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老いにひとつの形容詞しかつけられないような人にはなりたくないと思った。家族がいまよりも家族だったころ、良い意味でも悪い意味でも縛り縛られてたころの、ひとりの尊敬する文豪の、実話。
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井上先生ごめんなさい。
私には難しい題材で、重たかったです。
でもそれは今だからで、あと10年したら変わるんだと思います。
いや、変わらないかもしれない。
そしたらそのまた10年後に読みます。
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自ら歩んできた道を消しゴムで消すように、老耄となっていく晩年から死に至る母の姿を描いた「花の下」、「月の光」、「雪の面」の三部からなる作者の自伝的小説。
巻末に年譜が添えられているので、作品が書かれた背景が分かるのでとても便利。
モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリ受賞、役所広司主演で4月28より原作が映画公開される。ちなみに、文庫カバー折り返しに特別優待割引券がついてます。 http://wagahaha.jp/
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読み助2012年5月16日(水)を参照のこと。http://yomisuke.tea-nifty.com/yomisuke/2012/05/post-9293.html
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時代背景など、難しい点もいくつもあったが、心がジーンとする小説だった。
家族をこんな風に見つめ続けられたら、見つめられ続けたら、なんというか幸せだと思う。
映画は見なかったけど、小説だけで十分楽しめた。
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老いていく母。こればっかりは、実際に体験した人しかわからない。第一章で共感できない方は、読み進めても無駄だろう。
親や祖父母が老い、身内のことを認識できなくなっていく過程を、客観的に淡々と語ることができ、あのもやもやした気持ちを言葉として表すことができるなんてーこれぞ作家、ということか。
主人公の捉え方は、理屈をこねて…という人もあるかもしれないが、身内なのに忘れ去られた人からしたら、救いとなる解釈ではないだろうか。
一気に過去を振り返るのではなく、5年ごとに母親への思いを綴ったことが、その時々の気持ちを書き表すことができていて、またとない作品となっている。
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私はこの作品を読む前に両親が早めに他界してしまったので、
両親が老いく姿や一緒になって老いの介護などする経験が出来ませんでした。
けれど病気になって今までの両親のまるえで違った姿を見るのは
とても辛かったです。
きっと井上さんも文章で表現されているよりも
見ているのはとても辛かったと想像します。
老いてしまって、今まで出来た事が徐々に出来なくなり、
意思疎通も上手くできなくなったりしていても
この家族はお母さんをみんなで支え合って少しでも
お母さんの立場、心の目線で支えているのがとても温かさを感じました。
人は誰でも老いていくものです。
老いていく経緯も人によってそれぞれですが、
このお母さんの場合は徐々に生まれた時のように戻っていくので
家族のみんなもそれを理解して支えているのが素晴らしいと思いました。
口に出して話すことは出来なかったけれど、
お母さんは本当はそれがとても嬉しくてたまらなかったと思います。
井上さんは複雑な環境で育てられましたが、
本当にお母さんが好きだったんだなと窺わせられます。
そしてお母さんも記憶が途切れがちでも我が子を忘れることがなく、
細い記憶の線を手繰り寄せながら子供達のことを想っているのだなと思いました。
やはり生みの母には勝てないです。
母は強しです。
まだ自分では老いというのは遠いと思っていますが、
けれどいつかは来るのです。
みんないつかは来るのです。
自分がもしこのような当事者になった時にどうなるのか?
それとも家族などにこのお母さんのような症状になったら
どう受け止めることができるのか?
それが私には課題だと思いました。
改めて親子の絆、家族のあり方を考えさせらる作品でした。
歳を重ねて再度読んだらまた違う感想にもなると思うので、
心の一冊にとどめておきたいと思います。
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80歳を過ぎて少しずつ記憶が消え、幼児化してゆく母と、見守る息子。息子の語り口調。映画では見せ場、泣かせ所があったが、小説はもっと淡々と描かれている。
「花の下」「月の光」「雪の面」の三部作。風景の中で、老いた母と若い母が合わせて描かれる場面があり、その文章が綺麗で感動した。
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中学生の頃、あすなろ物語やしろばんばを読んでいて、なんか洪作少年のときと印象が違った。あすなろやしろばんばは読んだ当時より年下が主人公だけど、本作はまだ相当先の話だからなのかな・・・なんて思ったり。
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母の頭を毀れたレコード盤が回っているだけの場所のように考えていたが、そのほかに何か小さな扇風機のようなものでも回っていて、それが母にこの人生から不必要な夾雑物を次々に払い落させているかもしれないのである。(82p)
映画を見て興味を覚えたので、20年ぶりぐらいに井上靖を読んだ。小説のようなエッセイのようなこの連作を読んで、やっぱり井上靖は上手いなあ、と感心した。乾いた文章の中に隠しきれない叙情性がある。
映画では、樹木希林の演技に総てを負っているが、小説では、「頭の中の消しゴム」や「レコード盤」等の絶妙な比喩を使いながら、耄碌していく頭を見事に描いていて、私の読んだ中て一番説得力のある認知症小説になっていた。単に病状の描写が素晴らしいだけでなく、毀れた頭を理解することで、自分の母親の人生を理解するようにななる。
おばあちゃんの時のことを思い出した。
驚いたのは、映画では一番涙を搾った「あの場面」が、じつは映画的創作だった、ことである。
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エッセイとは取りにくいけれど私小説とも違う不思議な語り口。自分の母親の老いた姿を通して人生の集約を見ている著者がいるが、その著者は読者自身でもある気がする。読み始めた当初は、この作品はいったい何を伝えたいのかと思ったほど的が絞れなかったが、これは人間の業と言われる物が書かれているのではないだろうかと感じるようになった。一人の母の人生ではなく人間すべての避ける事の出来ない人生のひな形のような物、でしょうか。
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老髦の母、壊れた精神と小さな体。著者の一人称を主体として、晩年の母をめぐる家族の様子を、淡々と、幾らか抑制の効いた語り口で綴る。
昭和の家族模様とはかくあり、また今日でもかくあるべきなのかもしれないと感じた。
壮年期を迎えた方々に、特に読んでほしい一作です。
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母が映画を観、とても良かったと感動していたため、
先に原作をと思い購入。
映画はまだ観ていません。
この原作を読み、どうして映像化しようと思ったのだろうか。
珍しく、、感想が、、ない。。
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高校時代に一度、春に映画を観る前に一度、 そして今回また読んだ。
同じ井上靖の作品で人の成長を感じたが、"幼少に戻る"老いの形もそれもまた人の成長のひとつなのだろう。
個人的に、高校時代より経て今、家族や親戚としてとても考えさせられた。
映画とはまた違う感慨。
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老いるって大変なんだなぁと思いました。
老いると赤ちゃんに返っていくとはよく聞きますけど。
これを読んでいるとうちの祖父母はとくに家族に迷惑かけることなく亡くなったなぁと思います。ぼけてもいなかったし。