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kamosigiさんとの出会いが、この方との出会いでした。
はじめて読了したのが「ぐっどらっくららばい」
それからしばらく時間が経ちましたが、
たまたま用事で出向いた街の本屋さんで、
その用事が始まるまでの少しの時間を過ごすため、
お供に手にしたのがこの1冊。
折りしも幻冬舎「旬な女たちフェア」の1冊として、
文庫化されたようです。
とはいえ、ご本人のまえがき・あとがき曰く、
ほぼ新刊とのこと。
この1冊で、平さんまた好きになりました。
たまたまなんだけど、小林聡美のエッセイ読んだときも、
彼女も「落語」にはまってると書いてあって、
あと5年後、遅くても10年後、わたしにも落語ブームが来るかも。
そんな年代になるのかなあと漠然と。
それからなんだかオペラに触れたくなりました。
これもまたもう少し先の話かな。
とにかく女性の先輩としてこれからわたしが歩んでいく方向を、
先に歩いている方のお話ですから、これからまた、なにかの折りに、
何度も読み返したくなる1冊です。
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これを読んでると「平さん好きだなあ」とすごく思う。
好きなものを一生懸命語っているところとか。
SFで視点の転換を知った、なんて、ついつい「私もそうなの!」と言いたくなってしまう。
エッセイの一番最後、「頑張れ、わたし」は、ちょうど今、まさにそういう感情のさなかにあったので、思わず泣いてしまった。
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タイトルからイメージするものと、
たぶんこの中に納められている文章は
全然違うかもしれません。
裏書きによると、
「タイラ節満載の逆説的痛快エッセイ。」
です。
これは好き嫌いに分かれそうですが、
私は大好き。
平さんが二十代に抱えていたもの。
これ私もー!
と言いたくなることばかり。
そうかあ、
私だけじゃなくて作家さんだって
そんなコトを抱えてたんだあ、って。
もとは雑誌の連載だったようですが、
文庫で刊行されるにあたり
東日本大震災のことも踏まえ
かなり加筆修正されているようです。
やっぱりエッセイって
身近で近くでおしゃべりしているような
語りかけてくれてるような本が好き。
これは、ばっちりそれです。
バレエやオペラの魅力や
日本のファッションについて
年齢を重ねることについてなどなど。
正直、
この年齢になって
何も持っていない自分や
結果も実力も伴わない自分に
すごく不安だし自己嫌悪になるし
年を重ねるのが
怖いし恐怖に思ってて。
私が平さんになれる訳じゃないけど、
考え方をもっと増やしたり
人間の深みや
適応能力の向上は
年齢を重ねないとできないかもしれない。
私も平さんぐらいの年齢になったとき
振り返った自分の人生を
こうやって思えたらいいな。
そう思える一冊。
この方の著書もきっと
全裸なのかもしれない。
以前読んだ本を思い出しました。
「食料は身体の機能維持のためにあり、
フィクションは心の健康のためにある。」
「人間は、笑うことができるうちは大丈夫なのだ。
大口開けて笑ったら、緊張がほぐれる。
息が吸える。」
「どういうメカニズムなのか、わからないが、
夢中になり、そして感動なんかした日には、
何があっても前より元気になってしまうのだ。」
幸せを手に入れても、
自分がどうするかが問題。
幸せをもっと欲しがるのか、溺れるのか、
それを維持しようとするのか、すべり落ちるのか。
だから、少しだけの方がいい。
多く望むと壊れてしまうから。
読んでて気持ちいい一冊!
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これの単行本は、以前に読んでいるのだが、図書館の所蔵検索でタイラアスコ本を見てたら、書誌情報のところに「2009年刊を大幅に加筆修正」とあったので、大幅に加筆修正か!と思って、借りてきた。
2011年3月11日、「あの日がなかったかのように、それ以前と同じ内容のものを世間にお出しできない」(p.11)と、タイラアスコは思った。
▼不意に襲ってくる大災害は、ある意味、シンプルに生きる力を取り戻す機会になる。
被災者たちが願っているのは、幸せになることではない。穏やかな日常を取り戻すことだ。そのために、被災者はなんとかしようと日々、がむしゃらに生きるだろう。被災しなかったわたしたちが震災を忘れてしまっても。
でも、被災せず、穏やかな日常を送っているほうだって、無事ではいられない。何事もない日々ほど、誰にもわかってもらえず、誰とも共有できず、従って誰にも同情してもらえない個人的不幸と一人で戦わなければならないからね。(p.13)
本文を読んでいると、かすかに記憶にある文章にまじって、タイラアスコが3・11を経て思いめぐらせたことが書いてある。サバイバルにはフィクションを、絵空事バンザイ!とか。
「心の弟は韓国人」という文章のなかで、周囲への違和感が、タイラアスコとその心の弟である彼との通路になった、と書いてあった。この心の弟は、タイラアスコのデビュー短編集『素晴らしい一日』から、二編の映画を撮った人(*)。
▼自分の世界を自分の周囲だけに限ってしまうと、孤立するしかない。だが、今見えている狭い範囲の外側に、心の友達もきょうだいもいるのだ。
生きていれば、いつか出会える。必死になって探さなくても、きっと出会える。だから、長生きしなさい。(pp.117-118)
前に読んだときには、「幸せになっちゃ、おしまい」というタイトルのココロが、私はあまりよくわかっていなかった。と、この文庫を読んで思った。
人生にはアップダウンの法則がある、とタイラアスコは思っている。
▼一番いいのは、望みに向かって努力しているとき。いつか幸せになれるように祈っている間。そのとき、あなたの目は空を見上げているでしょう。美しいのは憧れや望みを持つ心、それ自体なんだから。(p.20)
幸と不幸、アップとダウンはワンセット。そう考えるタイラアスコは、文庫あとがきの最後にもしつこく書いている。
▼幸せは不幸の前触れだ。不幸になりたくなかったら、幸せになっちゃいけない。
不幸なままで頑張ろう。頑張れるのは、楽しいぞ。(p.213)
なんかちょっとだまされてるような気もするが、「不幸なままで頑張ろう」というのもありかなあと思いながら読み終える。
(9/6了)
*心の弟、イ・ユンギの映画
・「素晴らしい一日」
・「アドリブ・ナイト」
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もうあんまし内容の方を覚えてなかったりもするんですけれども、読書中はとてもタメになるエッセイだ…! と思いましたね!
ヽ(・ω・)/ズコー
僕は著者の小説もいくつか読んでいるので、今作を手にとってみた次第ですけれども、さすがはあのような小説を書くお方、エッセイの方も毒舌を含めながらなかなか面白い仕上がりになっているのでした…。
ヽ(・ω・)/ズコー
人間関係の機微? みたいなものにはやはり女性の方が敏感というか、鋭いところがあるんですかね…そんなことを思ったエッセイなのでした。おしまい。
ヽ(・ω・)/ズコー
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タイトルに惹かれ、平さんの本を初めて手に取りました。
人生の岐路に立ち、焦りまくっている私に「きっと大丈夫よ~」と語りかけてくれるような本でした。なんでも50歳になれば気持ちに余裕が出るとのこと。啓発本ではありませんが、著者独自の視点から日々の生活や人生を見つめていて若年者の私にはとても有意義な1冊でした。もっと自由な発想で生きたいな~。