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与党経験の浅い民主党の政治家は市町村長の声を政策につなぐという経験と技術を持っていない。
野田や政権の中心にいる同世代の政治家が民主党という器によて何を成就しようとするのか、疑問は深まるばかりである。
実体政策レベルの転換は小沢一郎という個人の判断と力量に負うところが大きかった。党内の議論の蓄積ではなく、属人的要素に依存するという点に民主党の政策準備の限界があった。
自民党が半世紀以上にわたって与党として権力を分け合うことを最大の存在意義としてきたのに対して、民主党は非自民が小選挙区を生き残るためのいわば方便だった。
霞が関でも高い威信と大きな力を持つとされる官庁の官僚は政権交代にもかかわらず、自らの政策を追求し、そのためには国民に選ばれた政治指導者を侮蔑し、追い落とそうとすることさえ平気だった。
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【読書その17】政権交代前から、民主党を軸とする政権交代の必要性を説いてきた、北大教授の山口二郎氏の著書。
政権交代前の「政権交代論」に続き、平成21年9月の歴史的な政権交代後、約2年半が経過した後、改めて交代後の軌跡をたどり、政策形成の在り方、政と官の関係、国会政治の形などを通じ、民主党政権の意義等を検証。
著者自身の政権交代への想いもあり、熱くなりそうなところ、冷静かつ客観的に分析をしている良著。
政権交代を振り返ることは、年金分野で昼夜問わず、命を削りながら奮闘していた激動の日々を振り返ること。
政権交代してもう2年半が経過したのかと非常に考え深い。
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民主党の論理的支柱とでもいうべき山口二郎氏の民主党の政権交代からの検証本。予想とはかなり違い、世論の支持を失った民主党ではあるがその原因はどこにあるかを検証している。
1章で、鳩山、管、野田政権について総括し、2章で議員官僚制ともいうべきシステムの問題点について述べている。3章では、失敗した点について、税制、社会保障、沖縄基地、マニフェストなどの点から論じている。後の章で、政党政治、政治学、民主主義についても検証している。
読んでみて感想は、政治家も官僚も、国会議員の与党(民主党)も野党(自民党)も、国民も未熟であるということである。もう少し、知恵を回せばと思うのは、過去を振り返るからできる視点なのか?
このような場合にはスケープゴートをみつけたり、ポピュリズムが台頭しやすいが、原則・基本を押さえ、一喜一憂したくないと思わされた。
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民主党の政権交代をもう少し長い目で見てやってよ・・という本。
政治家には理念が必要と言いながら、理念で国民が動かされた小泉政権を「わからない」と言い、理念だけで推し進める名古屋市長や大阪市長を強引でていたらくと非難する。
政治学者とは所詮・・・後追い自殺するのがせいぜいなのかも。
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民主党の学者というイメージが強い、山口二郎教授による今回の政権交代の仮総括。橋下徹大阪市長にバンバン論破されていた山口先生・・・本当に「政権交代とは何だったのか」という思いであったようだ。
本書は日本の現状の政治について分かりやすくまとめてあり、民主党の失敗を身内から記述している点が興味深い。と、言うより勇気ある著書であると感じた。また、それをふまえた国会の実際の運用については、確かに考えておかなければならない部分である。
政治学の責任を論じている点からも、より具体的で行動的な学者であるということが分かった。ただ、最終的なまとめとして民主主義の帰結を論じている部分が散漫な感じだった。
今回の政権交代って本当になんだったの?という答えは見つかりにくい。
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野田政権に、国民に選ばれたという正統性はない。あまり背伸びするよりも、3・11以降の眼前の問題について、徹底的に対処療法を重ねるべき。
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政治の本は、分かりにくいと感じることが多かったが、ともも読み易い文章で、良く理解できた。
筋の通ったぶれない政治を強く望む。
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2012年発行。政権交代によって民主党が何を変えることができ、何が変えられなかったのか。政権交代のみが目的となっていて、代わってから何をするかが具体的でなかった結果が今ってとこか。第1章の最初のページのCO2の25%減については自分の認識と随分異なる……。
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かつて民主党政権への期待を表明していた著者が、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦の失敗を検証し、この国において成熟した民主主義が根付くために何が必要かを論じた本です。
政治的には中道左派の立場を取ることを明確に表明している著者だけに、政治の理念と政策に関する議論は視点がブレることなく、問題点が非常にクリアにされています。
その一方で、政権運営に関する議論では、著者自身の立ち位置があまりはっきりと見通せないように感じました。少なくとも「政権交代とは何だったのか」というタイトルを持つ以上、民主党の失敗だけでなく、政権交代論そのものに対してどのような問題が投げかけられているのかということも、併せて議論の対象とするべきでしょう。著者は「あとがき」で、「私にとっての責任の引き受け方は、政治の前向きの変化を的確に評価すると共に、政権交代以後の失敗を厳しく分析し、今後の政治のための素材を提供することである」と語っていますが、そのためにはもう少し息の長い議論が必要だったのではないでしょうか。
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著者は政権交代推進の立場のようで、民主党にはややひいき目の姿勢も感じられるが、3年間を振り返って評価する観点からは論点がわかりやすくまとめられている。
自民党政治では、公共事業補助金、護送船団方式による業界保護が中心で、行政指導や補助金の箇所づけといった裁量的政策が最もよく発揮された。競争力の弱いセクターで雇用が確保されることによって、貧困、失業のリスクから守られたり、「国土の均衡ある発展」のスローガンによって、空間的・地理的な平等が進められた一方、ルールのない裁量的政策は政策の形成と実施の過程が不透明で、無駄や腐敗、既得権を生み出す弊害があった。政策形成過程は会員制クラブのようなもので、自民党を支える支持団体が会員となり、政官財の鉄の三角形を形成していた。補助金、減税、保護規制などの政策介入によって対象者にもたらされる超過利得、レントシーキングが横行した。
橋本行革において、総合調整を行うための内閣府の設置、政策形成の司令塔としての経済財政諮問会議、規制改革会議、科学技術会議などの政策審議機関が設置され、内閣機能が強化された。小渕政権では、各省を指揮する政治家の役職として、副大臣、大臣政務官が置かれ、数も全体で70名程度に増えた。国会では官僚が答弁する制度が廃止され、与野党の党首が対面方式で議論する党首討論も取り入れられた。小泉政権では、これらの制度改革が定着し、特に経済財政諮問会議を活用し、経済界の首脳と学者が参加して打ち出された方針が予算編成や民営化の基本的枠組みとなった。
2006年に民主党代表に小沢が就任すると、「国民の生活が第一」という社会民主主義的な政策を前面に掲げ、2000年代の新自由主義的構造改革の否定と政府機能の拡大という政策が込められた。
本書の37ページでは、裁量的政策かルール志向的政策か、リスクの社会化か個人化か(平等か自由か)の2つの軸で政策を分類している。戦後の自民党政治はリスクの社会化と裁量的政策、小泉政権ではリスクの個人化が進められた。民主党は、リスクの社会化に戻して、裁量的政策からルール志向的政策に変えることを目指したと著者は考えている。すなわち、官僚のさじ加減や政治の力によって地域や弱者を支援するのではなく、制度的な再分配を目指した。
政権交代によって鳩山政権が実現すると、母子加算の復活、子ども手当や高校無償化といった生活第一の政策が実施された。事業仕分けは、俎上に載せる事業の選定を財務省に依存していたため、財務省が予算を付けたことを後悔した事業を廃止に追い込むために利用された面があった。沖縄基地問題では、党内に幅広い意見が混在しており、党としてまとまった独自の解決策を共有していたわけではなかった。外務・防衛官僚は従来の日米関係を維持しようとしてアメリカ側への助言をするなど、抵抗と背信の対応をしたことがウィキリークスが暴露した情報によって明らかになっている。わざわざ最も難しい問題を最初に選んで時間を費やし、鳩山自らが結論を出す期限を設定して自縄自縛に陥るという状況と作り出した。
菅政権は、参院選の敗北、党内対立、ねじれ国会、中国漁船の領海侵犯といった状況の中で、「国民の生活が第一」から経済成長の再現に修正して法人税減税とTPPへの参加というマニフェストにない政策を打ち出し、党内からの批判を招いた。原発事故を受けて脱原発の方向を打ち出したことは政治的リーダーシップを発揮したとも言えるが、政府与党の中でそうしたビジョンが共有されておらず、政策を追求するチームを作り、多くのスタッフの知恵を集めて物事を構築するマネジメントのリーダーシップを持たなかった。
野田政権では、税・社会保障一体改革の推進と消費税率の引き上げ、普天間基地の名護市辺野古への移設といった、自民党政治の継承の面が見られた。
民主党は、「自民党ではだめ」という否定系の命題を共有することによって共存しており、政治思想が異なる政治家の集団だったため、政権交代という目標以上を設定しようとすれば、党の結束は乱れた。小沢が掲げた生活第一というスローガンは党内の議論の蓄積ではなく、小沢にとっての権力闘争の道具として使われた。一方の小沢に対抗する菅や前原等のグループは、自民党政権と変わらない政策を主張していた。
政治も国という組織を運営することに他ならない。政策を実現するためには、それを実行するための十分な体制が必要だし、大きな改革を実行するには時間をかけて少しずつ行うことが必要だろう。こうした基本的な教訓を国という大きな舞台で得なければならなかったことは、国民にとって不幸でしかない。現在の一強多弱と評されている状況や、自民党に対抗できる巨大野党を目指す動きを見ると、再度同じ失敗を繰り返すのは容易に予想できる。政治理念や政策でまとまり、民意を反映した政権による実行力のある政治を実現するには、政党政治のあり方、政党交付金、党議拘束、選挙制度といった根本的な問題に手を付ける必要があるように思えてならない。
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民主党の失敗が、政権交代が目的化していたということにあると言う。確かに2009年の状況を考えれば、それが最大の目的だったことは明らか。そして、国民もそれに乗ったのだった。
次のフェーズは理念のぶつけ合いにならなければならない。エネルギー問題がそうで、林業問題もそうしていなかなくてはならないだろう。
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総選挙を前にして、前回の政権交代の総括を求めるため読んでみた。民主党のブレーンである著者がかなり踏み込んで旧民主党政権の失敗を批判している。どれも正しい分析だと思う。『何だったのか』と問われれば『失敗だった』と答えざるを得ない。一回の失敗で全てを諦めて良いのかとの投げ掛けがあったが、やはり今枝野さんが言っていることを見ると、全然懲りてないことがわかるし、まだ政権を任せるには至らないと思う。それが投票結果にもよく表れている。自民党はもう懲り懲りだが、さりとて政権交代の悪夢は嫌だ。そういう人たちが単なる自公補完勢力の維新に流れただけに終わった。