まい。日本女性「ユキ」の所作や言葉は、武家の息女という出自からかもしだされる凛々しいばかりの美しさがきらめく。英国軍人エヴァンズが次第にユキに心をうばわれていく様子がこの物語を花のように咲かせていく。花のようにと言ったが、この物語は「種」「花」を伏線として様々な比喩にいろどられていて、幾重にも重なるバラの花びらのようだ。その比喩の美しさを引いてみよう:
英国軍人エバンズは江戸まで愛用のヴァイオリンを携えてきて、ユキの前で弾き終わって思う言葉。
「音楽は花に似ている。音は生まれたとたんに次々と消えていき、とどめることはできない。
しかし、楽譜という記号に変化することによってその生命は輝きを硬い種子に閉じ込め、長い時間を生き延び、生き延びるだけでなく何者かに運ばれて自由に世界を旅するように。楽譜が音楽の種子だとすれば、種子は花の楽譜であり、流れ着いた旅先でその生命は再び解きほぐされ、美しく蘇るのだ」
「ひと時の間だけ虚空に咲き、漂い、消えていく幻のような美しさ。その流れ去る美しさはとどめようがない。しかし、その美は繰り返し再生可能な生命の永遠性につながっている。それが音楽であり、花であると。一瞬でありながら永遠であるゆえにわたしたちはそれを愛するのであると」
日本原産の清楚な花、野いばら。それは日本女性の清楚な佇まいにも似ている。この花が幕末の攘夷の嵐の中から欧州にその種子をもたらせたのか?上記の比喩がやがて来る結末を暗示していたことが読了後にわかるしかけとなっている。
一人の英国軍人の日本女性への秘めた想いの花は、与えられた本分を全うしようと懸命に生きてきた時の人たちと共に、種子となり運ばれ、現代に花を咲かせた物語であった。
歴史ロマンでありながら、時を超えた愛の形が匂うように美しく、ため息が出るほど麗しい読後感となった。
※日経小説大賞受賞作であるが、審査員満場一致の受賞とはうなづける。
読後、本書にも出てくるバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを心ゆくまで聴いた。読後の余韻がさらに極まったのは言うまでもない。
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評判が良さそうだったので、読んでみましたが読む価値ありです。
読んでいるうちに、どんどんと引き込まれます。
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ワタクシモニゴザイマス
同じものを同じように美しいと共感できる人に出会えるって素敵なことだと感じました。
それに当たり前にある日本の風景や文化も、外国人からみるととても美しいものとして映るのかと誇らしく思うと同時に、私自身ももう少し日本の文化や歴史について学んでみたいと思えるような本でした。
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読み終わった後、なにかさわやかな気分になれました。
うまくは言えないけど、人が人生において一度くらいは経験するだろう、というくらいの、心にとどめておきたい大切な思い出。
ありえないような偶然や奇跡、スペクタクルを描いた派手な物語もいいけど、こういう肌触りのやさしい本が僕は好きです。
比喩表現がちょっとだけくどいかなってところも有るけど、一気に読み通せるような滑らかさがあります。
おススメです。
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あるイギリス人の残した幕末当時の出来事、自分の心内を綴ったもの。
100年間は見てはいけないという大切な大切な想い出が紐解かれる。
どんな時代にも名もなき人々の暮らしがあって、想いがある。
そんなことをそっと思い出させてくれる物語。
こういうトーンと物語に出合うとほっとする。
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新年早々、とてもいい本に出会いました。
とにかく表現が綺麗。
21世紀のイギリスにて、たまたま趣のある庭を持つ家と遭遇する一人の日本人。
彼はそこで「日本人に読んでほしい」としたためられた一冊の日記に出会う。
その中には・・今から150年前、幕府の軍事情報探索の命を受けて日本に派遣された一人のイギリス人がある日本人女性に抱く切ない恋心が描かれています。
彼らはお互い好意を抱くものの、背負う任務もあり、お互いがその気持ちを秘めたまま日々をともに過ごします。
「同じものを同じように美しいと感じる。それだけがどれほど人を満たすことだろう。分かち合うことができれば、苦痛でさえ、ときにわれわれに活きる意味を与える。」
・・ほんとにそうですね。
「この世には二種類の人間がいる。すべての問いには答えがあると信じて疑わない人間と、この世界が答えのない問いにあふれていることに黙って耐える人間と。」
最近、答えのない問いがあることに気付いた感じのする私にとって、この本に出会ったタイミングもちょうど良かった気がします。
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日本開国前夜、イギリス将校・エヴァンズと
彼の日本語教師・由紀の、古く美しい恋物語。
由紀の兄が言うところの
「百回生きても使い切れないほどの富を追い求め、
まだ満足しないような化け物になる競争に参加する」
ことになってしまった今の日本を、強く考えさせられる。
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静謐。
一言で表すとしたら、この言葉以外にはない。
身分を越え、国境を越え、時を越え。「想い」がそこに永遠に咲き誇る様に、素直に感動する。
稚拙な表現だけれど、「自分が今そこにいるかのよう」に思える作品。
静かに流れるような文体が、読み手の心を落ち着かせてくれるからこそだと思う。
昨今の『バカ売れ本』にはない、素晴らしい本に巡り会えた。
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時空を越えた設定、着想と、冒頭からの文章力、展開力に思わず引き込まれるところは素晴らしい。しかし、中半、後半にかけての中だるみ感とエンディングの物足りなさがあり、読後感は、あまりスッキリとはしませんでした。ただし、文章力が素晴らしいので、次回以降の作品に期待大です。
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幕末の横浜に赴任した英国軍人エヴァンズが、簡素な暮らしの中で高度に洗練された日本人の美意識に心を奪われていく過程の描写がたまらなく美しく、そしてせつない。時空を超えた物語の展開も秀逸だが、もう少し余韻に浸れるような結末を用意して欲しかったのが本音である。この点を差し引いて☆4つ。
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幕末の混乱期に日本へ赴任した英国軍人と彼に日本語を教える事になった武家女性の物語。開国に向けて、やがては維新に向けて混乱し騒然とした巷の雰囲気とは対照的な二人が過ごす寺院での静謐な雰囲気。
日本にあった”良きもの”を英国人の主人公が述懐する場面には感慨深さがある。
己の分を知り日々の暮らしに満足し誇りを持って仕事をする。
西洋的な考えだけでは測りきれない幸福の表現は今でも通じるのでは。
音楽と花についての美しい表現をはじめ、文章の美しさに圧倒される。
ただし、現代の部分はちょっと唐突で繋がりが感じられない。
ラストシーンのためだけに無理につなげたような印象があるのが残念。
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幕末の不穏な空気の中で、日本語を習うということで知り合ったイギリス人エヴァンズと武家の離縁された女人ユキ。決して結ばれることのない運命の二人に通う静謐な時間と情感の美しさは素晴らしい。それを現代の視点で振り返るという二重構造はあんまりいいとは思わなかった。
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よくできた話ではある。生麦事件あたりの日英関係や江戸・横浜あたりの様子もイメージできるようになる。ただ、登場人物の造形やストーリーはありがちで、海外出張のビジネスマンに免罪符を提供するような語り口が、どうも自分の趣味にあわない。日経小説大賞受賞ということについては、妙に納得した。
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今年読んだ本でベスト。オックスフォード近郊の庭園から幕末の生麦事件後の横浜にタイムスリップ。イギリス武官エヴァンスと攘夷派に通じていると思われる聡明な日本語教師由紀との愛の行方が抑制がきいた筆致で描かれます。文章が素晴らしい。景色、花、人物が活き活きと描写され本の中に入りこんでしまいます。二人の愛の象徴である野いばらの群生、匂いに最後圧倒されました。また江戸時代の日本文化の質の高さ、規律、清潔もエヴァンスの目から語られています。映画化を期待したい作品です。読後無性に藤沢周平を読みたくなった。
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読み進むほどに切なく、そしてあたたかな気持ちになった。
もの言わぬ「吉次」が多くを語らぬ二人の間で重要な役目を果している。
子孫の女性と縣、そして縣と昔の知人の出会いもエッセンスとなっている。
昔読んだ、つげ義春の漫画を思い出した。
久しぶりに読み終わるのが惜しいと思う作品に出合った。