紙の本
相通ずるものがある
2021/08/13 17:33
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
マンガと小説という表現方法は違えど、森博嗣との作風とは共鳴していました。今は亡き中島らもや、氷室冴子との対談も貴重ですね。
投稿元:
レビューを見る
第3弾。1990年代編です。とりあえず最後なのかな?
お相手は、中島らもさん、夢枕獏さん、森博嗣さん、氷室冴子さん、ささやななえさん、巌谷國士さん。特別対談に東村アキコさん。「ママはテンパリスト」、確か図書館にあったな。読んでみよう。
投稿元:
レビューを見る
萩尾望都と主に字を書く作家たちとの対談集。
なんというか……うん。漫画家って別次元の脳を持っているんじゃなかろうか。ものすごい複合芸術だなぁと思いました。
しかし、氷室冴子氏にあらすじを聞いているとはうらやましい!
投稿元:
レビューを見る
私は萩尾望都さんの名前は知っていますが、彼女のマンガを読んだことはありません。
1990年代編とうことで少し前に対談されたものが収録されておりますが、だからと言って今読んで古いものではありません。もちろん、作成中の作品の話など、時代を感じることはありますが、海外で日本のマンガがマンガとして読まれている今、マンガが一つの文化として認められ、同時期に女性が働くことが割と普通のこととして受け止められるまでの葛藤は相当のこととだっと思います。
自分の作品を見詰め分析、客観視されている姿はものを作り出す職人姿を見た気がします。
ちょっと遅いかもしれませんが、「萩尾望都」を読んでみたくなりました。
投稿元:
レビューを見る
萩尾望都先生の豪華な対談集第3段で、そのお相手もそうそうたるメンバーがずらり。
東村アキコさんとの対談はとにかくエネルギッシュで、一緒にカラオケに行った際はダンスをしたエピソードなど萩尾先生のちょっと意外な面も見れておもしろかった。
でも一番興味をひいたのは氷室冴子さんとの対談だろうか。
トーマの心臓が聖書になぞらうようにストーリーが展開していくのを、萩尾先生が全く意識していなかったという事実が判明して驚いた。
無意識で描いてたのかと思うとすごいなぁ。
投稿元:
レビューを見る
対談相手は中島らもさん、夢枕獏さん、森博嗣さん、氷室冴子さん、ささやななえさん、巖谷國士さん、東村アキコさん。最後が意外な気がして手にとってみたけれど、それぞれに面白かった。対談相手ごとにオカルト、漫画原作、(森さんが)大ファン、SF、同年代同業者、分析家、今の話という感じの内容かな(^_^;)萩尾さんの「残酷な神が支配する」を読んでみたくなった。
投稿元:
レビューを見る
心に残った部分 (中島らも)予知夢は柔道の受身みたい。(夢枕獏)好きに描いてもらうと原作になかったおもしろさが(森博嗣)小説は自分から外れていても読めるが、漫画は読めない。(想像を許さない力強さ)本人じゃないと描けない絵の微妙なブレが微妙な緊張感を生む。差は個性とか個別という形でいい。一本の線の上で勝ち負け決めるのは気持ちよくない。(氷室冴子)少女のトラウマ-押し付けられる勝手な女性像とありのままの自分の落差に傷つく。少年を主人公にするのが多いのは社会的抑圧が女の子より無く自由な発想ができるから。現代が舞台だと媚びない女の子は書けない。現実と違う社会は成り立つかシュミレーション。(ささやななえ)『私の愛したおうむ』悲しいラストなのに最後の部分でどこかあたたかい-ささやさんの気質(巖谷 國士)絵の配置が心理を盛り上げる。マンガ表現をちょっと無意識にまで広げると読者は自分たちの世界にワクワクする。絵と文章とドラマの展開が、無意識と意識の間を浮き沈みしながらさまよう感じ。言語化できないコマと絵の深層。『天の載冠』の目線。コマと構図とモノローグ(言葉)のシンクロ。日本の高度成長以後の建物は美しくない。(窓)描き続けるには変り続けなければ。手塚さんを通じて表現される一時代の集合的無意識。(東村アキコ)80%ギャグ。編集さんは指導できない。100%本人のセンス勝負。
投稿元:
レビューを見る
今回も豪華な対談集です、
やや小説家よりのラインナップでしょうか。
萩尾氏の内面に迫る内容が多かった印象です。
それにしてもパフュームを踊られるとは。。。
投稿元:
レビューを見る
24年組を読んで大人になった人なら、うなずいたりため息ついたりしながら読むでしょうね。
萩尾望都と書いて「てんさい」とルビを振りたい私。萩尾望都の、まんが書きとしてなく、まんが読みとしての才覚があふれる一冊。
投稿元:
レビューを見る
(2013.05.09読了)(2012.12.05購入)
萩尾望都さんの対談集、第三弾です。あとがきに、「この対談集、まだ続きます。」と書いてあるので、まだ出る、ということです。
Eテレのアニメ「バクマン」を見ていると、現代の漫画制作の様子がわかります。映画「グーグーだって猫である」も同様ですけど。
萩尾さんの対談集で、メシスタントというのが出てきていたかと思いますが、「バクマン」には出てこないような。
萩尾さんは、武宮恵子さんと、一緒に住んでいた時期があるようで、道理で、初期の作品の学園物の絵の感じが、二人似ている時期があるように思っていたのですが、気のせいではなかったように思います。ささやななえさんが二人のところに遊びにきた時に、ささやさんの漫画の一部を手伝って、しっかり、萩尾さんや武宮さんが書いた痕跡を残しているのは、楽しく拝見しました。
萩尾さんは、漫画を描くことを親に認めてもらえなくて、苦労したようですが、漫画家は、今では、りっぱな職業になりつつあるのでしょうか?
大学の学科や専門学校ができているんだから、きっとそうでしょう。
【目次】
第1章 中島らも 「恐怖の快感」
第2章 夢枕 獏 「小説をマンガで描く愉しみ、マンガ化してもらう悦び」
第3章 森 博嗣 「創作のきっかけは萩尾作品」
第4章 氷室冴子 「空想からの発想」
第5章 ささやななえ 「マンガ今昔物語」
第6章 巖谷 國士 「マンガ独特の体験」
第7章 東村アキコ 「私の人生を変えた萩尾作品」
マンガ 「わたしのデビュー時代」 萩尾望都
あとがき 「物語るあなたがた」 萩尾望都
●絵は変わる(47頁)
(城)漫画家に対するファンの要望で一番多いのは、「絵を変えないでください」というものですね。
(萩尾)やっぱり変っていってしまうんですよ。そのときに描いている絵は完璧に満足できるものではないですし、河の流れのように少しずつ変化していくんですよね。
●勝ち負けは嫌(57頁)
(萩尾)差はね、個性とか個別という形であってもいいんです。でも、そのときに、「あんたはダメ」とか「あんたはイイ」とか、そういった勝ち負けが入ってくるのがいやだったんです。いかに幸福かということで言うと、負けた人だって幸福かもしれないし、勝った人だって不幸かもしれないですよね。
(森)結局、一つの数字にしたり、一直線に並べようとするからおかしいのであって、本当はもっと平面、いや立体に広がって分布している。この線で切ればこの人が一番だけど、違う線で斬れば別の人が一番だというように、もっと多軸であるべきなのに、一本の線の上に乗せちゃうからいけないんですよね。
●少女のトラウマ(64頁)
少女のトラウマっていうのは、女の子が成長していく過程において、母親や学校の先生、職場の先輩など、いろんな大人の女性たちと出会いますが、その人たちが少女に対して、勝手な女性像を押し付けるでしょう。こういう学生なるように、こういうお嫁さんになるように、もしくはこういうお母さんになるように……と。
●媚びない女の子(67頁)
(氷室)媚びない女の子を書きたいっていうのがあっても、現代���設定ではなかなか書けないんですよ。主人公の設定を高校生の女の子にしてしまうと、その子が媚びないでどうやっていられるかっていったら、すごい優等生か超美人か、なんかとんでもないことを付けていかなきゃいけないでしょう。
●『マージナル』(70頁)
(氷室)環境破壊と医療の発達とで、子供が生まれるたびに女の子だけ死んで行って、30世紀には男だけしかいないという話で。象徴としてのWOMANがいて、男だけで生産していくっていう。
●絵が苦手(114頁)
(萩尾)本当に私は絵を描くのが苦手で、描き終わるまで何ができるかわからない。
(萩尾)だいたい思っていた通りの絵が上がる時は、わりとつまらないんですよ、描いてても、意外な、思ってもみなかったものが描けたときがやっぱりおもしろいし、えっ、こんなの描くつもりじゃなかった、という時がいちばんおもしろい。
●風を描く(122頁)
(萩尾)私は風を描くのがやたら好きだったんです。あの線を引いているとすごい気持ちがいいんですね。
●父母はいらない(125頁)
(萩尾)私は、戦中から戦後にかけて父親・母親がもってきた、競争に勝つ社会、人よりものをもっている社会の価値観というのが本当に嫌いなんです。そういう価値観をもっている大人を自分のキャラクターにあまり出したくないところがあって、それでさっさと殺しちゃうのかもしれない。
●『残酷な神が支配する』(129頁)
(萩尾)『残酷な神が支配する』は、すごくオーソドックスですけど、「どんな時にも殺人は許されないのか」ということを描きたかったんです。もう一つ、「人殺しをしてしまった後、その人間はどんなふうに生きるのか」、それから「そんな風に人生のある時期に取り返しのつかない事件を起こした人は、救われることはないのか」。
●『ゲゲゲの女房』(223頁)
(萩尾)母がNHK朝ドラの『ゲゲゲの女房』を見て、電話をかけてきて。「お母さん、漫画家の仕事よく知らなかった。どうも失礼しました」と。
「テレビを見たら、まじめに仕事をしていたから」って。
(漫画家は、まじめな仕事ではないと思っていた?)
☆萩尾望都の本(既読)
「ストローベリーフィールズ」萩尾望都著、新書館、1976.11.05
「少年よ」萩尾望都著、白泉社、1976.12.25
「月夜のバイオリン」萩尾望都著、新書館、1981.12.25
「戯曲・半神」萩尾望都・野田秀樹著、小学館、1987.10.20
「斎王夢語」萩尾望都著、新潮社、1994.09.20
「左手のパズル」萩尾望都著・東逸子絵、新書館、1995.08.05
「思い出を切りぬくとき」萩尾望都著、あんず堂、1998.04.23
「一瞬と永遠と」萩尾望都著、幻戯書房、2011.06.14
「マンガのあなた SFのわたし」萩尾望都著、河出書房新社、2012.02.28
「コトバのあなた マンガのわたし」萩尾望都著、河出書房新社、2012.05.30
(2013年5月13日・記)
(「BOOK」データベースより)amazon
1990年代に行われた貴重なトークを完全掲載。イラスト&解説文も多数収録。単行本未収録マンガ「わたしのデビュー時代」12ページ掲載。
投稿元:
レビューを見る
漫画に関する本を読むのが好きなんです。
とはいえ、萩尾望都さんの漫画は本当に数えるくらいしか読んでない。
絵柄が好みじゃないんだなあ。
対談では「漫画が持つ気持良さ、コマの配置による時間の流れ」
なんかが語られてて面白かった。
あともちろん、洋服の線一つのカッコ良さ、気持ち良さを味わう感じとかも。
映画でもドラマでも小説でもない、漫画としての時間や空間の表現がある。
投稿元:
レビューを見る
萩尾望都、きっちりと読んでみたい。
対談集だが、彼女の漫画のカットがよく出てくる。
リズム感に富んだ流れがある絵と感じる。
深い感情、普通なら押しこめるべきものが出てくるところを
描いているところもある。
投稿元:
レビューを見る
対談集です。作家や漫画家やその他の方々との対談。
対談相手の共通項はみなさん萩尾望都リスペクトってところです。
私自身は相当オトナになって萩尾望都作品をいくつか読んだ程度なので、
(そして娯楽としての漫画を求めていたのに、難しく深い内容に…アレレ?!と思ったのを覚えている)
冷静にへえ~と思いながら読み進めましたが、
望都ファンであれば垂涎の1冊なのでしょうね。
(もちろんそうではない私にも楽しい1冊でした)
私も子どもの頃に望都作品を読みたかったです。
投稿元:
レビューを見る
私は森博嗣のエッセイから萩尾作品に入ったので、今回の対談には森氏も含まれており、面白かった。こういう作品談義みたいなのは楽しくて好きです。
投稿元:
レビューを見る
このシリーズの素晴らしい所は、対談で話題になった作品の絵がたくさん載っていることだ。萩尾先生ご本人のものはもちろん、他の方の懐かしい漫画を目にすることができて、とても嬉しい。ほんの1ページだけの近況報告的なものなど、よくぞ丁寧に探したものだなあと感嘆する。
おかげで、この間ずーっと、読もうかな?また読もうかな?どれからにしようかな、「スターレッド」?「メッシュ」?いややっぱり「ポーの一族」?ブラッドベリのにしようかなと、悶々としっぱなし。ごちゃごちゃ言わんと読めばいいじゃん、とお思いでしょうが、どれか読み出したら最後、あれもこれもぜーんぶ読むまで止まらないのは目に見えている。ああ、誰か止めて。
例によって、女性の漫画家さんとの内輪話が私には一番面白い。今回はささやななえさん。おお懐かしい!コワーイのをよく読んだ。お二人の仲良しぶりがほほえましい。新規の対談は東村アキコさん。伊藤りささんといい、西原理恵子さんといい、あの萩尾先生がギャグ漫画がお好きで、こだわりなく「ファンです」とおっしゃるのは本当にすごいなあと思う。マンガへの愛にあふれてるなあ。
西原さんと言えば!年明け早々、あの画力対決にとうとうモト様が登場されたそうだ。もちろん西原さんにとっても萩尾先生は神様のような人。編集の八巻さん曰く「これまでの画力で一番清潔な回」。会場に詰めかけた人のほとんどは萩尾ファンで、まったく客層が違っていたらしい。ずっと出演依頼を断っていたのは「笑ってもらえる自信がなかったから」というモト様の言葉に人柄がにじみ出ている。「これ以上大きな敵はいないので、これで画力対決は終わりにします」と西原さんは言っていた。納得。早く本にならないかなあ。