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紙の本
What a Wonderful World!
2013/09/29 02:19
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投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
大学時代の恩師である荒井洋一先生の著書。
大学における哲学の講義というものは、たいがい有名な哲学者の思想を解説するだけであるが、先生の講義はちがっていた。たとえば先生は、上とは何か、下とは何かというちょっと面食らうような質問を投げかける。一度など、鏡は左右は逆さになるのに、上下は逆さにならない、寝転がっても上下は逆にならないのはなぜだろうという問いにはっとさせられ、しばらくその問題について考えさせられた記憶がある。鴎外の『ヰタ=セクスアリス』には、主人公の哲学者について、「講義は直観的で、或物の上に強い光線を投げることがある。そういうときに、学生はいつまでも消えない印象を得るのである」という記述があるが、荒井先生はまさにそんな哲学教師であった。
本書は、そんな先生の懐かしい議論も満載の、わかりやすくも奥の深い哲学書である。論じられるテーマはさまざまであるが、それらはすべて「はしがき」の冒頭に出てくる「人生の輝きの見える人は誰でしょう」という問いかけへと集約されるようだ。
本書では、人生とはこういうものという断定的、教条的な表現はいっさい用いられないが、人生が何か輝く、素晴らしいものであり、その輝きは人間同士の交わりの中から生まれてくるという主張が、ある種の迫力をもって伝わってくる。たとえば、3章の「生きる意味について」では、荒井先生が実際に教えた学生たちの作文が紹介されているが、先生は見事な分析により、一見拙いそれらの文章が、ある神秘的な真理に触れた若者の純粋な告白であることを明らかにする。それらはまさに人生の輝きについての報告である。絶望したり、気が滅入ったりしたときにこれらを読めば、もしかしたら人生は生きるに値するかもしれない、そしていつか、ルイ=アームストロングのWhat a Wonderful World!(なんてすばらしい世界なんだろう)のように、この世界に生まれてきたことの意味をつくづく実感できる日がかもしれない。そんな希望もわいてくる。
上に挙げた以外にも、本書には深い洞察に富んだ議論が数多く繰り広げられている。いわゆる哲学書だけではなく、漱石の『こころ』など文学作品についての考察も行われているし、「優柔不断論」などオリジナルな議論もある。決して身びいきなどではなく、『人生の星の輝き』は、現代の「愛知者」としての哲学者が書いた書として、多くの人に勧めたい本である。そして学生時代に、荒井先生のようなすばらしい師と出会えたことの光栄を改めて強く感じた。
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