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福島第一原発から離れているにも関わらず、放射線量が多い「ホットスポット」として悪名を馳せてしまった千葉県柏市。近郊農業にも大きな風評被害をもたらした原発事故の中で、柏が推し進めてきた「地産地消」への信頼をいかに取り戻すかということの苦悩が描かれている。原宿系の文化活動から始まり地域活動を支えている若年層グループ、地元農家、そして行政など、住民が「安心」の形を決める様は、まさに我が国に「市民」がいることを物語ってくれる。安直な民主主義バッシングが飛び交う中で、改めて我が国の「市民」に希望を持たせてくれる一冊である。
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「地産地消」ならぬ「柏産柏消」の取組みを進めていたまちづくり団体「ストリート・ブレイカーズ」。
地元野菜の直売市を開催したり、地元の飲食店に農家を紹介したり、地元の野菜のよさを市民に知ってもらうために活動していた。
そんなとき、2011年、福島第一原発の事故の影響で高い放射線量が検出され、柏市の農作物は風評被害をこうむり、地元農家は危機的な状況に陥った。本書の著者である五十嵐さんは、「『安心・安全の柏産柏消』円卓会議」を立ち上げ、農家、消費者、飲食店、販売店、さまざまな立場からの意見交換をもとに、放射能対策をどうしていくのかという問題を話し合った。
本書は、そのストブレの取組みから円卓会議の記録、各立場の人へのインタビューなどをまとめたもの。
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恥ずかしながら、2011年春から夏にかけて、私は震災関連のニュースをまともに観れない状態にあったため、円卓会議の取組みなど一切知らなかった。
柏が放射線量が高いということは知っていたけれど、福島への風評被害のほうが気になっていて、そんな取組みをしているところがあったのか、と今更ながら大変興味深く読んだ。
取組み自体は柏という限られた地域の限られたものでしかないのだけれど、最後に著者が指摘した「農家にも違う職業を選ぶ権利はあり、このまま地元の農業が沈滞していったとき、見捨てられるのは消費者のほうなのかもしれない。地元産の新鮮で質の高い野菜を選ぶことができるという消費者にとって替えがたい価値を守るためにも、私たちは地域農業の再生を協働的に模索していくべき」ということは、非常に胸に残った。
このことは「一部の地域の限られた人たちのことだから」ではなくて、今私たち自身が地元農業の実態に目を向けるべきということでもある。放射能問題に限らず、地元農業の現実をもう少し真剣に考え、どんな形にせよもう少し積極的にかかわっていくということがどの地域、どの消費者においても。必要なのかもしれない。
いくつか印象に残ったことを挙げておきたい。
・農家自身が放射能について勉強し、研究していくという姿勢を見せることが大事。
・同じ畑の中でも、場所や条件によって放射線量には結構な差がある。
・放射線量の高さが明らかになり、いち早くそうした「危険」な野菜から離れていったのは、今まで直売市などで野菜を買ってくれていた、食べものへの「こだわりの強い」消費者だった。
・国や自治体の対応はきめ細かいとはいえないが、そういうものであるし、その政策が行き届かないのを埋めるのが市民ではないのか、という著者の意見。
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東日本大震災から福島原発事故を経て千葉県柏市のホットスポット報道により地元農家が大打撃を受ける。当初は対立していた生産者と地元消費者はしかし、再び共に安心できる地産地消を取り戻すべく「『安全・安心の柏産柏消』円卓会議」を立ち上げて模索を始める。
地元消費者、生産者、流通、飲食店、商工会議所青年部……各々が利害を超えて地元復興と自らの生活を守るために「みんなが安心できる仕組み」を自分達で再構築していく試みの記録。自分達の暮らしを自分達で主体的に維持していくとはどういうことか、その示唆に満ちている。
一方でやはりこれは震災により「分断」が明らかになってしまった後の世界の「柏」という「一つの“城郭都市”」のあくまで「一つのケース」の記録であり、この前例を安易に全国に敷衍できるとは考えない方がいいということは留意が必要かもしれない。
「よくある「がんばっぺ○○」というような情緒的なだけのキャンペーンとは一線を画し(p210)」等の表現で著者が図らずも吐露しているのは、上記「分断状況」下で「自分達でやるしかない」という悲壮な決意を、福島など「分断の向こう」の状況との間に改めて線を引くことで支えざるを得ない構図。
……そんな風に穿った印象を持ったのは本書の前に読んだ「境界の町で」との無意識の比較で感じた「語りの構成」の違いによるものなんだろう。前者が何の解決も示さず敢えて現状を開陳してみせるに終始しているのに対し、後者は(著者は否定するだろうけれど)奇跡のような成功譚のストーリーを提示する。
「ストーリー」というパッケージに成型するには「外部」が必要、とはいえ無論どちらがいい悪いという問題ではなくどちらも広く読まれて欲しい良書だと思う。改めて昨年2月の文化系トークラジオライフ #life954 「ここに住みたい~これからの『住む場所』の選び方」回を聞き直したくなった。
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後でちゃんとまとめる!
円卓会議の中でどれだけ丁寧に一つ一つの立場を解きほぐして、円卓会議を進めていったのか。
きちんと理論を組み立てるのももちろんだけど、みんなで決めるというルールを徹底することは、どれだけ進むのが遅くてストレスも溜まるであろうプロセスなのか。
また、立場の違いをみんなが頭では分かっていて、でも想像し切るのはどれだけ難しいかが。
詰まっていた。
私が憧れると感じた社会学の学問としての価値観は、どれほど根気がいる作業が必要なのか、感じた。
みほちゃんくれてありがとう〜!
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食に関わる本として推薦されて読んでみた。
3.11から10年以上が過ぎてなかなかに離れた話題に感じてしまう今だけれども、様々の立場にある社会の構成員がひとつの課題に対処せざるを得ない現在の新型コロナパンデミックにおいて、事態を社会学的視点で捉えことに当たる価値をあらためて見出す契機になった。今読めて良かったと思う。