投稿元:
レビューを見る
ここ数年,私には新刊に飛びつきたい気持ちにさせる作家がほとんどいなくなってしまっている.そういう中で水村美苗さんは貴重な例外.それにしても,前作「本格小説」からどれだけ待ったことか.しかし待っただけのことはあった.
前作と違って波瀾万丈な人生を扱っているわけではなくて,親の死,夫婦関係,そして自分自身の老いといった,誰もが多少なりとも経験することがテーマである.自分の意志で一人で生きるという,若いときには当たり前のように考えてしまうことが,親,家族,肉体の衰えといった要因で,歳を重ねるとなかなか難しくなっていくことをこの本は実感させる.それだけに,かなり身につまされ,自分の生き方を考えさせられる.私が主人公の美津紀と同じ女性だったら,たぶんこの衝撃はもっと強かったろう.
ただ,そうした不幸の中に沈潜せず,自分や母親を客観視するだけの理性,知性が,この本を重さから救っている.また以前の「私小説」を思い出させる姉妹の会話(ほとんどが愚痴だが)にはシニカルなユーモアすら感じられる.
文中あらゆるところで,ぴったりの表現や比喩が現れ,引用する間がない.昨今の濫造されている本とは格が違う.それでいてこのボリュームだから,書くのに時間がかかるのもよくわかる.でも次作はもう少し早く読みたい.「日本語が亡びるとき」から救うのはこういう優れた小説なのだから,水村さんが小説を書く意義は大きい.
若者向けの本があふれている中で,この本が大ベストセラーになることはないだろうが,日々生活に追われながら,人生の下り坂を意識せざるをえない私のような世代に,小説を読むことの意義と楽しみを与えてくれる本当に貴重な本.
星一つ減らしたのはこれを何度も読むのはきついなという気持ちから.この本自体に罪はありません.
投稿元:
レビューを見る
寡作ながら質の高い小説を書いている水村美苗の新作。小説には珍しい(だからこそテーマとして選ばれただろう)中年女性の人生について書かれた自伝的小説です。
素晴らしい小説です。あまりにも生々しく、読んでいて本当に辛く感じることも何度もあり、それでも先を知りたくてページをめくってしまうような作品です。しかし、その生々しさゆえにもう一度読み返すことはとてもできそうにありません。
例えば、母親の死を看取る描写。わがままに生きた母を看病しつつ、早く死んで欲しいと願い、計算高く遺産の金額を見積もり、憎みつつもやはり血のつながった肉親であるという関係。
あるいは、夫との離婚に悩み、離婚後の将来設計についてリアルな金額をあげてそろばん勘定をする描写。美津紀の家庭は一般的な基準で言えばかなりの高収入ですが、夫の慰謝料や母からの遺産、自分の所得を計算すると決して裕福な生活ができるわけではない。…そんな風に書かれると美津紀ほど恵まれていない自分の将来なんてもっと絶望的じゃないか!…と思ってしまいます。
「私小説」で描かれる行くも戻るも決断できない曖昧な葛藤に、年齢による「老い」が加わってますます自縄自縛になっているかのようです。中年女の業とはかくも深いものなのか。
投稿元:
レビューを見る
親の老後とか介護とか死とか、自分の老後とか、読んでいて身につまされて、めちゃめちゃ暗くなって苦しかったけれど、ものすごく引き込まれて読むのがやめられず、長さもまったく苦にならなかった。もっと続いてもいいくらい(「母」が亡くなってからは読んでるほうもほっとして読むのが少し楽になったし)、この先が知りたいくらい。
特に後半は、そうそう!と思ったり、ハッと気づいたり、まさに、共感と気づくことの嵐、っていうような感じで。もうすばらしかった。
人生なにも成せなかった、とか、思い描いていたようにはならなかった、とか、そういうふうに思っても、そういうふうに思う人はいるし、それでもいいのかも、と思えてほっとしたり。年をとってもいつまでも、なにか楽しいことはないか刺激はないか、とか執着するのはやめがほうがいいのかも、とかか考えたり。なんだかこれからの生き方までいろいろ考えさせられたような。
あまりにいろいろ自分の気持ちに沿うようなものがあって、書ききれないし、うまく言葉にもできないような。
同年代(40~50代)はみんなそう思うのかしらん。
文章自体はウエットではなく、どこか客観的で冷静な感じもしてそれもすごく好き。
でも、読み終わったあとは、なにか少しさわやかというかすがすがしいような気持ちにもなった。
投稿元:
レビューを見る
残念。図書館で借りたけど、雑事に追われて読み切れなかった。時間切れ。全524頁中257頁まで。
親の介護や終末期のことなど、自分の経験と重複する点もあり、やや複雑な思いをしながら読んでいた。またの機会にゆっくり読みなおしたい。こういうお話がどういう終わり方をするのか結末が気になる。
投稿元:
レビューを見る
おんなもの。というか、母娘、家族の愛憎混じる物語から、最後は思いもよらなかった浄化へ。といったところか。
時代背景が物語のベースとして見えてきて、同じく新聞小説であった金色夜叉のエピソードが物語内の現実と、物語の中で読まれる物語としてうまい感じで絡んでくる。そして、フランスで金色夜叉に当たるのがボヴァリー夫人。
物語のようなドラマチックな人生を人間が求めてしまうのは、物語を知ってしまったからかもしれない。という問いかけには、なんとも考えさせられる。
意味と物語を求めすぎて、私たちは自然の流れでなんとなくどこかに流されていき、それを受け入れるのが下手になっちゃったんじゃないかと思った。
投稿元:
レビューを見る
新聞連載当時から掲載日の土曜日が待ち遠しかった「母の遺産-新聞小説」。そうそう、そうだったと思い出したり、ここは加筆されたのでは、と思ったり、ああここで唸らされたっけ、ともう一度感じ入ったり。
新聞連載のあと、このノリコさんのモデルでもある作者のお母さんが自分の生い立ちをつづった「高台にある家」も読んでいたので、今回さらに理解が深まった気がする。新聞連載当時はわかりにくかった金色夜叉のくだりや自分とお宮さんを重ね合わせてしまったお祖母さんの時代の話など、ノリコさん目線で描かれている「高台」を読んでいると読んでいないとではノリコさんの印象も違うのでは。
私にとってこの作品には、目を開かせてくれるような哲学があり、言い表せなかったがゆえに混乱し積み重なっていたものをどんぴしゃりと言い当ててくれる言葉ある。
またきっといつか読み直す。美津紀の年に追いついた時、ノリコ世代になった時、また違う感想を持つのだろうか。
この本を、あっという間に読み切ってしまったという母は、はたして誰の目線で誰に共感しながら読んだのだろうか。母親の性格からして、長寿だったがいろいろあった自分の母親の晩年をノリコさんに重ねていた可能性が一番高いが、私からすれば当然ノリコさんと母を重ねて読んでいたわけで、これは恐ろしくて聞くことができない問題です。
そしてもちろん自分自身もいずれ「ああ早く死んでくれ」と思われることを強く自覚しております。それは絶対にそうなると思う。。。
投稿元:
レビューを見る
母の介護と学者である夫の悩む大学講師兼翻訳家の50代女性が主人公。重いですが、リアルなテーマです。夫って、まさか、岩井克人がモデルじゃないと思いますが。『續明暗』は大学の時に買って以来、積読。『明暗』も読んでないから。その後、『私小説from left to right』『本格小説』はスルー。『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』は最近興味深んだ記憶が…
投稿元:
レビューを見る
母の死を願っている、というよりは、元気でキレイなままずっと生きていて欲しい、という思いが感じられました。過去にいろいろあった上に、我儘言い放題の老いた母にうんざりしていたとしても、やっぱり母娘。
それに引き換え、夫婦の絆は・・・。
投稿元:
レビューを見る
母に早く死んでほしいと願うのは不謹慎なのか?これは悲喜劇。分厚い本だけど、面白くて、最後まで飽きなかった。親の介護、夫の裏切りに疲れた主人公に救いはあるのか?百年あまり前の新聞小説、「金色夜叉」と現代の新聞小説の取り合わせが珍妙なようで、意外に効果的。
投稿元:
レビューを見る
水村さんは初読み。
中高年の母娘関係が圧倒的な表現力で描かれている。
緻密な内容にとにかく引き込まれる。
そして読後感もなかなかよい…久々のヒット。
リアリティがないのはフランス語ができるあたり…
そして結構な遺産が舞い込んでくるあたり…
装丁もいい。
『母の遺産』の『産』の字に指輪があしらわれてるのだ♪
投稿元:
レビューを見る
母・姉・夫との関係に振り回されながらも、自分の中で正当化し、受け入れていく。なぜここまで受け身になってしまうんだろうと、最後まで美津紀を初め、登場人物たちに共感できないままに終わってしまった。
土曜日の朝から、この新聞小説を読むのは重すぎる。
投稿元:
レビューを見る
『本格小説(上)(下)』があまりにも面白くて、こちらも読んでみた。親の最後を看取る場面や離婚問題、老後の暮らしなどとても現実的であまりにも生々しく、読むのがかなり苦しい。
特に母親が亡くなるまでの病院でのシーンは自分や母親の入院体験があるだけに、将来経験するんだろうという思いと共にリアルに迫ってきた。
母親が亡くなるまでを一晩で一気読みし、翌日、母親が亡くなった後のシーンを一気読み。後半(母親が亡くなった後)は、気楽に読めるし、箱根湖畔ホテルのちょっとミステリーチックな雰囲気やそこに集う人々との交流がなかなかよくて、人付き合いをあまり好まない私でもこんな雰囲気ならといいなと思えた。
読後は意外にもスッキリ。むしろ勇気が沸く。最後の姉の奈津紀の配慮はとても嬉しかった。これで何となく過去が相殺されるように思えたし、姉妹愛があることにもホッとした。そして姉の夫裕二の坊ちゃん育ち故の懐の大きさもホッとして、それと同時に哲夫は別れて正解だったと思わせる…、上手いなあと思う。
それにしても、どうみても主人公と著者が重なってしまうので、故に浮気夫は岩井氏なのかといぶかってしまう。
投稿元:
レビューを見る
お正月に相応しい長編小説。母であれ、姉であれ、理解し共感することは難しい。家族だからこそ憎んでも最後に母を許す主人公に、最後にこれから老いる自分にも人生に一縷の望みを与えられた気がする。暗く辛い話にもかかわらず、からりとした文章のおかげで読みきれた。
投稿元:
レビューを見る
彼女の小説は骨格が大きい。
なぜか気になる作家の1人。
亡くなった母に対する肉親であるが故の突き放した思い。
現在の著者の身の上と重なるのだろうか。
読み応えあり。
投稿元:
レビューを見る
おもしろかった!こういう、読みやすい良い文章で書かれた厚い本、長い小説が、私は好きです。水村さんの本は初めて読みました。他の本も読んでみたい。
余計なひとことー花が咲くのは、梅、桜、桃の順なのでは。