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著者は自分にはめずらしくちょっと変わった形で自己啓発の様な本を書いたといったことを言っていたが、こんなにややこしい自己啓発なんてあるか!と思う。
現実があり、それから逃れ、妄想?の様な逃避に行き着き、その妄想も現実があるからこそ成り立つため、いずれ限界が訪れ、やはり現実にたち帰り、現実を容認するしかなくなり、終いには現実を肯定する。
といった変遷を時代の変遷と共にかかれているのだが、起きてしまったことは良いことも悪いことも含めしょーがない。
なぜなら、どうしようと未来は決まっているのだから。
仮に、決まっているから何もしないというのは、何もしない未来が決まっていたというメタ的な視点まで含めて、起きた以上決まっていた、だからくよくよしてもしょーがない
誰もがわかっていながら、普通できないことをいかにできる様にするかということがテーマ。
世界はある種、無限の様に見えるが、それは幻想であるし、それに対し自分は一つという有限の中で生きている。
そこに問題があるが、しかし自分が一つである必然性は本来ないし、普通、様々な場面に合わせて、自分を変えている。
しかし、選択や決断を迫られる時、本当の自分なるモノが必要だと思い込むし、要求されている気がしてしまう。
アイデンティティやパーソナリティといったもの。
それはゲームがマルチエンディングが流行ったが、次第にトゥルーエンドが求められる様になったのと同じ精神性ではないかという所などゲームほとんどやらないけど納得。
過去に起きたことは「既知」、未来にあることは「未知」、未来のことを知ろうとするのは「予知」、で、「未知」を楽しもうって話なんだと思う。
参照されている、書籍や映画など興味をそそる物が多く、著者の考え自体とても面白く、それだけでも読んでよかったのだと思う。
世の中すごい人が沢山いるし、それだけでも常に膨大な未知が転がってるなと思う。
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大学で授業取ってた時はニット帽にジーンズで、こんな大学教諭ありなのか?!
と思ったけど、すごいまっとうなこと書いててびっくりした!!
流し読んじゃったからあんま細かいこと覚えてないけど、
過去は物語の中にしか存在しないという私の大好きなテーマに振れていたり、マルチエンディングとアイデンティティの話とか納得感たっぷりでした。
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あらゆる夢、あらゆる幻。その中には、この世界も含まれている。無限の幸福と無限の不幸のはざまにあって、なんの変哲もないように感じられる世界。
そしていま、おれはここで、夜の闇を見上げ、自分の目に映っているのが無限の空間なのか、それともまぶたの裏側なのか、わからずにいる。
だが、その答えを知る必要はなかった。眠る気になるには、心の中で何度も繰りかえし唱えればいいのだからー
ここには平凡な日常がある、と。
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世界を肯定するお話でした。
「後悔することがなければ過去は存在しない」ってところにちょっと感銘を受けたのでした。
しかし哲学ってな答えのでない学問だね。
俺の哲学は何処…
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読み終わった後、日常すべてインプロなんだって思ったら、ふと相手の目の中までを見つめてしまって、何かが始まる予感がした!
ああ、麗しき虚構。
世界が近くにあります。いま。
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インターネットによって無数の情報を可視的に表示することが可能となり、それによって生み出されたセカイとワタシたちは日常で意識せずとも触れ合っている。
たしかに、例えばgoogleひとつとっても、そこでの検索結果にすべて目を通すことはできない。ヒットした検索数は膨大で、その知り尽くすことのできない知識の量に圧倒されて、何からどのように手を付ければいいのか、わからなくなることってよくある。
さらに、筆者の言うとおり、そうした情報から作り出されたセカイの外延として物質的な(私たちの生きる)世界が広がっている。
そうすると、無限の広がりにも近いそれらを前に、どうしてもワタシの有限性を意識させざるを得なくなって追い込まれる。
そうしたワタシの有限性は逆に可能性なのではないだろうか?そんな著者の逆説的な問いかけから、3.11や秋葉原無差別殺人事件といった社会の変換点を阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件と対比させながら切り込む第一章、時間と運命について哲学的原点から解説する第二章、それらの討論を包括して、無限のセカイとその混沌に、どのようにして有限なワタシが切り込み、未知なるもの(つまり新しい運命・世界・社会)を切り開くべきなのだろうかという壮大なテーマを取り扱う第三章まで、深い思索を誘う展開となっている。
また『ゼロ年代の想像力』や『動物化するポストモダン』といった現代日本を語るうえで参考となる著作からの引用や、それに対する著者の指摘など、多角的な内容も非常に興味深い。
しかし、例えばSNSみたいに、面識なくてもシンパシーだけでつながりあえてしまうっていうのは、ある意味でインスタントな関係で、そこで生まれる関係性には、自分の意思決定を超えた偶然性の働きを感じる。でも、それは自分の選択の結果に過ぎない。この世界では、その他の在りえた事柄、つまり膨大な量の可能性に圧倒されながらも、最後には自分の決断で選択し、前進しなければいけないから。
だから、著者のいうパラレル的な世界観の否定っていうのは、この世で自己矛盾や精神分裂しないための処方箋のようにも感じる。結局、選び取ったものが現実すべてなんだと。後悔するなというわけではないのだけれど、過去にしても未来にしても、必然に基づく偶然なのだという著者の解釈は胸にスカッと響く。
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意外にも読後感が爽やかだった。いわゆる自己啓発本ではなくて、むしろ思想ものなのだけれど、生きにくいこの世界をどう生きるかの手掛かりを提示している。
とかいいつつ、途中で読み飛ばしたりしてるので、暫くしたら読み直そうと思う。
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無数のバリエーションの「セカイ」を提示するこの時代にあって、1つでしかありえないこ「この」私をどう肯定していけるのか?
自分が漠然と考えてきた事の枠組みをクリアにしてくれた1冊。素晴らしいの一言に尽きる。
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センター国語に出題されていて面白かったので、図書館で予約し、やっと回ってきたので読んでみた。確かに枝葉をぶった切って出した感はあるけど、若者に向けたメッセージとしては伝わりやすい部分かな。作品全体としては、70年代〜テン年代を抽象的に分析する時代考察としては面白かった。
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2015年のセンター試験問題になった本。一部分のみ切り取られるから、本来の内容とはちょっと違う方向で捉えられてしまったようですが。
時の流れの中での「今(現在)」と「世界(現実)」について、哲学する本です。
「過去」「現在」「未来」の関係性、見えている「世界」は本当なのか?夢なのか?という実在、これらは誰でも一度は考えたことがあるテーマだと思いますが、これらに対して非常によく練られたストーリーでガイドしてくれる本でした。
ただ、テーマの性格上仕方ないのかもしれませんが、ちょっと難しいというか、読み辛さはあります。著者の癖なのかな?個人的には結構面白く読む事ができました。