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この本の著者辻井喬は、元セゾングループ代表の堤清二その人である。経営者として、かつ作家として二足の草鞋を履いた稀有な人でもある。この人の本を読むと、この作家と経営者とのギャップにいつも違和感を覚えるが、決して嫌いな訳ではない。
かつて、著者と司馬が無名の頃同人誌の仲間であった事から、著者の司馬を見る目は常に優しく温かい。
かつて軍閥と財閥が結託して日本全体を無謀な戦争へ引っ張っていった昭和という時代への疑問が、司馬遼太郎という作家を誕生させた。その彼が国として堕落する転機を日露戦争で奇跡的に日本が勝ったことを見つけ、危うかった真相を知らず、知らされず、舞い上がった大衆の愚かさと、そこにつけ込んで煽るメディアの低俗さを知り、そこから「坂の上の雲」が書かれたというのは至言である。ただこの作品は余りにも面白く、先年3年掛かりで放送されたNHKの映像になってしまうと、司馬の前述した思いは雲散霧消して、戦いの高揚感が先行してしまう。司馬は生前、この小説を映像化することは嫌がっていたという。確かに司馬作品の中で、「竜馬がゆく」に次いで、1800万部も売れた大ベストセラーとあっては、映像化された途端に一人歩きしてしまうだろう。
また、私の好きな「街道をゆく」については、「末期市場経済に荒らされていないもう一つの日本の姿を、国の内側と外側から示してくれている」と書いてくれているのを見て、嬉しく思ったりした次第で、再度読み直したいと思う。