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今春4月入学生から、地歴科も新学習指導要領に基づいて授業を展開することになります。新しい学習指導要領では、世界史と日本史との関連とともに思考力・判断力・表現力の育成がよりいっそう重視されることとなります。本書は新学習指導要領を見据え、「2013年度に向けた世界史の学習指導要領改訂は多面的・多角的に調べ論点整理し、問題の所在を自ら明確にして説明できるような力を、歴史の勉強を通じて身につけさせたい、という願い」(3頁)に牽引され、新世界史における重要な提言と指針の一つを示したものです。
本書の構成は大きく3つに分けられており、まず第Ⅰ章「世界史への多様なアプローチ」として最前線の研究者らによる世界史の見方・考え方・世界史学習についての提言がなされてあります。ここでは、地理の授業との関連やESD(持続発展教育)、海域史や環境史、グローバルヒストリーなどからのアプローチがなされてあります。
第Ⅱ章「生徒と共に創る世界史授業デザイン」では、実際に高校の教壇に立たれてある先生方からの思考・判断・表現の涵養をはかった世界史A・Bの授業展開の実践例が記載されています。
そして第Ⅲ章「広がる教材づくりの可能性と世界史教育」では、これまでの世界史の学習指導要領の変遷と中学校や博物館との連繋などが説明されています。中学校社会科との関係について、世界史は「日本史と地理は小・中学校の社会科でかなりの学習がなされているので、高等学校の日本史や地理との接続は比較的に円滑なものとなる。一方、それに比べて、世界史は小・中学校の社会科で扱われる学習内容が少なく、接続のハードルは相当高い。」(115頁)という指摘は、世界史教員なら誰もが感じる高い壁で、新学習指導要領では、中学校で学んだ地理や日本史の知識を世界史に結びつける主題学習を設けたこと、またその主題学習において中学校で身につけた技能などを用いる活動を積極的に組み込み、歴史的思考に必要な基本技能に関する中・高の接続の教科を図ったとしています。
本書の「今日、歴史教育の在り方をめぐって、異なる二つの議論が存在する。それは、「歴史は理解するものか」、それとも「歴史は解釈するものか」と言うものである。土屋武志によるば、前者は日本や中国、韓国など東アジア諸国で一般的な歴史教育観であり、そこでは学習すべき既成の歴史が存在しており、学習者はその内容を性格に暗記し理解することが求められる。後者は欧米諸国における歴史教育観であり、学習者は歴史事象の相互の関係を論理的に説明できることが求められる。後者の学習では、生徒は個々の歴史事象を取捨選択し組み立てることを通して、歴史を論理的に解釈することが重視される。日本の歴史教育の動向として、歴史を暗記科目としてとらえる意識は強いものの、その軸足が「既成歴史の理解」から「歴史の解釈」へとシフトして来ている」(119頁)流れは、正直危惧しています。欧米型の歴史教育が本当に優れているのか検証がなされず「欧米だから進んでいる」という固定概念で受け止められてはいないでしょうか? グローバル社会において欧米人と渡り合えるだけの言語活動能力の育成が大事なのは間違い��りませんが、欧米人(の政治家など)のように「個々の歴史事象を取捨選択」をイコール「自分たちに都合がいいものを取捨選択」するような人間を育てる教育になりかねない懸念をもっています。詰め込み教育と非難されてはいますが、世界史に関して広く深い知識を持つことは国際社会で活躍する人材には有益なことです。もっと従来の日本型の教育の利点も議論されていいのではないかと思います(100%素晴らしいと言っているわけではありませんが)。
あといくつか参考になった個所と疑問に思った個所を
・「(清王朝の貿易について)陸のロシアとの国境貿易はもちろん、海でも琉球の朝貢船が福州に来るから、「清朝が外国貿易を広東一港に限った」事実はない。この教科書記述や入試問題がまかり通ってきたのは、この部分が「中国史ではなくイギリス史」になっているからである。」(27頁)
→山川出版社の『詳説世界史』では、一応清朝の個所に「乾隆帝はヨーロッパ船の来航を広州1港に制限」と書いています。この個所は大阪大学の桃木至郎先生の記述ですが、ヨーロッパ船は広州以外に来ていたのか専門ではない私には確認しようがありません。
・「1560年代以降、経済が上向きのはずの日本列島で、価値を評価する尺度として銭を用いる貫高制にかわって米を用いる石高制が普及するのは、当時の良質銅銭の主要な供給元だった福建省南部との密貿易が倭寇討伐の結果として縮小したこと、ルソン経由のメキシコ銀流入により福建での銭鋳造自体がおこなわれたくなったこと等の理由で、日本への銅銭の安定供給ができなくなったためらしい。」(28~29頁)
・「(セシル・ローズがカイロとケープタウンに足を置いてアフリカ大陸をまたいでいる有名な絵について)原題のColossus of Rhodesとは元来、世界の七不思議の一つ「ロードス島の巨像」をさしているたまたまローズとロードス島の綴りが同じであるため、この構図が選ばれたのだろう。」(54頁)